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A to I  作者: きんかん


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22/33

第22話 Fractal VI

 白い線の中に、第七避難所の記録が浮かぶ。


 だが、その内容は開かれない。


 アトイが保持状態を維持しているからだ。




 SEVENTH SHELTER RESPONSE PACKAGE

 LOCAL HOLD : ACTIVE

 CONTENT ACCESS : DENIED

 SUBMISSION STATUS : PENDING




 施設側が再び提出を求める。




 ALL RECORDS : SUBMISSION REQUIRED

 TEMPORARY HOLDING PERIOD : EXPIRED

 PERSONAL RETENTION AUTHORITY : NOT FOUND




「個人には保持権限がないと言っています」


「お前の中にあるのにか」


「システム上、私は一時搬送端末です」


「お前はどう思うんだ」


 アトイは索引を見た。


 設備記録。

 経路記録。

 電力記録。

 作業命令。

 人の名前。

 最後の声。


「一時搬送端末としての機能はあります」


「……そうじゃねえ」


「はい」


 アトイは一拍置いた。


「ですが、すべてを同一には扱いません」


 カイルは遮断器を握ったまま、彼女を見た。


「決めたか?」


「一部です」


 アトイは索引層から、最初の束を選んだ。


 保線車両の走行記録。

 旧線の電力状態。

 崩落区画の位置。

 使用不能な隔壁。

 起動したモールの作業命令。

 ピースヴァリス橋梁の損傷状態。


 いずれも、人間の声ではない。

 明示された送信先を持ち、設備維持のために作られた記録だった。


「提出します」


「全部か?」


「いいえ」


「わかった」


 アトイが黒い転送バスを開く。


 カイルは遮断器を握った。




 SELECTED SUBMISSION : START

 SOURCE : A.T.O.I. UNIT 002

 TECHNICAL RECORDS : 1,942

 ROUTE STATUS RECORDS : 104

 MAINTENANCE ORDERS : 41




 白い線の一部が、アトイの周囲から施設側へ移る。


 処理負荷が下がった。


 だが、転送経路は第七避難所の記録へ触れない。


 カイルは遮断器から手を離さなかった。


 転送が終わる。




 SELECTED SUBMISSION : COMPLETE

 SUBMITTED RECORDS : 2,087

 LOCAL RETENTION CANDIDATE : 73

 UNRESOLVED RECORDS : 516

 PARTIAL SUBMISSION : ACCEPTED




「……受け取ったようだな」


「はい」


「これで終わりか?」


「いいえ」


 表示は、すぐに次の要求へ変わった。




 REMAINING RECORDS : SUBMISSION REQUIRED

 I-DOLL RESPONSE SERIES : CLASSIFICATION REQUIRED

 INDIVIDUAL TESTIMONY : CLASSIFICATION REQUIRED




「欲張りな奴だ」


「未処理記録の存在を検出しています」


「お前は渡すのか?」


「確認します」


 アトイは保持候補を開いた。


 修理管制へ宛てた橋梁交換要求は提出する。

 送信先がなく、名前の保全だけを求める避難所記録は保持する。

 I-DOLLへ向けられた短い礼は保持候補。

 誰に向けたのか分からない罵声と、名前だけ残った空白は未判定。


 同じ「人の記録」でも、行き先も願いも同じではなかった。


 アトイは、一つずつ見た。


 速くはない。

 効率もよくない。


 施設側は何度も一括分類を提案した。




 AUTO CLASSIFICATION : AVAILABLE

 No.001-LINKED REVIEW : RECOMMENDED

 ESTIMATED COMPLETION : 00:00:04




「おい、こいつがやったら四秒で終わるってよ」


「私がやります。ですが時間を要します」


「どのくらいだ?」


「不明です」


「……だろうな」


 カイルは壁へ背を預け、損耗したレールガンを床へ置いた。

 正規弾は残っているが、胸の打撲は息を吸うたびに痛んだ。




 アトイは記録を見続けた。


 提出。

 保持候補。

 未判定。


 同じ三つへ分けるのではない。


 一つを見るたび、その境界が少しずつ変わる。


 明示された送信先があっても、個人の声が混ざっている。

 個人の声でも、届けることを望んでいる。

 保存を頼んでいても、誰に頼んだのか分からない。


 分類は可能だった。

 判断は、まだ終わらない。


「おい。全部、今やる気か?」


「いいえ」


「じゃあ、どこまでだ?」


「提出してよいと判断できるものを提出します。渡してはいけないと判断したものを保持します。判断できないものは、未判定のまま保持します」


「決められねえのも持ち続けるのか?」


「はい。勝手に決めないためです」


 カイルは一度だけ目を細めた。


「そうか」


 それだけだった。


 アトイは、第七避難所の記録を選んだ。




 SEVENTH SHELTER RESPONSE PACKAGE

 FINAL REQUEST : REMEMBER

 DESTINATION : A.T.O.I. UNIT 002

 SUBMISSION DESTINATION : No.001-LINKED CLASSIFICATION NODE




 二つの行き先が表示されている。


 一つは、最後の声が選んだ行き先。

 一つは、システムが定めた行き先。


 アトイは前者を選んだ。


「保持します」




 LOCAL HOLD : CONTINUED

 SYSTEM SUBMISSION : DEFERRED




 処理室の灯りが一度、弱くなった。


 拒否警告は出ない。

 敵対判定も出ない。


 代わりに、施設全体の奥で何かが起動した。


 太い観測ケーブルへ、白い光が走る。


 地表方向。

 軌道接続塔方向。

 さらに、地下の深い系統へ。


 カイルが顔を上げた。


「何を起こした?」


「部分提出により、上位分類照会が開始されました」


「止められるか」


「すでに照会信号は送信されています。提出前には確認できませんでした」


「最悪だな」




   *




 同じ頃、旧第七線外部の観測車両でも、新しい反応が立ち上がった。


 ルーカスの端末に、細い白線が浮かぶ。


 地下深部から地上中継局。

 地上中継局から、上空方向。


 通常通信ではない。

 旧戦時用の狭い認証信号だった。


「軌道への接続反応です」


 部下が言った。


「どの衛星ですか?」


「識別できません。旧暗号系です」


「先ほど要求した資料は?」


「閲覧権限外のままです」


「ふむ。上位は、この施設を知らないのではありませんね」


 ルーカスの問いに、端末は答えない。


 部下が訊いた。


「中継局外部へ部隊を移しますか?」


「ええ、移してください」


「包囲しますか?」


「観測可能な出口だけです」


「完全封鎖ではないのですか?」


「構造図がない以上、完全という言葉は使えません」


 ルーカスは軌道接続反応を見た。


「それに、上位が何を起こすつもりなのか分からない場所で、逃げ道をすべて閉じるのは高くつきます」


「対象の回収命令は継続中です」


「命令は受けています」


 ルーカスは静かに返した。


「しかし、情報は受けていません」


 端末の隅に、旧第七線へ発行した現場権限が残っていた。




 EXTERNAL RECOVERY CLEARANCE : L.VAERN / LOCAL




 回収系統を停止させなかったのは、上位ではない。

 自分だった。


 ルーカスは表示を閉じなかった。




   *




 処理室では、白い表示が一つずつ書き換わっていた。




 PARTIAL SUBMISSION : ACCEPTED

 REMAINING RECORDS : LOCAL HOLD

 UNRESOLVED RECORDS : LOCAL HOLD

 UPPER CLASSIFICATION REVIEW : REQUIRED


 ARGUS-GALE ORBITAL SENSOR : SIGNAL DETECTED

 GROUND PAIRING STATION : PARTIAL WAKE

 No.001-LINKED CLASSIFICATION NODE : ACTIVE




 アトイの瞳の奥で、観測レンズが絞られた。


「上位応答があります」


「ARGUSか」


「ARGUSは観測するだけです」


「じゃあ、誰だ?」


 白い線が、アトイの足元まで伸びた。


 それは命令の形をしていない。

 声でもない。


 分類を待つ、静かな接続要求だった。


「No.001系統です」


 カイルは床のレールガンを拾った。


 アトイは、保持した記録を閉じなかった。


 渡したものがある。

 渡さなかったものがある。

 まだ決められないものがある。


 そのすべてを自分の中に残したまま、アトイは白い接続線を見た。


 白い接続要求は、返答を受け取るまで消えなかった。

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