【第14話】再び弓張月の夜
弓張月が夜空に浮かぶと、
闘技場の周囲はすでに熱気に包まれていた。
セレナは変装のフードを深くかぶり、
胸の高鳴りを抑えながら観客席へ向かう。
(……今日も、レオス様に会える……)
前回よりも強い期待と緊張が、
胸の奥で静かに渦を巻いていた。
席に着くと、
闘技場の中央はまだ暗闇に沈んでいる。
観客たちのざわめきが高まる。
「今夜も出るのか……?」
「月が出てるし、きっと来るわよ!」
セレナは無意識に胸元を押さえた。
(……レオス様……)
そのとき――
コツ、コツ。
暗闇の奥から、規則正しい足音が響いた。
観客席が一瞬で静まり返る。
そして、
月光が差し込んだ瞬間――
漆黒の甲冑が姿を現した。
左手の剣。
胸元の青い紋章。
弓張月の形をした仮面。
(……来た……!)
セレナの心臓が跳ねる。
思わず身を乗り出し、
胸元の紋章を凝視した。
(デルフィニウム……
わたくしの誕生花……)
友人リディアの言葉が脳裏をよぎる。
「色までセレナの瞳とそっくりじゃない?」
(……偶然よね……?
偶然……のはず……)
けれど、胸のざわつきは消えなかった。
レオスが静かに剣を構える。
その動きに――
セレナはまた“既視感”を覚えた。
(……この構え……どこかで……)
胸がぎゅっと締めつけられる。
「……どうして、こんなに胸が苦しいの」
知らない人のはずなのに。
初めて会ったはずなのに。
どうして、こんなにも近く感じるのだろう。
レオスが一歩踏み出すと、
観客席から歓声が上がった。
「レオス様だ!」
「月に一度しか出ないんだぞ!」
「今日見られたのは運がいい!」
(……月に一度……?)
セレナははっとした。
(わたくしが来た日……
どちらも弓張月の夜で……
どちらもレオス様が出場していて……)
胸がざわつく。
(……たまたま、よね……?
偶然……よね……?)
その瞬間――
レオスが、
ゆっくりと観客席を見上げた。
視線が、
まっすぐセレナの方向へ向く。
(……っ!)
心臓が止まりそうになる。
仮面越しなのに、
その視線が自分を射抜いた気がした。
(どうして……
どうして、こんなに……)
知らない人なのに。
名前しか知らないのに。
どうして、こんなにも胸が苦しいの。
レオスは一瞬だけ動きを止め、
まるで何かを確かめるように、
静かにセレナの方へ顔を向け続けた。
(……レオス様……?)
観客の歓声が遠のく。
セレナの世界は、
推しだけのものになっていた。




