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⑫



 一夜明けて翌日。


 薄曇りの午後、作戦室の窓から差し込む光は鈍く、机上の書類の影を濃くしている。

 奥に座る支部長レオニード・ヴァルクと、ブラン・フェルナードを含む、第一部隊から第五部隊の隊長五名は、報告書を持って前に立つ若い騎士の声に耳を傾けていた。


「各門に数日分の出入り記録を確認させたところ、西門の記録に不審な項目がありました」

 支部長レオニード・ヴァルクが顎を引き、続きを促す。

「数日前、ダスクヘイブンから来た四人組の商隊が西門を通過しています。彼らは最近、商業ギルドに登録されたばかりの者たちのようです」

 ブランの視線が鋭くなる。

「それで?」

 書類係の若い騎士は一瞬ためらい、声を落とした。

「…彼らの荷物の中に、騎士団の制服に似た布を忍ばせていた、という記録がありました」

 室内の空気がピンと張りつめる。隊長たちの視線が互いに交差し、沈黙の中でそれぞれが思考を巡らせた。


 騎士団の制服に似た布――それは、庁舎内に紛れ込むための偽装に使える。外部の者が内部の人間のように振る舞えるなら、書類棚に近づくことも不可能ではない。

 だが、そこには見えない壁がある。


 レオニードは机上の地図に視線を落とし、低く呟いた。

「…いや、しかし。偽装に使ったとしても、普段見慣れないやつが歩いていれば誰かしらが違和感に気づくはずだ」

「その商隊が通過した当日の西門の勤務担当は誰だ? 査問騎士と門衛兵はそいつらの顔を憶えていないのか?」

 隊長の一人が問いかける。

 書類係は一瞬言葉を探すように視線を泳がせた。

「それが…一応聞いてみたのですが、覚えていないようなのです」

「覚えていない?」

 ブランの眉がぴくりと動く。

「いえ、怪しい商隊が通って行ったことは覚えていても、その顔や容姿といった、個人と特定できるような部分が靄がかかったように思い出せないと」

 短い沈黙の後、レオニードは低く吐き捨てるように言った。


「…認識阻害の魔道具が使われていた可能性があるな」


 その言葉に、隊長たちの表情が一斉に険しくなる。

「…もしそうだとしたら、やはりただの商隊じゃありませんね」

「ああ、ほぼ黒とみて間違いないだろう」


 魔導結晶輸送隊襲撃――それはまだ可能性に過ぎなかったはずが、今や確信へと変わりつつあった。

 この襲撃だけは、何としてでも阻止しなければならない。失敗すれば、街の命運すら揺らぐのだから。




 重苦しい空気を残したまま会議は終わりを告げた。

 椅子の軋む音と共に、隊長たちは無言で立ち上がり、それぞれの持ち場へと散っていく。扉が閉まるたび作戦室の中は少しずつ静けさを取り戻していった。


 レオニードは机の上の資料を一瞥し、短く息を吐く。

「…この件は、すぐに子爵閣下へ報告する」

 彼は傍らに控えていた若い騎士に視線を向けた。

「緊急伝令官を俺の部屋に呼べ。すぐに書簡を用意する」

「はっ!」

 騎士は短く応じ、素早く部屋を後にした。


 支部長執務室へと戻ると、鍵付きの棚の奥から封蝋と子爵家の紋章が刻まれた封筒を取り出した。

 中には、先ほどの会議で交わされた内容、商隊の不審な行動、そして認識阻害の疑いが簡潔に記された報告書を収める。封蝋が押される瞬間、熱で溶けた蝋の甘い匂いがわずかに漂い、それが妙に緊張を際立たせた。

 情報源の信頼度は低いが、内容が輸送部隊襲撃という重大事なので軽視できない。確定情報ではなくても、被害が出る前に動けるよう、速報として報告する必要があった。


 書簡の準備が整ったその時、タイミングよくノックが響く。

「緊急伝令官、アルノー・スイフト。お呼び出しにより参りました」

「急に呼び出して済まない。この書簡をクロムハルト子爵に急いで届けてほしい」

「了解しました!」

 アルノーは差し出された封筒を受け取ると、素早く革のケースに収め、肩から斜めに掛けた。

「確かにお預かりしました。最短で届けます」

 短くそう告げると素早く部屋を後にし、廊下を駆け抜け、執務棟の奥にある転移室へ向かう。


 特殊な技巧が施された扉の前では、警備の騎士が両脇に立ち、アルノーを出迎えた。

 緊急伝令官として過去何度も転移室を利用していた彼は、慣れた手つきで扉横の魔導端末に手をかざした。

 淡い光が走り、錠が外れる音とともに扉が開く。


 石造りの部屋の中央には、厚い黒鉄の枠組みで組まれた円環が鎮座している。外装は装飾を排し、実用性と耐久性を優先した無骨な造り。円環の外周には魔力伝導管が幾重にも巻き付けられ、赤い光が脈動するたび、低く唸るような音が室内に響いていた。

 制御板は円環の中心に据えられ、軍用の暗号化された座標入力盤と、転移先の安全状況を示す魔導計測器が並んで表示されている。その操作は熟練の魔導士か、特別訓練を受けた騎士のみが許されており、いずれも魔力承認によって機械の操作をすることができる仕組みだ。

 アルノーが魔晶板に魔力を流し込み転移座標を打ち込むと、円環内部の床の魔法陣が輝きだした。

 輝きがピークに達すると、次の瞬間、視界が白く弾けてキィンという耳鳴りと似た音がし、アルノーの姿はその場から掻き消えていた。


 やがて光が収まり、目を開けた時、彼はすでにクロムハルト子爵邸そばの転移塔の中に立っていた。

 迷わず塔の外に出る。

 雪混じりの風が吹き抜ける中、アルノーはまっすぐ屋敷の正門へと駆け出した。





 ◇◆◇





 時間はほんの少しだけ遡る。



 検証会議が行われていたその日、その時刻。南門の検問所にて。

 雪がちらつく昼下がりの午後、通りは農夫や商人たちの声で活気づいていた。だがその人だかりの中に、ひとりだけ場違いな影があった。


 粗末な麻布の外套を羽織った男。だが袖口から覗くのは、どう見ても農作業用じゃない革の籠手。背負い袋は不自然に膨らんでおり、袋口からは金属の鈍い光がちらりと覗く。その形状は、鍬や鎌のような農具ではなく、戦闘用の刃物か金属製の器具の一部に見えた。

 さらに足取りは落ち着きなく、門番の視線を避けるように人混みの陰を縫って歩いている。

 近づいて声をかけると、男は笑顔を作ろうとしたが、口元だけが引きつり、目は完全に泳いで額には玉のような汗が滲んでいた。

 誰何を問いかけてみても、「ああ、いやその…」と、まるで埒が明かない。

 そして決定的だったのは、外套の内側に隠し持っていた一枚の紙。その紙には南門から西門までの裏道と、数日後に中央都市部から到着する輸送隊の通過予定時刻が赤い字で記されていた。


 門衛兵たちは顔を見合わせた。


 …これ、完全に怪しい奴だよな?

 むしろ『怪しいです』って看板ぶら下げて歩いてるレベル。

 

 アイコンタクトの後(のち)、男は有無を言わさず拘束された。



 尋問の結果、この男は本日行われている会議で議題となっている、魔導結晶輸送隊襲撃の関係者であるとわかった。

 外套の内側に隠されていた紙は、輸送警護部隊のルート計画書の一部を写したものであり、それを利用した襲撃計画の用紙だった。

 その記載によれば、襲撃は西門を正面から狙うのではなく、南門を経由して西の交易路へ回り込む手はずとなっている。

 しかし、男の口から出る言葉は終始ちぐはくで、話の筋も噛み合わず間延びした返答ばかり。尋問官が問いを変えても、同じようなあいまいな答えが返ってくるだけだった。

 どうやら計画の全貌を知らされていなかった可能性が高い。これは前日に捕縛した連中と同じだ。


 南門守衛長、ガレス・エドモンドは椅子に深く腰掛け、額を抑えながらため息をつき、部下からの報告を聞いていた。

「…で、そいつはこれをわざわざ手に持った状態で門を通ろうとしてたってことか?」

 呆れかえった声に、報告していた若い門番が気まずそうにうなずく。

「はい、守衛長。一応、外套の中に隠した状態ではあったのですが…」

「あまりにもお粗末すぎるな…」

「しかも、『これは何だ』と聞いたら『親戚の家までの地図だ』って答えたそうですよ」

 横からエリオット・ランサムが淡々と補足する。その口調は冷静だが、目の奥には呆れを通り越した侮蔑の感情が垣間見えた。

「親戚の家…?」

 セリーヌ・アシュフォードが眉をひそめ、問題の用紙を手に取る。

 紙の端は湿ってよれ、赤い印がいくつも打たれている。

「“中央街道西門進入路”…珍しいところに住んでるのね。農具小屋で寝泊まりでもしてるのかしら」

 セリーヌ流の高尚な嫌味に、ガレスが苦笑ともため息ともつかない声を漏らす。

「偽装する気があるのか…?」

 もしかして見つかりたくてこんな行動をとったのかとすら思えてくる。まあ、ありえないが。


 エリオットは腕を組み、静かに進言する。

「ともかく、連絡のあった例の件に関係する可能性が高いですから。すぐに報告しましょう」



 襲撃犯の背後組織等の詳細は掴めなかったが、物証ともいえる計画書は確保できたのだ。

 南門守衛長ガレス・エドモンドは、即座に部下を支部庁舎へ走らせる。



 こうして昼間の検証会議を終えて数時間後、南門で怪しい人物を捕えたと報告が上がったのだった。








 そしてこの日、アルノーは同日二度目の緊急伝令に走った。






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