【第3話】すれ違う心(ヘリオス視点)
サロンに残った紅茶の香りが、
まだ微かに空気に漂っていた。
ヘリオスは、
セレナが去っていった扉を静かに見つめていた。
「……今日も、うまく話せなかったな」
誰に聞かせるでもなく、
小さく呟く。
セレナは、今日も美しかった。
けれど、その横顔はどこか遠くて、
手を伸ばしても届かないように思えた。
(どうして、あんなに冷たく見えるんだろう)
本当は、冷たい人ではない。
それは分かっている。
幼い頃、彼女が見せた優しい笑顔を、
ヘリオスは今でも覚えている。
けれど今のセレナは、
まるで氷の仮面を被っているようだった。
「……嫌われているのかな」
胸の奥が、少しだけ痛む。
彼女の前に立つと、
どうしても笑ってしまう。
照れ隠しの癖だと自分でも分かっているのに、
その笑顔が、彼女を遠ざけている気がしてならない。
(もっと、自然に話せたらいいのに)
机の上に置かれたティーカップを見つめながら、
ヘリオスはそっと左手の指先で机を叩いた。
トン、トン。
緊張すると出てしまう癖。
セレナの前では、いつも止められない。
(今日も……何か言いたげだったのに)
セレナは、何かを隠しているように見えた。
けれど、それが何なのかは分からない。
ただ――
自分とは関係のない何かに、
心を奪われているような気がして。
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
「……僕じゃ、だめなのかな」
言葉にしてしまうと、
余計に苦しくなる。
ヘリオスは立ち上がり、
窓の外に目を向けた。
午後の光が、庭の白い石畳に落ちている。
(セレナ嬢……
どうして、そんなに遠いんだろう)
彼女の声。
伏せた睫毛。
紅茶を飲む仕草。
そのどれもが、
ヘリオスの心を落ち着かなくさせる。
(……今日も、笑ってしまった)
本当は、
もっと真剣に向き合いたいのに。
けれど、
好きな人の前では、
どうしても素直になれない。
「……はあ」
深いため息がこぼれる。
セレナが去った後のサロンは、
静かすぎて、胸が痛くなる。
(また……明日も会えるだろうか)
その願いが叶うかどうかも分からないのに、
期待してしまう自分がいる。
ヘリオスはそっと胸に手を当てた。
(……いつか、届くのだろうか)
彼女の心に触れられる日は来るのか。
その答えは、まだ分からない。
すれ違いは、
静かに、けれど確実に深まっていく。




