第33話 Identity IV
放電音が、赤い空を裂いた。
弾体は送信板の間を抜ける。
中央給電・位相分配ユニットの外板へ当たった。
金属が内側へめくれる。
導波管が断裂する。
高電圧のアークが、白い閃光になって走った。
位相分配器の内部から、絶縁材と機械部品の破片が散る。
送信板が一斉に震えた。
一枚は右へ。一枚は空へ。一枚は地平線へ。
同期を失った板が、ばらばらの角度で停止する。
アクチュエーターが数秒間だけ空回りし、やがて止まった。
アンテナは倒れない。
巨大な停止機械として、屋上に残った。
CENTRAL FEED UNIT : FAILURE
PHASE DISTRIBUTION : LOST
ARGUS UPLINK : DISCONNECTED
RECONNECTION : UNAVAILABLE
カイルは息を吐いた。
胸が痛む。
膝が一瞬だけ折れそうになる。
それをアトイが、内部から筋出力を支えた。
「二・七秒です」
「……何が?」
「呼吸停止時間です」
「……撃った後に言うな」
「許容範囲を超えました」
「まぁ、当たったからいいだろ?」
「はい」
表示板の白い文字が乱れる。
No.001の直接分類は、完了しない。
中継局の下位中枢に残った処理だけが、欠けた接続先を探し続ける。
OBSERVATION TARGET : LOST
A.T.O.I. UNIT 002 : STATUS UNRESOLVED
BIOLOGICAL SOURCE : STATUS UNRESOLVED
CLASSIFICATION : INCOMPLETE
REVIEW : PENDING
No.001は怒らない。
敗北とも表示しない。
ただ、見失う。
分類できない二つの対象を、未解決のまま保持する。
旧第七線のログを、アトイは未判定を未判定のまま持つことを選んだ。
No.001は今、アトイとカイルを処理できないまま持つことになる。
同じ未解決。
だが、意味は違う。
アトイにとっては、急いで決めず、自分の中へ大切に残す余地だった。
No.001にとっては、分類を閉じられない処理不全だった。
カイルは停止したアンテナを見上げる。
「終わったか」
「No.001本体は存続しています」
「知ってる。ここの接続は?」
「切断されました。No.001の旧戦争専用経路は使用できません」
「なら、今はそれでいい」
「はい」
アトイの視界へ、破壊されたアンテナが映る。
ばらばらの角度で止まった送信板。
赤い空。
白い火花の残光。
レールガンを下ろすカイル。
自分が撃ったわけではない。
だが、自分が破壊点を選び、時機を示し、カイルが実行した。
二人で選んだ結果だった。
「記録します」
アトイが言った。
一拍。
自分の言葉を照合する。
「訂正します」
カイルが見る。
「情報ではありません」
アトイは停止したアンテナから、カイルへ視線を移した。
「これは、記憶です」
風が吹いた。
青い髪が揺れる。
二つの琥珀色の髪飾りが、赤い光を返した。
*
空中戦術指揮車の表示が暗転した。
「……ARGUSとの接続、切れました」
部下が言う。
ルーカスは窓の外を見た。
送信アンテナは動作を停止している。
政府側の高帯域回線も切れた。
本部からの映像照合。
軌道観測。
外部射撃管制。
時刻同期。
すべてが途切れた。
この中継局とARGUSの接続に、政府側の回線が相乗りでもしていたのだろうか。現場には教えられていないことだった。
他の中継局を経由してすぐに回線は戻るだろうが、それまでの間は目隠しされたようなものだった。
車内電源は生きている。
近距離無線。
ローカルセンサー。
機内記録。
そして目の前にいる二人は、まだ見えていた。
「上昇。屋上へ接続してください」
「対象を拘束しますか」
「負傷状態を確認します」
「旧戦争資産の回収は……」
「後です」
空中戦術指揮車が、屋上縁へ近づく。
大径ファンの風が砂塵を巻き上げた。
側面ランプが開く。
ルーカスが先に降りる。
屋上へ足をつけた瞬間、カイルと視線が合った。
ARGUS越しではない。
照合データでもない。
彼は目の前にいる、一人の負傷者だった。
カイルはレールガンを下げている。
アトイは歩けず、アンテナ基部へ座っている。
だが、彼女の目はカイルの胸元を見ていた。
「カイル、呼吸が浅くなっています」
「お前は自分の脚を心配しとけ」
「脚部制御は一時的な停止です。カイルの呼吸より優先度は低いです」
「だったら黙って掴まってろ」
カイルがアトイの腕を取る。
肩へ回す。
持ち上げようとして、胸の痛みに顔をしかめる。
アトイが内部から補助する。
どちらがどちらを支えているのか。
ルーカスには、一瞬分からなかった。
端末上では、危険人物と旧戦争資産。
旧第七線へ入る前なら、ルーカスもその二行で足りると思っていた。
しかし目の前にいるのは、互いを支えないと動けない二人だった。
分類より先に、現場がある。
部下が小声で言う。
「カイル・ローウェルを確認。No.002系外界観測端末一体。旧戦争資産との一致率――」
「……負傷者二名」
ルーカスが言った。
「まずは搬送を優先します」
隊員が近づく。
一人がカイルへ。
もう一人がアトイへ。
正規手順どおりなら、二人は分ける。
人間は医療搬送。
旧戦争資産は拘束具へ固定。
隊員がアトイの腕を外そうとした。
カイルの手に力が入る。
アトイも腕を離さない。
呼吸補助と生命維持は、まだアトイのローカル系統で続いている。
「構いません、そのままで」
ルーカスが止めた。
「ですが、資産と生体対象を――」
ルーカスは二人へ近づいた。
「そのままで、機内へ。ここから搬送します」
側面ランプの奥に、白い医療灯が見える。
固定具。
生体センサー。
記録カメラ。
車内照合装置。
今は中央回線が切れている。
だが、ローカル記録は残る。
回線が戻れば、機内へ収容した二人は正式な搬送対象になる。
カイルは一度だけ機内を見た。
「乗らねえ」
「ここに残る方が危険ですよ」
「それに乗ったら、次に降りる場所を俺たちが決められねえ」
ルーカスは答えなかった。
否定できなかった。
回線が復旧すれば、搬送先は中央が決める。
カイルは拘束される。
アトイは回収される。
保持記録は提出される。
分離するなと命じても、機内へ入れた時点で、いずれ正規手順へ戻される。
「しかし、歩ける状態ではありませんよ」
「一人じゃ、な」
カイルがアトイを支える。
「二人なら移動できます」
アトイが言った。
「おい、胸張って言うことじゃねえぞ……」
「事実です」
ルーカスは二人を見る。
完全に安全な道はない。
だが、選ばせることはできる。
「……施設西側に、地表保守路があります」
カイルが顔を上げる。
「外壁沿いの保守スロープを降りてください。崩れた通信設備の裏を通れば、放棄された資材運搬路へ出ます」
「追跡は?」
「固定観測の死角が多い区画です」
「接続が戻ったら?」
「代替中継の接続には数分かかります」
ルーカスは一度、停止したアンテナを見る。
「これは、現場からの助言です」
「……そうかい」
隊員が応急材を持ってくる。
カイルの右胸へ固定帯を巻く。
アトイの腰部から漏れる循環液へ、簡易封止材を当てる。
正式な拘束具は使わない。
資産回収用のタグも取り付けない。
カイルは処置の間も、アトイの身体を離さなかった。
アトイも、カイルの呼吸を見続けた。
「行けますか?」
ルーカスが訊く。
「行くしかねえだろ」
「移動可能です」
「お前は歩けねえだろ」
「カイルが運びます」
「ドヤんな……運ぶけどよ」
「はい」
二人は屋上西側へ向かう。
カイルがアトイの身体を支える。
アトイがカイルの身体を内側から支える。
一歩。
もう一歩。
前後ではない。
まだ横に並ぶことはできない。
それでも、どちらか一方が命令だけで進ませている形ではなかった。
二人は屋上縁の保守スロープへ入った。
赤い砂塵の向こうで、その背中が小さくなる。
ルーカスは誰にも後を追わせなかった。
*
数分後。
代替中継がつながり、空中戦術指揮車の中央回線が復帰した。
本部から対象位置の確認が入る。
車内には、外部時刻同期と対象照合を欠いたローカル記録が残っている。
映像。
音声。
生体反応。
屋上での接触。
だが、通信断中の記録には外部時刻同期がない。
ARGUSによる対象照合も完了していない。
正式な追跡情報へするには、現場責任者の検証が必要だった。
端末へ一行だけ表示される。
FIELD VALIDATION : REQUIRED
部下がルーカスを見る。
「通信断中の映像、対象照合へ回しますか」
「……回しません」
「ですが、映像は残っています」
「ええ」
「後日の監査で確認される可能性があります」
「分かっています」
ルーカスは部下たちを見回した。
誰も、追跡再開を要求しなかった。
誰も、二人の消えた方向を指ささなかった。
No.001は二人を見続け、分類し、回収しようとした。
ルーカスたちは直接見た。
そのうえで、中央の観測へ戻さないことを選ぶ。
「二人は、見失ったことにします」
ルーカスは検証拒否を選び、責任者欄へ自分の職員番号を入力した。
部下の承認欄には触れない。
FIELD VALIDATION : DECLINED
RESPONSIBLE OFFICER : L. VAERN
AUDIT HOLD : ACTIVE
DUTY STATUS REVIEW : REQUIRED
署名が確定すると、通信断中の映像は追跡情報ではなく、監査保留資料へ移された。
「主任」
「私の現場判断です。あなた方は、対象を見失っただけですよ」




