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A to I  作者: きんかん


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18/29

第18話 Fractal II

 遠くで、金属が落ちる音がした。


 トンネルの後方。

 いくつも先の支線から、低い振動が伝わってくる。


 車輪の音ではなかった。


 もっと重い。

 もっと遅く、規則的だった。


 カイルが肩越しに振り返る。


「なんだ?」


「旧保守庫の起動を検出しました」


「何が出てくる?」


 アトイが識別を返すまでに、二秒かかった。


「MWS-04」


 カイルの顔が歪んだ。


「モールかよ……」


「識別名、M.O.L.E.。多用途重作業フレームです」


「こんなところでか……」


 四脚と二本腕を持つ搭乗型重機、モジュラーワークシステム。

 兵器ではない。ただし、人間を守る前提で作られた巨大な重機は、人間が乗っていない時の方が恐ろしかった。


 後方の暗闇に作業灯が二つ点く。空の操縦席を載せたモールは軌道輪をレールへ噛ませ、線路を走り始めた。




 WORK ORDER : ACTIVE

 TARGET : A.T.O.I. UNIT 002

 TASK : EMERGENCY RECORD RECOVERY

 DAMAGE TO TARGET : PROHIBITED

 EXTERNAL RECOVERY CLEARANCE : ACTIVE

 LOCAL HAZARD SUPPRESSION : LIMITED




「お前を壊す気はねえらしいぞ」


「はい」


「安心できるか?」


「いいえ」


「珍しく話が早いな」


 モールが追いつくより先に、線路が二人を回収線へ送ろうとした。

 前方信号が赤へ変わり、分岐器が動く。


「分岐まで六秒。切替完了まで八秒です」


「間に合わねえ!」


 カイルは保守棒を引き抜き、走行中の車体から手動フックへ噛ませた。一度弾かれ、二度目で引き戻す。レールは半端な位置で止まり、保線車は激しく跳ねながら正規線へ戻った。


 後ろのモールは分岐器を避けず、重量で押し潰した。


「力技かよ!」


「多用途重作業フレームです」


 次の隔壁が閉じ始め、旧線側から強制減速が入った。

 走行、質量軽減、レールガン充電。残り二パーセントの余力を三つで奪い合っている。




 TRACTION OUTPUT : 63%

 MASS REDUCTION : 49%

 EXTERNAL WEAPON CHARGE : ACTIVE

 POWER MARGIN : 2%




 カイルは充電を切らず、工具箱のボルトを規格外弾体として撃った。照準は外れたが、配線ダクトを壊し、隔壁の動きを一瞬止める。


「四十二センチ逸れています」


「止まったなら当たりだ!」


 保線車が隙間を抜けた直後、扉が落ちた。

 だがモールは巨大な指を差し込み、隔壁ごとこじ開けた。軌道輪が再びレールへ落ちる。


 追跡は止まらなかった。




   *




 その頃、旧第七線の外では、ルーカスが新しい電力反応を見ていた。


 現場車両の簡易端末に、存在しないはずの系統が一本だけ浮かんでいる。


 旧線内部。

 深部方向。

 断続的な大電力消費。


「こちらで旧設備を起動しましたか?」


「いいえ。入口封鎖以外の命令は送っていません」


「では、この作業電力は?」


「内部系統からの自律起動です。識別情報はありません」


 部下が表示を拡大した。


 電力反応は二つある。

 一つは小さく、速い。

 もう一つは大きく、遅い。


「対象を追っているように見えますね」


「見える、では報告書に使えませんよ」


「では、どう記載しましょうか」


「旧線内部における不明作業系統の起動。対象との関連は未確認。そんなところですか」


「追跡班を入れますか?」


「入れません」


「ですが、対象は――」


「内部構造図がありません。危険設備の一覧もありません。存在することになっていない重機まで動いている」


 ルーカスは淡々と言った。


「作戦資料のない施設へ人員を入れるほど、予備費は余っていません」


 部下は返答しなかった。


 ルーカスは上位照会を開く。


『旧ARGUSゲール外縁中継局に関する作戦資料を要求』


 送信。


 返答は早かった。


『該当資料――閲覧権限外』


 ルーカスは画面をしばらく見た。


「現場主任権限ですら閲覧できない施設へ、回収対象を追い込んだのですね……」


 返答はなかった。


「記録だけは残してください」


「どの範囲までですか?」


「見えた範囲すべてです。あとで、見えていなかったことにされないように」


 ルーカスは旧線深部の電力反応を見た。


 大きな反応が、小さな反応へ近づき続けていた。




   *




 旧線の深部では、モールの作業灯が少しずつ大きくなっていた。


 直線では、保線車両より速い。


 巨大な腕を壁へ伸ばし、支柱を掴み、自分の身体を前へ引く。軌道輪だけで足りない加速を、腕力で補っているようだった。


「距離、四十六メートル」


「いちいち数えるな!」


「接近警告です」


「それは数えとけ!」


 前方で線路が二本に分かれた。


 右は広い主保守線。

 左は壁際を通る細い副線。


 旧線側の信号は、右を緑で示している。


「右が地上中継局方面です」


「素直に行っていいのか……?」


「右経路は、回収線指定を受けています」


「なら左は?」


「旧崩落記録があります」


「駄目か、じゃあ正面は?」


「現行情報がありません」


 分岐の中央には、保守用の短絡線が残っていた。


 正式な経路ではない。

 地図にも、現在使用可能とは表示されない。


「お前ならどれだ!」


 アトイの返答が遅れた。


 過去の崩落記録。

 現在の信号状態。

 回収線指定。

 未選別ログ。

 旧線の補修履歴。


 どれも完全ではない。


「……正面を選択します」


「成功率は?」


「算出できません」


「よし、いい答えだ!!」

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