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13/36

⑬


 検証会議が行われてから三日。街の空気はどこか張り詰めているようだった。


 冬の冷たい空気はただでさえ人々の足取りを早めるのに、この数日はさらに街全体がせわしなく落ち着きを欠いているように感じられる。

 市場では商人たちが笑顔を作って客を迎えるが、その視線は時折、通りを巡回する騎士たちへと向けられていた。

 彼らが通るたびに鎧の金属音が冬の雪道に沈み、その白い足跡を残していく。騎士たちの表情は平静を装っているが、その目は鋭く周囲を見渡し、すこしの異変も逃すまいとしている。

 グレイスフィールドは、表向きはいつも通りの冬の日常を保っている。しかしその裏では、剣を抜く寸前のような張り詰めた空気が、重く静かに横たわっていた。


「最近、騎士さんたちピリピリしてるねぇ」

 湯気の立つ肉まんを受け取った客が、通りを巡回する騎士を目で追いながらぽつりと漏らす。

「何かあったのかね…」

 その声には、わずかな不安と心配と、好奇心が入り混じっているようだった。

 店主が手元のせいろの蓋を閉じ、ちらりと周囲を見回してから小声で答える。

「詳しいことはわからないけど、南門の方で何かあったって噂だよ」

「南門? 農地でトラブルかな」

 客は眉を顰め、受け取ったばかりの肉まんを口に運ぼうとして手を止める。

「さあねぇ…。クロムハルト子爵様がいらっしゃったって噂も聞いたなぁ」

 店主の声は、湯気の向こうでさらに小さくなる。

「ええ? ほんとに何があったんだろう…」

 客の呟きは、雪のちらつく通りに溶け、答えのないまま消えていった。



 エリシアは白い息を吐きながら、前の客と店主のやり取りを何とはなしに聞いていた。


 ――南門の方で何かあったって噂…

 ――クロムハルト子爵様がいらっしゃったって…


 ああ、緘口令が敷かれても情報ってどこからか漏れちゃうもんだよね…

 耳に入ってくる断片的な言葉に小さくため息をつき、そして昨日のギルドでのことを思い返す。

 Dランク以上の冒険者――かつギルドが厳選した者だけが呼び出され、そこで騎士団との共同作戦任務を告げられたのだ。

 あの時のギルド内は、妙な空気に包まれていた。

 



 ◆◆◆




 ギルドの奥にある作戦室に、十数人の冒険者たちが集められていた。壁には地図や作戦図が貼られ、中央の長机には任務の資料が並んでいる。説明役のギルド職員が淡々と任務内容を読み上げる中、エリシアは腕を組み、眉をひそめていた。

「共同作戦ねぇ。しかも騎士団と一緒って、なーんか堅苦しいんだよね」

 彼女は普段、気ままな単独依頼を好んで受けている。慣れない仲間と息を合わせるより、自分のペースで動く方が性に合っているのだ。

 だがそう考えているのはエリシアだけではなく、騎士団からの協力要請などという響きに、集まった冒険者たちの表情には一様に警戒の色が浮かんでいた。


 その中で、筋骨隆々の大男――ゴルド・ブラストが豪快に笑う。

「おいおい、たまにはいいじゃねぇか! 騎士団と肩を並べて戦うなんて、血が騒ぐぜ!」

 彼は戦斧を背負い、まるで戦場に立つ前から勝利を確信しているかのような笑顔を浮かべ、周囲の空気まで熱くする。何というか、暑苦しいことこの上ない。

 反対側では、弓使いの青年――リック・フェザーが涼しい顔をして髪をかき上げた。

「ふふん、騎士団の人たちも僕の弓さばきに見惚れちゃうかもねぇ~?」

「あは、相変わらずリックはうざいねえ」

 彼の傍らに立つ魔法使いの年若い女性――ミーナ・スターリーフが笑顔で毒を吐く。

「……」

 彼はちょっと傷ついた顔をしてミーナを振り返ったが、当の本人はウィザードの証でもある自身の大きな三角帽を弄りながら

「あそこの角で見かけたクローバーのバッジ、やっぱこの帽子に合いそうかも~」

 などと、誰よりもこの場で関係ないことを呟いている。


 冒険者は自由なのだ。心が自由なのだ。

 そんな中、エリシアは資料の一行に目を留めた。


 ――別動隊指揮:ブラン・フェルナード卿。


 あれぇ…? これってアルトのお父さんじゃない…?

 エリシアの表情が一瞬で変わる。


「……よし、参加する」

 まるで手のひらを反すように、彼女は参加を宣言した。

 それ皮切りに、他の冒険者たちも参加・不参加を口にし始めた。

「エリシアがやるならあたしもやろーっと」

「おう、俺も行くぜ!」

 陽気な声が響き、ミーナとゴルドも参加を決める。

「ふふ…しょうがない、僕も参加してあげるよ」

 リックは前髪をかき上げ、芝居がかった笑みを浮かべた。

「いや、リックは別に無理してこなくていいよ」

「うん、ムリスンナ―」

「僕の扱いひどくない!?」


 そうして集められた冒険者たちのうちの約半数である6名が任務参加を決めた。

 不参加の者はこの共同任務について口外しないことを誓わされ、参加組の冒険者たちは別室へと移動して、そこでさらに詳しい作戦説明を受けることとなった。



『魔導結晶輸送隊護送作戦』

 近時、魔導結晶輸送隊に対する襲撃の兆候が確認された。これを受け、騎士団は輸送隊を囮として運用し、襲撃犯を現行で捕縛するための特別作戦を発動する。輸送部隊は囮の騎士団が護衛し、意図的に隙をみせて敵を誘引。別動隊がこれを包囲・制圧する。別動隊には精鋭騎士団および魔導兵を配備し、さらに冒険者ギルドにも協力を要請。囮部隊の倍の人員を投入する。また、索敵魔導具を運用し、敵の接近を事前に察知する体制を整える。

 本作戦は極秘扱いとし、関係者以外への情報漏洩を厳禁とする。


 囮部隊:輸送隊(魔導馬車3台)+護衛騎士団12名+魔導兵1名。意図的に防御陣形に隙を作り、敵を誘引。

 魔導結晶は実物の半分を偽物に置き換え、被害を最小化。

 別動隊:精鋭騎士団20名+魔導兵3名+冒険者ギルド契約者数名。

 索敵魔導具(フォーサイトスコープ)を運用し、周囲の魔力反応を探知。敵接近時、包囲網を形成し制圧。



 ◆◆◆



 前に並んでいた中年の男が包みを受け取り「じゃあな」と笑みを浮かべて去っていく。その背中を見送った店主が、丸い顔をほころばせて次に並ぶエリシアに声をかけてきた。

「嬢ちゃんは何個欲しいんだ?」

「三つもらえる?」

「あいよー」

 分厚く節くれだった手が蒸籠の蓋を開けると、ふわりと立ち上った湯気が冬の空気に溶けていく。白くふっくらとした肉まんがその中から顔をのぞかせ、ほのかな肉汁の香りが鼻をくすぐった。

 店主は器用にそれを紙で包みながら、潜めた声でアリシアに声をかけてきた。

「嬢ちゃんは南門の騒ぎの噂、知ってるかい?」

 エリシアは小さくため息をつき、湯気越しに店主をまっすぐ見た。

「あのさ、おじさん。噂話はほどほどにしないと、騎士団に見つかって怒られちゃうよ?」

 気を付けなよ、という言葉に、店主は一瞬手を止めて、ごまかすように照れ笑いを浮かべて肩をすくめる。

「へいへい、気を付けるよ。忠告ありがとな」

 包みを受け取ったエリシアは、買ったばかりの肉まんの温もりをじんわりと手のひらに感じながら、軽く会釈して屋台を後にした。


   






 フェルナード家のリビングでは、暖炉の薪がぱちぱちと小さく弾け、橙色の炎がゆらゆらと揺れていた。外の冷たい空気を忘れさせるように、部屋の中はやわらかな熱で満ちている。

 冬の夕暮れ。窓の外は灰色の雲が垂れこめ、時おり細かな雪が舞っては音もなく地面に落ちていく。


 テーブルに頬杖をついたアルトは、視線を窓の外に向けたまま、ぽつりとつぶやいた。

「父さんと兄さん、今日も遅いのかな」

 その声には、退屈さと、ほんの少しの寂しさが混じっているようだった。

 キッチンでは母リオナが包丁を動かす手を止めずに、落ち着いた声で答える。

「そうねえ…今朝、遅くなるって言ってたわ」

 その言葉は、今朝、出がけに父ブランが残していったものだ。


 腰に下げた剣鞘の留め具を確かめながら、短く、しかし確かな口調で告げた父の姿が、アルトの脳裏に浮かぶ。兄テオもまた、父の隣で真剣な表情をしていた。


 騎士団は今、慌ただしい。父も兄も家にいる時間はほとんどない。その理由をアルトに教えてくれることはないが、この状況が南門での騒動の後から続いていることに、アルトは気づいている。

 リオナは鍋の蓋を開け、湯気とともに香ばしい匂いを室内に漂わせた。

「もうすぐできるわ。温かいうちに食べましょう」

 その声に、アルトは小さくうなずく。

 外では雪が音もなく降り続いていた。






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