⑯
冬の昼下がり。時刻は14時を回ろうとしている。
グレイスフィールドへ続く街道を、魔導結晶の輸送部隊が護衛とともに進んでいく。
黒曜魔鋼という特殊な魔導金属で造られた三台の馬車。その周囲を囲むようにして、馬に乗った騎士たちが護衛している。
陽光は差しているものの、空気は肌を刺すように冷たい。雪原を照らす白い光が目を焼き、吐く息は相変わらず白く立ちのぼっては風にさらわれ消えていく。
街道の両脇には雪をかぶった林が続き、枝の上からときおり風に揺れた雪がさらさらと落ちてきた。
魔導馬車はきしむ音を立てながら進み、囮部隊はあえて間延びした防御陣形を保っている。
昨日の夕刻に領門へと到着し、そこで輸送部隊の引継ぎを終えた。一晩領門の宿泊施設で過ごし、早朝に出発して今に至る。
魔導馬車の荷台には魔導結晶がびっしり積まれている。しかし、その半分は偽物だが。
三台のうち最後方の馬車には、簡易の索敵魔導具を持った魔導兵が乗っている。
『…反応、7時の方向です』
魔導通信機から、索敵を担当する魔導兵の声が聞こえた。その瞬間、全員の背筋がわずかに硬直する。
林の奥から、雪を踏み割る音が近づいてくる。陽光を背に、複数の人影が木々の間から現れた。
意外なことに、その数は予想よりも少ない。倍以上の人数を想定していたため、拍子抜けだ。少数精鋭か、それとも囮か?
エミール・ローレンツは手綱を引き、馬の歩みを止めた。
剣を抜く音が冬の静寂を裂く。
――来たな。
白銀の街道を舞台に、作戦が動き出す。
街道の端、林の影に身を潜め、別動隊の面々は息を殺していた。
昼の陽光は雪面を照り返し、目を細めなければならないほど眩しい。だがその白い光の中で、囮部隊の魔導馬車がゆっくりと進む様子ははっきりと見える。
あの間延びした防御陣形――敵から見れば、さぞや格好の獲物に映るだろう。
索敵魔導具の水晶板に、赤い光点が浮かび上がった。
「…接近、7時の方角。数、10」
すぐそばにいた魔導兵から報告を受け、ブランが短く頷く。
襲撃は予想通りだったが、驚くほどに襲撃の人数は少ない。胸の奥にわずかな疑念が芽生えるが、今はこの襲撃を阻止して実行犯を捕えるのが最優先だ。
索敵の情報は、すでにほかの持ち場の騎士たちにも届いているはず。
気は急くが焦ってはいけない。ギリギリまでおびき寄せ、一網打尽にするのだ。
やがて、林の奥から数人の人影が飛び出してきた。武器を構えた襲撃者たちが、一直線に囮部隊へ突進していく。
囮役の騎士たちは不自然にならぬよう少しずつ後退し、包囲網の中心へと敵を誘い込む。
その瞬間、別動隊指揮官・ブランの手が高く上がった。
「――開始!」
号令と同時に、冒険者組――リックともう一人の弓使いが林の影から矢を放った。
矢は風を裂き、先頭を走っている襲撃者の左足と右腕を正確に射抜いた。上がる短い悲鳴。
次の瞬間、周囲に潜伏していた騎士たちが一斉に飛び出し、敵の退路を断つ。
残りの冒険者たちも、それぞれの武器を手に飛び出していく。
三方向に散っていた魔導兵たちが、まるで合図を受けたかのように同時に詠唱を始めた。足元に青白い光が走り、複雑な文様を描く魔法陣が雪面に展開していく。
「う、うおっ…な、なんだこれっ」
騎士たちと交戦していた襲撃者たちの足元から、白い氷が音もなく這い上がってくる。氷は瞬く間に厚みを増し、足首、膝へと絡みつき、すでにその場から身動きが取れなくなっている者もいた。
氷縛陣。敵のみを捕える、魔導兵たちの展開する拘束魔法だ。雪が積もっているので、その雪を媒介に、ここでは少ない魔力で最大の効果が発揮できる。
「くそっ、あいつらだ! あの魔法使いたちをなんとかしろ!」
氷に囚われ切っていない数人の襲撃者が、足元の氷を砕きながら最も近くにいた魔導兵へと突進した。
「させるわけないでしょ」
エリシアが低く構え、一瞬で間合いを詰める。鋭い蹴りが襲撃者の腹を捕え、男たちは雪上を転がった。
「あたしだって活躍しちゃうんだから~! 氷蔦!」
雪面から氷の蔦が勢い良く伸び、エリシアにぶっ飛ばされた男たちを瞬く間に絡めとる。ミーナの楽しそうな笑顔と笑い声が逆に怖い。
その様子を見ていたエリシアが口元を引きつらせたのは、無理もないだろう。
襲撃犯たちのリーダーは、状況がまったく理解できないでいた。
こんなはずじゃなかった。こんな一方的にやられるなどあり得なかった。
潜伏していた者を含めれば、騎士たちは総勢40人程もいる。事前に入手していた護衛計画では、せいぜい15人程度のはずだった。
(こっちの計画が漏れたのか…!?)
一週間前、仲間が三人捕まった。だがそいつらに命じたのは、騎士団から今回の護衛計画書を盗み出すことだけ。それ以上の情報は与えていない。放置していても問題ないと高をくくっていた。
そういえば、襲撃に雇ったごろつきが一人姿を見せなかった。報酬は後払いにしていたので、一人欠けたところで大勢に影響はないと踏んでいたのだが。
(くそっ、くそっ、くそっ!)
全てが裏目に出ている。
本来なら、この襲撃は自分たち一陣が奇襲をかけ、その後、様子を見て遠方から攻撃魔法で援護を受けるという話だったのだ。
だが蓋を開ければどうだ。
襲撃は明らかに失敗。撤退しようにも仲間のほとんどが拘束されて身動きが取れないでいる。予定していた魔法での援護も音沙汰なし。おそらく魔法使いたちは劣勢とみてこちらを切り捨てたのだろう。
「ぐっ……、く、く…」
奥歯をかみしめ何か打開策はないかと必死に考えをめぐらせていた、その時。
「お前が頭だな?」
低い声がすぐ近くで聞こえ、はっと顔を上げると巨大な戦斧を片手で軽々と持ち上げた大男が、目の前でこちらを見下ろしていた。
「なっ…」
「ふんっ」
巨大な斧が唸りを上げて、一直線に振り下ろされる。
手に持つ普通のロングソードでは受けるのは難しいと判断し、咄嗟に後方へと飛びのいて斧の軌道から外れる。
凍り付いた地面を割って、深々と重くめり込んだ斧を見て、ぞっとした。
――騎士じゃない、高レベル冒険者だ!
準備された戦力の差に愕然とし、導き出された答えはただ一つ。己だけでも逃げること。
大男が斧を再び持ち上げる前に――そう思い、踵を返してその場からの逃走をはかる。
だが。
「スティング!!」
「はいよ~」
大男が誰かの名を呼び、それに答えるように間延びしたような声が聞こえた。次の瞬間。
「がっ…!?」
両足首に激痛が走る。立っていられなくなり、その場に潰れるように崩れ落ちた。
視線を落とすと、雪の上に鮮やかな赤が滲む。
――アキレス腱を斬られた。
焼けつくような痛みが足首から脊髄を駆けあがり、脳天まで突き抜ける。呼吸が荒く乱れ、肺が冷たい空気を拒む。
――動けない。逃げられない。
「よーっし、大人しくしろよ」
斧の大男が雪を踏みしめながら、ゆっくりと近づいてくる。すぐ背後には己のアキレス腱を斬った男も無表情で立っている。
さすがにこれ以上は無理だと悟った。
顔を上げて周囲を見渡せば、仲間たちは次々に騎士たちに押さえ込まれ、拘束されていく。
――終わりだ。なにもかも。
抵抗を諦め、男は力なく肩を落とした。
襲撃者たちが囮部隊に気を取られている間に、包囲の輪は一気に狭まっていた。
彼らが気づいたときにはすでに四方を塞がれ、逃げ場を失っている状態だった。
襲撃の実行犯は10人。そのすべての身柄を拘束し、このまま尋問班へ引き渡すことになる。敵の装備・魔道具は押収し、こちらは情報班へと送られる。
念のため治癒特化の魔導兵も部隊に参加していたが、幸いにも騎士団側にけが人は一人もいなかった。




