【第10話】ヘリオスの夜(ヘリオス視点)
闘技場の歓声が遠ざかるにつれ、
ヘリオスの足取りは重くなっていった。
控室の扉を閉めた瞬間、
張りつめていた気がふっと抜ける。
「……はぁ……」
漆黒の兜を外すと、
湿った夜気が額に触れた。
左手がじんと痛む。
剣を握りしめていたせいだ。
(……今日も、見ていてくれたのかな)
胸の奥が、
戦いよりもずっと苦しくなる。
セレナがいた。
観客席の、あの場所に。
彼女の姿を見つけた瞬間、
胸が跳ねて、呼吸が乱れた。
(気づいてほしい……
でも、気づかれたら……終わりだ)
矛盾した想いが胸を締めつける。
レオスとしての自分は、
セレナが心から憧れる存在。
ヘリオスとしての自分は、
彼女を苦しませてしまう存在。
(……どうして、こんなに不器用なんだろう)
左手を押さえながら、
壁にもたれかかる。
(ちゃんと帰れたのだろうか)
彼女が闘技場を出ていく姿を見たとき、
胸がざわついた。
守りたい。
けれど、近づけば傷つけてしまう。
そんな矛盾ばかりが胸に積もっていく。
「……セレナ嬢」
名前を口にすると、
胸が痛むほどに熱くなる。
ヘリオスの視線の先には、
いつも彼女がいる。
兜の奥の視線なんて、
彼女に届くはずがない。
それでも――
彼女が自分を見つめ返してくれた気がした。
(……嬉しかった)
その感情を認めた途端、
胸の奥がじんと熱くなる。
(……まだ言えない)
真実を告げれば、
彼女はどう思うだろう。
レオスを愛して、
ヘリオスを嫌う。
そんな未来が怖かった。
「……でも、いつかは」
いつかは、
彼女にすべてを話さなければならない。
その日が来るまで、
彼はただ、彼女の視線を追い続けるしかなかった。
控室の窓から見える弓張月が、静かに夜空を照らしていた。
(セレナ嬢……どうか、無事に帰っていてくれ)
祈るように目を閉じる。
その祈りは、
彼女には届かない。
彼が、誰よりも彼女を想っていることを。




