【第15話】ヘリオスの決意
弓張月が夜空に浮かぶたび、
胸の奥がざわつくようになったのは、いつからだろう。
(……また、来てくれていた)
闘技場の観客席。
変装をしていても、彼女の姿はすぐに分かる。
セレナ。
レオスとして戦う自分を、
誰よりも真剣に見つめてくれる人。
(本当は……数回だけのつもりだったのに)
剣の腕を磨くため。
王族としての責務のため。
ただ、それだけだった。
だが――
ある日、観客席に彼女の姿を見つけた瞬間、
胸の奥で何かが弾けた。
(……見ていてくれた)
それからだ。
月に一度の試合に、
彼女が来る日だけ出場するようになったのは。
本当は、もうやめるべきだと分かっている。
正体を隠して戦うなど、王族として許される行為ではない。
それでも――
(……彼女の視線が、欲しかった)
セレナの瞳がレオスを追うたび、
胸が熱くなる。
けれど同時に、
胸の奥がひどく痛む。
(……僕ではなく、“レオス”を見ている)
ヘリオスとしての自分は、
彼女にとって“苦しくなる存在”。
レオスとしての自分は、
彼女にとって“胸が高鳴る存在”。
その事実が、
どうしようもなく苦しい。
(……気づいてほしい。
でも、気づかれたら……終わりだ)
矛盾した想いが胸を締めつける。
鎧の胸元に刻んだ青い花――デルフィニウム。
セレナの誕生花。
そして、彼女の瞳の色。
(……気づいてくれたら、嬉しいのに)
そんな未練がましい願いを抱きながら、
それでも正体を明かす勇気はない。
(本当の僕は……嫌われているから)
ヘリオスとしての自分は、
彼女を苦しませてしまう存在。
レオスとしての自分は、
彼女をときめかせる存在。
その差が、胸を引き裂く。
(……嫉妬なんて、したくないのに)
セレナがレオスを見つめるたび、
胸の奥で黒い感情が渦を巻く。
独占したい。
自分だけを見てほしい。
名前を呼んでほしい。
そんな想いが、
鎧の下で暴れ出す。
(……セレナ嬢)
名前を呼ぶだけで、胸が痛い。
彼女が自分を見てくれるのは、
レオスとしての自分だけ。
(……いつか、真実を話さなければ)
そう思うたび、
喉が締めつけられる。
言えば、嫌われる。
言わなければ、届かない。
どちらを選んでも、苦しい。
それでも――
彼女の視線を追ってしまう。
(……今はまだ言えない)
月が雲に隠れ、
闘技場の灯りが揺れる。
ヘリオスは静かに目を閉じた。
(でも……いつか必ず)
その決意だけが、
彼の胸の奥で静かに燃えていた。




