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魔導結晶輸送隊の到着を翌日に控え、騎士団グレイスフィールド支部では朝から護送作戦の最終ミーティングが開かれていた。
出席者は、支部長レオニード・ヴァルク、輸送囮部隊を率いるエミール・ローレンツ、別動隊指揮官ブラン・フェルナード。そして魔導兵代表としてオルヴァン・カランデリア。
さらに、グレイスフィールドの管理を辺境伯から任されているアレクシス・クロムハルト子爵の姿もあった。彼は冷ややかな視線で会議の空気を見渡している。
分厚い扉が閉ざされ、外界の音は一切届かない。壁際の魔導灯が淡く揺らめき、中央の大きな作戦卓には街道と周辺地形を描いた詳細な地図が広げられていた。赤い駒は囮部隊、青い駒は別動隊、そして黒い印は予想される敵の接近経路を示している。
レオニード・ヴァルク支部長は、両手をテーブルに置いたまま全員を見渡した。その眼差しは鋭く、場の空気を一瞬で引き締めた。
「――これが明日の最終配置だ」
低く通る声が、静まり返った室内に響く。
地図上の赤駒を指で動かしながら、レオニードが説明を続ける。
「囮部隊は予定通り、街道南側を西門に向かって進行する。K地点を越えた直後、わざと隊列を崩し、護衛の間隔を広げろ」
彼は駒を止め、視線をローレンツに向ける。
「ローレンツ、小隊は左翼を固めろ。敵が食いついた瞬間、後退しつつ誘導せよ。敵を包囲網の中心に押し込むのが役目だ」
エミール・ローレンツは真剣な表情で頷き、地図上の自分の位置を指先で示す。
「了解しました。ただし、敵が予想より早く仕掛けてきた場合は?」
レオニードは一瞬だけ目を細め、短く息を吐いた。
「その場合は即座に信号弾を上げろ。別動隊は倍の人員を投入している。包囲網は二重にしてある。逃げ場はない」
彼は青駒を二重の円で黒い印に囲い込むように動かし、全員に視線を巡らせた。
「だが、油断はするな。敵は魔導結晶を狙う以上、相応の戦力を持ってくるはずだ」
「敵接近に対しては索敵魔道具を使用します」
魔導兵――オルヴァン・カランデリアが無表情でレオニードに告げる。
「今回使用する索敵魔道具は夜間でも感知可能な高感度型です。魔力波により半径200メートル以内の接近を察知できます。ただし、相手が魔力を遮断する特殊な装備を持っている場合は、探知範囲が半分ほどに低下することになります」
「つまり、敵が本気で隠密行動を取れば、接触までの猶予はほとんどないということか…」
ブランの呟きにレオニードが頷き、全員の視線を再び集める。
「だからこそ、各員は常に周囲を警戒しろ。視覚、聴覚、そして勘を信じるんだ。魔導具はあくまで補助だ」
その言葉に同意するように、それぞれが力強くうなずいた。
その時、会議の端で黙って様子を見ていたクロムハルト子爵が、ゆっくりと口を開いた。
「襲撃犯がこの地点を狙っているのは確かなのか?」
レオニードが子爵の顔を真っ直ぐ見据え、落ち着いた声で答える。
「南門で捕えた襲撃犯関係者が計画書を所持していました。もちろん、それを全面的に鵜呑みにはしませんが、しかし状況から見て、この地点を押さえるのが最も有効と判断しています」
子爵は顎に手を当て、さらに問いを重ねる。
「だが、なぜわざわざ南門から回ってくる?」
レオニードは地図の南側を指し示した。
「おそらく、警備の性質の違いを狙ったのでしょう。南門は農作物や家畜の搬入が中心で、商業物資ほど厳密な検査や武装警備が行われません。その“緩さ”を利用すれば、接近も潜入も容易になると考えたのでしょう」
そのまま指先が地図の南側をゆっくりと滑る。
「…加えて、地理的にも利用しやすい。南門から西の交易路へは、農地や牧草地を抜ける裏道や小道がいくつも走っています。追跡を振り切るには格好の地形であり、西門直近の街道よりも監視の目が届きにくい。つまり…」
レオニードは視線を上げ、全員を見渡した後、子爵へと視線を戻す。
「陽動と奇襲の組み合わせです。騎士団は西門の巡回ルートを重点的に警戒している。南門経由で西の交易路に回り込み、警備の死角から輸送隊を急襲するつもりなのでしょう。西門の厳重な警備を抜けての正面突破ではなく、南門からの「側面攻撃」を狙っているわけです」
地図の上に置かれた指先が、まるで敵の動きをなぞるかのように滑る。その軌跡を全員が目で追い、脳裏に襲撃の光景を思い描いていた。
「…なるほど。舐められたものだな」
クロムハルト子爵は口元に苦笑を浮かべ、低く呟く。
魔導灯の光が決意に満ちた騎士たちの瞳を照らし、外の風が窓をわずかに揺らした。
ミーティングを終えると間もなく、護衛隊を兼ねた囮部隊が西門を出発した。先頭を行くのはエミール・ローレンツ隊長。その背に続くのが精鋭11名の騎士たちである。
蹄鉄が石畳を打つ乾いた音が冬の冷たい空気を震わせる。吐く息は白く、馬の鬣が風を切って揺れた。
彼らは中央王都から運ばれてくる魔導結晶を辺境伯領門で迎え、護衛を引き継ぐのだ。そこで結晶の半分を一度保管し、代わりにダミー石を積んで、輸送部隊とともにグレイスフィールドへ戻る手筈となっている。
騎士団支部庁舎の屋上から、馬上の騎士たちが出立する様子を、レオニード支部長が静かに見送っていた。
「…顔が険しいな、レオニード卿」
振り返ると、仕立ての良いスーツを着こなしたクロムハルト子爵が立っていた。冬の風が彼の上着の裾を揺らし、淡い陽光が銀のカフスに反射してきらめく。
「…険しくもなります」
屋上から見下ろす街は、市井で生活する人々で賑わっている。
だがレオニードの視線は、その先――西門の向こうに広がる街道と、まだ見ぬ敵の影を見据えていた。
輸送部隊が襲われるのは、グレイスフィールドの管轄地に入ってからだろう。それまでは敵も軽々しく手を出すまい。
だが気になるのは、この襲撃の後ろに見え隠れする裏組織・クロノワールの存在だ。その真の目的は依然として不明だが、狙いは魔導結晶だけではないだろう。もしかしたら、騎士団の名声を失墜させることかもしれない。
「クロノワールが関係していると報告を受けたが」
「…可能性です。まだ証拠は掴めていない」
「…グリム子爵も関わっているとみるべきか…」
クロノワールの拠点は隣町ダスクヘイブン。その町を治めるのはルシアン・グリム子爵。1~2年前に代替わりしたはずだが、評判は芳しくなく、裏社会とのつながりを噂する声も絶えない。
疑い出すとキリがない。
クロムハルト子爵が深いため息をつき、悪い予想ばかりが膨らむ思考を無理やり断ち切った。




