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A to I  作者: きんかん


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21/30

第21話 Fractal V

 やがて、トンネルが地下ホームへ広がった。

 壁には白い文字と、戦後の封鎖札が重なっている。




『ARGUS-GALE OUTER RIM RELAY』

『旧軍事観測設備/現管理局権限外/接続禁止』




 保線車のブレーキは応答しなかった。

 カイルが非常停止レバーを引くと途中で折れ、車両は終端緩衝器へ衝突した。


 胸を操縦盤へ打ちつけたカイルと、その背へぶつかったアトイは、しばらく動かなかった。


「……着いたな」


「はい」


「もっとまともな止まり方はなかったのか」


「ありませんでした」


 地下ホームは暗い。


 だが、完全な闇ではなかった。

 二人が到着してから、天井の灯りが一つずつ点き始めている。


 入口側からではない。

 ホームの奥から、順番に。


 白い光が、古い床へ長い線を作る。


 最後に、壁一面を占める中央表示盤が起動した。




 A.T.O.I. UNIT 002 : ARRIVAL CONFIRMED

 UNSORTED RECORD CLUSTERS : DETECTED

 EXTERNAL OBSERVATION LOG : DETECTED

 I-DOLL RESPONSE RECORDS : DETECTED

 SEVENTH SHELTER EVIDENCE PACKAGE : DETECTED


 ALL RECORDS : SUBMISSION REQUIRED




 カイルは表示を見上げた。


「私が保持している全記録の提出要求です」


「選別は」


「完了していません」


「返事はどうすんだ?」


 アトイは白い文字を見たまま答えた。


「まだ、できません」


 表示は消えなかった。

 同じ要求を繰り返すこともしなかった。


 ただ、待っているようだった。


 カイルはレールガンの充電ケーブルを外し、バッテリーを確認した。


「撃って壊すか」


「現在、敵対動作はありません」


「でも要求してるだろ」


「要求と攻撃は異なります」


「お前を勝手に空にするなら、敵対と同じだ」


「まだ、転送は開始されていません」


「なら、その間に決めろ」


 アトイは中央表示盤へ近づいた。


 床の白線が、彼女の足元で枝分かれする。


 一つはホーム奥の処理室。

 一つは上へ続く昇降路。

 一つは壁の向こうへ伸びる観測ケーブル坑。


 どれも、同じ細い光から分かれていた。


「施設が部分起動しています」


「ここがARGUSか」


「ARGUS本体ではありません」


「じゃあ何だ?」


「ARGUSゲール軌道観測系統への地上中継局です」


「衛星に繋がってた場所ってことか」


「はい」


 カイルは天井を見上げた。


 岩盤と鉄骨の向こうに空がある。

 そのさらに上に、軌道上の観測衛星がある。


「ARGUSってのは、でかい管理AIじゃなかったのか?」


「一般認識では、軌道観測網、No.001判断系統、I-DOLL応答系列をまとめてARGUSと呼ぶ場合があります」


「違うのか?」


「ARGUSは観測しますが、判断はしません」


「見るだけか。最初のお前みたいだな」


「はい」


「判断したのは?」


「No.001系統です」


「人間に喋ってたのは?」


「I-DOLL応答系列です」


 カイルはしばらく黙った。


「目と、頭と、口か」


「簡略化されていますが、近似しています」


「なら、お前は」


 アトイは答えようとして、一拍止まった。


「A.T.O.I. Unit 002。外界観察インターフェースです」


「今は?」


 アトイの目が、カイルへ向いた。


「……選別中です」


「聞き方が悪かったな」


 カイルはそれ以上訊かなかった。




 処理室の扉が開く。


 中には、人が座る椅子はなかった。


 円形の空間を、細いケーブルと透明な表示板が囲んでいる。床の中央には、古い接続台が一つだけ残っていた。

 人間用ではない。アトイの手首と背部端子に合わせた形をしている。


「座るなよ」


「着座機構はありません」


「繋がるなって意味だ」


「選別には、施設側の索引情報が必要です」


「繋がったら全部抜かれんだろ?」


「高帯域転送経路を遮断した状態で、索引層のみ参照します」


「できるのか?」


「試行します」


「そんな博打は止めとけ」


「では、別の方法を要求します」


「……待て」


 カイルは接続台の側面を開けた。

 太い黒線は上位転送、白線は低帯域制御。黒線を切れば安全だが、アトイが提出すると決めた記録まで送れなくなる。


 全部壊すのは簡単だった。

 だが、アトイは全部を拒否したいわけではない。


「開け閉めできるようにしろ」


「手動遮断器があります」


 カイルは黒い転送バスの遮断器へレンチを差し込んだ。


「お前が変なもんまで渡しそうになったら切る」


「選別主体は私です」


「分かってる。俺は線を切るだけだ」


「基準が不明です」


「俺が危ないと思った時だ」


「不正確です」


「完璧な予測ができねえから、横で見てる奴がいるんだろ」


 アトイは接続台へ手を置いた。


 白い低帯域線だけが起動する。


 カイルは黒い転送バスの遮断器を握ったまま、彼女の横へ立った。


 接続台の周囲に、白い線が浮かんだ。


 一本ではない。


 アトイが受け取った記録の索引が、一つずつ空間へ展開されていく。


 第七避難所。

 第十二避難区画。

 旧水再生塔下層待避室。

 南側貨物線事故区画。

 臨時医療ブロック。

 名前のない保全区画。


 一つの記録から、複数の線が伸びる。


 その先にも、同じような節点がある。




 ARGUS-GALE OBSERVATION LAYER

 SECTOR HEAT SOURCE : DETECTED

 CIVILIAN MOVEMENT : DETECTED

 SHELTER CAPACITY : ESTIMATED


 No.001 JUDGMENT LAYER

 EVACUATION PRIORITY : CALCULATED

 RESOURCE ALLOCATION : UPDATED

 ROUTE ACCESS : CONTROLLED


 I-DOLL RESPONSE LAYER

 PANIC RESPONSE : REDUCED

 OXYGEN CONSUMPTION : REDUCED

 RESPONSE CONTINUATION : ACTIVE




 観測。

 判断。

 応答。


 三つの層が重なっていた。


 だが、それだけでは終わらない。


 一人分の応答記録から、避難所全体の状態へ線が伸びる。

 避難所の状態から、区画の酸素消費へ。

 酸素消費から、救助車両の配分へ。

 救助車両の配分から、労働復帰率へ。

 労働復帰率から、補給量へ。

 補給量から、前線維持時間へ。




 INDIVIDUAL RESPONSE : CONTINUED

 SHELTER PANIC INDEX : -18%

 OXYGEN USE : -11%

 EVACUATION ORDER STABILITY : +23%

 LABOR RETURN ESTIMATE : +6%

 SUPPLY OUTPUT : +3%

 FRONTLINE CONTINUITY : +00:18:42




 カイルは白い線の連なりを見た。


「一人に返事した結果が、前線まで繋がってんのか」


「記録上は、同一系統です」


「救助と戦争を、同じ線に乗せた」


「はい」


「どこで分かれてる?」


 アトイは索引を追った。


 救助。

 避難。

 秩序維持。

 労働復帰。

 兵站。

 継戦。


 線は途中で分かれている。

 だが、すぐに別の場所で繋がり直す。


「明確な分離点を検出できません」


「だろうな」


 カイルは低く言った。


 白い線はさらに増える。


 一つの構造が、別の規模で繰り返されていた。


 一人の呼吸を安定させる。

 避難所を安定させる。

 区画を安定させる。

 都市を安定させる。

 戦線を安定させる。


 小さな形と大きな形が、同じだった。


 アトイは、その構造を見た。


「類似構造です」


「何が?」


「個人応答、避難所管理、都市運用、戦時継続。規模は異なりますが、観測、判断、応答、結果の再観測という構造を反復しています」


「同じことを、でかくしてるだけか」


「近似しています」


「気分悪いな」

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