第18話 Fractal II
遠くで、金属が落ちる音がした。
トンネルの後方。
いくつも先の支線から、低い振動が伝わってくる。
車輪の音ではなかった。
もっと重い。
もっと遅く、規則的だった。
カイルが肩越しに振り返る。
「なんだ?」
「旧保守庫の起動を検出しました」
「何が出てくる?」
アトイが識別を返すまでに、二秒かかった。
「MWS-04」
カイルの顔が歪んだ。
「モールかよ……」
「識別名、M.O.L.E.。多用途重作業フレームです」
「こんなところでか……」
四脚と二本腕を持つ搭乗型重機、モジュラーワークシステム。
兵器ではない。ただし、人間を守る前提で作られた巨大な重機は、人間が乗っていない時の方が恐ろしかった。
後方の暗闇に作業灯が二つ点く。空の操縦席を載せたモールは軌道輪をレールへ噛ませ、線路を走り始めた。
WORK ORDER : ACTIVE
TARGET : A.T.O.I. UNIT 002
TASK : EMERGENCY RECORD RECOVERY
DAMAGE TO TARGET : PROHIBITED
EXTERNAL RECOVERY CLEARANCE : ACTIVE
LOCAL HAZARD SUPPRESSION : LIMITED
「お前を壊す気はねえらしいぞ」
「はい」
「安心できるか?」
「いいえ」
「珍しく話が早いな」
モールが追いつくより先に、線路が二人を回収線へ送ろうとした。
前方信号が赤へ変わり、分岐器が動く。
「分岐まで六秒。切替完了まで八秒です」
「間に合わねえ!」
カイルは保守棒を引き抜き、走行中の車体から手動フックへ噛ませた。一度弾かれ、二度目で引き戻す。レールは半端な位置で止まり、保線車は激しく跳ねながら正規線へ戻った。
後ろのモールは分岐器を避けず、重量で押し潰した。
「力技かよ!」
「多用途重作業フレームです」
次の隔壁が閉じ始め、旧線側から強制減速が入った。
走行、質量軽減、レールガン充電。残り二パーセントの余力を三つで奪い合っている。
TRACTION OUTPUT : 63%
MASS REDUCTION : 49%
EXTERNAL WEAPON CHARGE : ACTIVE
POWER MARGIN : 2%
カイルは充電を切らず、工具箱のボルトを規格外弾体として撃った。照準は外れたが、配線ダクトを壊し、隔壁の動きを一瞬止める。
「四十二センチ逸れています」
「止まったなら当たりだ!」
保線車が隙間を抜けた直後、扉が落ちた。
だがモールは巨大な指を差し込み、隔壁ごとこじ開けた。軌道輪が再びレールへ落ちる。
追跡は止まらなかった。
*
その頃、旧第七線の外では、ルーカスが新しい電力反応を見ていた。
現場車両の簡易端末に、存在しないはずの系統が一本だけ浮かんでいる。
旧線内部。
深部方向。
断続的な大電力消費。
「こちらで旧設備を起動しましたか?」
「いいえ。入口封鎖以外の命令は送っていません」
「では、この作業電力は?」
「内部系統からの自律起動です。識別情報はありません」
部下が表示を拡大した。
電力反応は二つある。
一つは小さく、速い。
もう一つは大きく、遅い。
「対象を追っているように見えますね」
「見える、では報告書に使えませんよ」
「では、どう記載しましょうか」
「旧線内部における不明作業系統の起動。対象との関連は未確認。そんなところですか」
「追跡班を入れますか?」
「入れません」
「ですが、対象は――」
「内部構造図がありません。危険設備の一覧もありません。存在することになっていない重機まで動いている」
ルーカスは淡々と言った。
「作戦資料のない施設へ人員を入れるほど、予備費は余っていません」
部下は返答しなかった。
ルーカスは上位照会を開く。
『旧ARGUSゲール外縁中継局に関する作戦資料を要求』
送信。
返答は早かった。
『該当資料――閲覧権限外』
ルーカスは画面をしばらく見た。
「現場主任権限ですら閲覧できない施設へ、回収対象を追い込んだのですね……」
返答はなかった。
「記録だけは残してください」
「どの範囲までですか?」
「見えた範囲すべてです。あとで、見えていなかったことにされないように」
ルーカスは旧線深部の電力反応を見た。
大きな反応が、小さな反応へ近づき続けていた。
*
旧線の深部では、モールの作業灯が少しずつ大きくなっていた。
直線では、保線車両より速い。
巨大な腕を壁へ伸ばし、支柱を掴み、自分の身体を前へ引く。軌道輪だけで足りない加速を、腕力で補っているようだった。
「距離、四十六メートル」
「いちいち数えるな!」
「接近警告です」
「それは数えとけ!」
前方で線路が二本に分かれた。
右は広い主保守線。
左は壁際を通る細い副線。
旧線側の信号は、右を緑で示している。
「右が地上中継局方面です」
「素直に行っていいのか……?」
「右経路は、回収線指定を受けています」
「なら左は?」
「旧崩落記録があります」
「駄目か、じゃあ正面は?」
「現行情報がありません」
分岐の中央には、保守用の短絡線が残っていた。
正式な経路ではない。
地図にも、現在使用可能とは表示されない。
「お前ならどれだ!」
アトイの返答が遅れた。
過去の崩落記録。
現在の信号状態。
回収線指定。
未選別ログ。
旧線の補修履歴。
どれも完全ではない。
「……正面を選択します」
「成功率は?」
「算出できません」
「よし、いい答えだ!!」




