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A to I  作者: きんかん


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第26話 Hold I

 アトイの言葉が、赤い誘導灯の下に残った。


「カイルは、私が見ます」


 背後で、防衛四脚ドローンの脚が床を叩く。


 一体目が角を曲がった。

 脚の付け根にぶら下がった低い胴体の正面から、赤い照準レーザーが向けられる。


 カイルはまだ床へ膝をついていた。

 咳は止まらない。

 口の中には、金属とも薬品ともつかない味が残っている。


「言ってる場合か……!」


 レールガンへ手を伸ばす。


 指はグリップへ届いた。

 だが、本体を支えることで精一杯で、握る力が入らない。トリガーを押し込みきれない。


 アトイはカイルの肩を掴み、配管の陰へ引いた。


 直後、ドローンの銃口が白く弾ける。


 弾体が壁を削り、古い断熱材が粉になって散った。

 跳ねた破片が、カイルを引いたアトイの腰部外装を掠める。

 継ぎ目から透明な循環液が一筋滲んだが、アトイは修復処理を後回しにした。


「カイル、呼吸を継続してください」


「してる……!」


「不足しています。短く吸い、長く吐いてください」


「……注文の多い女だ」


 カイルは壁へ背を預けた。

 胸を押さえ、言われた通りに息を吐く。


 その間にもカイルの体内では、アトイから移されたナノマシン群は動いていた。


 口腔粘膜。

 食道。

 肺へ続く細い血管。

 No.001由来のナノマシン網が張り巡らされた循環系。


 異なる制御信号が接触する。


 カイルの視界へ、白い文字が重なった。




 FOREIGN NANOMACHINE SIGNATURE : DETECTED

 BIOLOGICAL NETWORK : AUTHORITY CONFLICT

 No.001 CONTROL PATH : MAINTAIN

 A.T.O.I. UNIT 002 : LOCAL ACCESS DENIED




「……またなんか、頭ん中に出たぞ」


「私のナノマシンを異物として排除しようとしています」


「追い出されんのか?」


「させません」


 アトイは平坦に言った。


 声はいつもと変わらない。

 だが、返答までの間がなかった。


 防衛ドローンが配管の陰へ回り込む。

 四本の脚が床へ低く広がり、射線を作る。


「右上部。センサーの下に駆動線があります」


「今の俺に撃てってか」


「はい」


「無茶言いやがる……」


 カイルはレールガンを持ち上げた。


 右胸が痛む。

 呼吸を止めれば照準は安定する。

 止めれば、そのまま次の息が入らない。


 アトイの手が、カイルの背中へ触れた。


「吸ってください」


 短く吸う。


「止めます」


 胸の奥で、何かが切り替わった。


 痛みは消えない。

 だが、痙攣するように閉じていた気道が開く。


 カイルは一瞬だけ呼吸を止めた。

 照準が、ドローンのセンサーの下へ重なる。


 トリガー。

 放電音。


 弾体がドローンの胴体上部を貫いた。

 赤い照準レーザーが消え、前脚二本が床へ折れる。


 だが、ドローンは止まりきらない。残った後脚で身体を押しながら、こちらへ近づいてくる。


「しつけえ!」


「左へ三センチ」


「指示が細けえ!」


「二・六センチです」


「悪化させんな!」


 二発目。


 今度は後脚の付け根が弾けた。

 ドローンの胴体が床へ落ち、火花を散らして止まる。


 その後ろから、二体目が現れた。


 カイルは銃口を向けた。

 同時に、視界の白い文字が増える。




 RESPIRATORY SUPPORT : REDUCING

 CIRCULATORY ASSIST : REDUCING

 PAIN SUPPRESSION : RELEASE

 A.T.O.I.-DERIVED NETWORK : REJECT




 胸の奥が締まった。


「っ……!」


 カイルの照準が下がる。


 No.001は、アトイの介入に合わせて制御を変えていた。

 呼吸を狭める。循環補助を落とす。抑えていた痛覚を戻す。

 カイルがアトイと共に進めない身体条件へ、少しずつ戻していく。


 アトイはカイルの内部状態を見た。


 No.001由来ナノマシン群と、自分が送り込んだナノマシン群。

 同じ血管の中で、異なる命令が競合している。


 上位権限を得ることはできない。


 アトイはNo.001ではない。

 旧戦争系統の分類権限も、正式な生命維持権限も持たない。


 だから、従わせることをやめた。


「分離します」


「……何を?」


「No.001の制御経路を、カイルの身体維持から分離します」


 アトイ由来ナノマシン群が、既存の網へ広がった。


 アトイは命令を書き換えなかった。

 No.001の信号だけを、身体維持へ届く手前で隔離する。


 制御を奪うのではない。届かなくする。


 カイルの視界で、白い文字が乱れた。




 No.001 BIOLOGICAL CONTROL : INTERRUPTED

 LIFE SUPPORT COMMAND : UNREACHABLE

 LOCAL NANOMACHINE NETWORK : ISOLATED

 BIOLOGICAL MAINTENANCE : SUBSTITUTE REQUIRED




「カイル」


 アトイが言った。


「あなたの身体維持を、私のローカル系統へ接続します」


「そうすりゃ、今より良くなんのか?」


「はい」


 カイルは二体目のドローンを見た。


 銃口がこちらを向く。

 照準レーザーがアトイの胸へ移った。


「わかった、やれ!」


 同時に、カイルはアトイを突き放した。

 それまでアトイのいた場所を、ドローンの弾丸が通り抜けていく。

 アトイは表情を変えなかった。


「実行します」


 アトイのナノマシン群が、空いた経路へ入る。


 呼吸補助。

 循環補助。

 筋出力調整。

 損傷箇所の固定。

 痛覚信号の制限。


 すべてを元通りにはできない。


 カイルへ移されたナノマシンの量は限られている。アトイ自身の循環液も、修復材も、冷却能力も減っている。

 それでも、カイルが次の息を吸うためには足りる分だった。


 肺へ空気が入る。

 胸の痛みは残ったまま、身体を動かせる程度まで遠ざかった。


 カイルはレールガンを構え直した。


「どこだ」


「二体目、前部装甲の損傷なし。右壁面の配管を利用できます」


「配管?」


「冷却材が残っています。接続部を撃ってください」


「了解!」


 ドローンの赤い照準レーザーがカイルへ移る。

 だがカイルはドローンではなく、その横の配管を撃った。


 古い接続部が弾ける。

 白い冷却材が高圧で噴き出し、ドローンのセンサーを覆った。


 機体が目標を見失う。

 同時に、アトイが前へ出た。


「おい!」


 ドローンの側面へ回り込み、脚部を蹴る。


 その華奢な身体から出たとは思えない轟音がした。

 機体が傾き、冷却材で濡れた床を滑る。


「今です」


 カイルが撃った。

 弾体は露出した脚部の隙間から胴体内部へ入り、制御部を貫いた。


 ドローンの脚が止まる。

 保守路に、冷却材の噴き出す音だけが残った。


 カイルは壁へ手をついた。


「……奪えたのか?」


「No.001の身体制御経路を隔離しました。現在、呼吸、循環、筋出力、損傷固定を私が代替しています」


「じゃあ俺の身体を、お前が動かしてんのか?」


「いいえ。生命活動を維持しているのみです。カイルの行動判断と運動指示には介入していません」


「お前が止まったら、これも止まるのか」


「現在は、はい。自律医療モードへ移行する機能はありますが、No.001の生命同期経路が有効なままでは、外部制御へ再接続されます」


「じゃあ、その線を切れりゃ」


「閉鎖系として維持できます。ただし移行後は、私から一方的に操作できません」


「そうか。覚えとく」


 カイルは自分の手を開き、握った。


 動く。

 確かに、自分で動かした感覚がある。


 カイルの視界へ、別の白い文字が重なった。




 SEPARATION DIRECTIVE : ACTIVE

 SEPARATION COMPLIANCE : FAILED

 MUTUAL SUPPORT BEHAVIOR : CONTINUED

 CAUSAL CLASSIFICATION : UNRESOLVED




「じゃあ、俺が変なことしたらお前のせいってことにするわ」


「では、生命活動を停止し……」


「おいやめろやめろ!! 冗談だって」


「あなたを縛るつもりはありません」


「……わかった。助かる」


 カイルはレールガンを担ぎ直した。


「行くぞ」


「はい」

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