【第27話】氷が溶ける夜
王城の廊下は、夜の静けさに包まれていた。
セレナは涙の跡を拭うこともできず、ただ歩いていた。
胸の奥が熱く、苦しく、呼吸が浅い。
どこへ向かっているのかも分からない。
ただ、心が追いつかない。
「……セレナ」
背後から名前を呼ばれ、足が止まった。
振り返ると、
仮面を外したヘリオス殿下が立っていた。
月光に照らされた金の髪が揺れ、
その表情はどこか不安げで、弱々しかった。
「話を……聞いてほしい」
殿下の声は震えていた。
決勝戦で見せた強さとはまるで違う、
どこか頼りなく、必死な声音だった。
セレナの胸が痛む。
しかし、溢れた感情は止められなかった。
「……どうして、ずっと黙っていたのですか」
声は震え、涙がにじむ。
「わたくし……ずっと……
レオス様を応援していて……
殿下のことを……そんなふうに見たことなんて……」
言葉が途切れ、喉が詰まる。
「どうして……
どうして、わたくしなんかに……
あんな願いを……」
殿下はゆっくりと近づき、
セレナの前で立ち止まった。
そして——
「……ごめん」
たった一言だった。
けれどその声は、
どんな謝罪よりも真剣で、
どんな言葉よりも痛切で、
どんな想いよりも優しかった。
「ごめん。
本当に……ごめん」
殿下の瞳が揺れていた。
セレナの涙を映しながら。
胸が締めつけられる。
「……観覧席での、わたくしの様子……見ていましたか」
セレナがそう言うと、
殿下は一瞬だけ目をそらし——
「……少し」
その瞬間、
セレナは思わず吹き出してしまった。
「……っ、もう……
最悪です……殿下……!」
涙と笑いが混ざり、
自分でも訳が分からなかった。
殿下も、
ほんの少しだけ笑った。
その笑顔を見た瞬間、
セレナの胸の奥に張りつめていた氷が、
静かに溶けていくのを感じた。




