【第20話】準決勝の剣(ヘリオス視点)
控室の空気は張りつめていた。
遠くから聞こえる歓声が、胸の奥をざわつかせる。
(……見てくれているだろうか)
セレナが観客席にいることは分かっている。
自分が誘ったのだから当然だ。
開会式では隣に座り、
その横顔を見ただけで胸が苦しくなった。
(殿下としての僕ではなく……
“レオス”としての僕を)
「準決勝——レオス選手、入場!」
呼ばれた瞬間、胸が跳ねる。
そっと、セレナの誕生花であるデルフィニウムの紋章をなぞった。
(……見ていてくれ)
祈るように、指先に力がこもる。
闘技場に出ると、
観客席の一角で、セレナが身を乗り出しているのが見えた。
(……セレナ)
胸が熱くなる。
だが同時に、苦しさが込み上げる。
(彼女は……“ヘリオス”ではなく、
“レオスだと思っている僕”を見ている)
その痛みを振り払うように、剣を構えた。
対戦相手は、歴代でも屈指の強者。
重い剣が何度もぶつかり、火花が散る。
「っ……!」
左手に鋭い痛みが走った。
剣がかすめ、血が滲む。
(……離すわけには、いかない)
セレナが見ている。
彼女の前で、弱い姿は見せられない。
痛む左手を強く握りしめ、
ヘリオスは踏み込んだ。
「はああああっ!」
渾身の一撃が相手の剣を弾き飛ばす。
観客席が揺れるほどの歓声が上がった。
勝った。
だが、胸の奥は晴れなかった。
(……セレナは、僕を見てくれただろうか)
控室へ戻る途中、
ふと視界の端に、セレナの姿が映った。
いつも試合を見るときの、あの——
嬉しそうで、不安そうで、
どうしようもなく愛おしい表情。
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
(……嬉しい。
でも……苦しい)
彼女が好きなのは、
仮面の自分。
本当の自分ではない。
(僕を好きになってほしい……
でも、本当の僕で)
その矛盾が、胸を焼いた。
ヘリオスは痛む左手を押さえながら、
静かに目を閉じた。
(……明日、すべてを終わらせる)
そして、
彼女の前で——
最後に一度だけ、正直になる。
それが、どんな結末を招くとしても。




