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【第28話】本当の名前

王城の中庭は、夜露に濡れて静かだった。

決勝戦の喧騒が嘘のように、

月明かりだけが二人を照らしている。


セレナは胸の奥がまだ落ち着かず、

殿下の横顔を見ることができなかった。


沈黙が続く。

けれど、その沈黙は不思議と苦しくなかった。


「……セレナ」


殿下が静かに口を開いた。


「ひとつ……話したいことがある」


その声音は、

決勝戦での強さとも、

先ほどの謝罪とも違う。


もっと深く、

もっと大切な何かを抱えているようだった。


セレナはゆっくりと顔を上げた。


殿下は月を見上げたまま、

少しだけ息を吸い——


「……“レオス”という名前はね」


その言葉に、セレナの心臓が跳ねた。


「僕が……自分でつけた名前なんだ」


セレナは目を見開く。


殿下は続けた。


「“ヘリオス”の名は、王族として与えられたものだけど……

 “レオス”は……僕が、どうしても欲しかった名前だった」


その横顔は、どこか照れくさそうで、

けれど真剣だった。


「……セレナ。

 あなたの名前から、一文字……もらった」


セレナは息を呑んだ。


胸の奥が熱くなる。

指先が震える。


殿下はゆっくりと彼女の方を向いた。


「ずっと……あなたのそばにいたかった。

 名前の中にでも……いいから」


その言葉は、

夜の空気よりも静かで、

月光よりも優しくて、

胸の奥にまっすぐ落ちてきた。


セレナの視界が滲む。


(……そんな……

 そんな理由で……)


涙が頬を伝う。


殿下は慌てたように手を伸ばしかけ、

けれど途中で止めた。


セレナはその手を、

そっと自分の手で包んだ。


「……殿下は、本当に……不器用ですね」


震える声でそう言うと、

殿下は少しだけ笑った。


「……うん。知ってる」


二人の手が重なったまま、

夜の中庭に静かな風が吹き抜けた。


セレナの胸の奥で、

長い間凍っていた何かが、

静かに、確かに溶けていった。

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