表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
予言が語らなかった「英雄」の意味  作者: クリームコーラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/12

第6章 「私は優しくあるために、あえて残酷でなければならない」[Part 1 of 2]

温かな街の空気は、ゆっくりと和らいでいく。


穏やかで晴れた夕刻――昨日と同じように、青年は馬車の窓から街並みを眺め、外の新鮮な空気を吸い込んでいた。


「それにしても、この街は本当に綺麗だな。前にも思ったけど……中心に近づくほど、建物がどんどん豪華になっていく気がする。」


青年は窓越しに景色を見つめながら言った。


「おお、お兄ちゃん、やっと気づいたんだ?」

カリナは楽しげに笑う。


「でも、その通りだよ。よく見れば、中心部と外れでは建物の質にかなり差がある。」


「だけど、この聖都の住人にとっては、それほど大きな問題じゃないの。」


「だってこの街では、“正義”と“繁栄”は、すでにきちんと保たれているって言われてるからね――前世での“善行”のおかげで。」


「……前世の善行?」

青年は眉をひそめた。


「ああ、それね。えっと……どう説明すればいいかな……あ、そうだ!」


カリナはそう言うと、姿勢を正して青年の方へ向き直る。


「この世界ではね、みんな前の人生では“罪人”だったって言われてるの。」


「でも、その時に善いことをして、罪を少しずつ浄めた人だけが――」


「こうして生まれ変わって、この聖なる街で、穏やかに暮らす資格をもらえるんだってさ。」


カリナは手振りを交えながら、そう説明した。


カリナの説明を聞き、青年はさらに眉をひそめた。


「……悪い、今なんて言った? つまり、俺たちはもともと“罪人”で……それが清められたから、この聖都に生まれて住むことを許された、ってことか?」


先ほどの説明をなぞるように、青年は問い返す。


「ははは、違う違う! “清められた”んじゃなくて、“清く生まれる”ってこと!」


カリナはそう言いながら、一度馬車の天井を見上げ、それから再び青年へと視線を戻した。


「つまりね――もし今の人生でお兄ちゃんが“罪人”として生きていても、ちゃんと善い行いを積めば……」


「死んだあと、次の生では“清き者”として生まれ変わって、この聖都で暮らせるようになるの。」


「でももし、今の人生で悪いことばかりしていたら――」


「次は、卑しい獣か、あるいはまた“罪人”として、この聖都の外で生きることになるってわけ。」


カリナは、どこか笑いを堪えるようにそう説明した。


「……じゃあ、今こうして聖都の住民である俺たちは、また同じようにここに生まれ変わるのか?」


青年はさらに問いを重ねる。


「ほほほ、それは違うわね。」

カリナは、どこか芝居がかった貴族のような口調で応じた。


「もし、今の人生でも善く、正しく生きられたなら――」


「次はこの聖都の中心にある“天の宮殿”に生まれ変わるの。」


「そこは、我らが神である皇帝が、今この瞬間も私たちを見守り、守護している場所。」


「……天の宮殿?」

青年は、ますます訝しげに彼女を見つめた。


「そう! 天の宮殿!」


カリナは勢いよく立ち上がる。


「清く正しい者たちが住む場所! 望むものはすべて満たされる場所! 食べ物も飲み物も、すべて自分のもとへやってくる! 憎しみも、嫉妬も、人の醜さもすべて消え去る――それが“本当の天国”なのよ!」


熱弁を振るうカリナだったが――


ゴンッ!


次の瞬間、勢い余って彼女の頭が馬車の天井に激突した。


「いったぁ……!」

カリナは頭を押さえながら、その場で転げ回る。


一方、青年はその様子を気にも留めず、静かに自分の手のひらを見つめていた。


「……本当の天国……清き者としての転生、か……」

青年は小さく呟いた。


痛みをどうにか引かせたカリナは、再び青年の向かいに座る。

一瞬だけ彼を見つめ――やがて、視線を窓の外へと逸らした。


「……なあ、カリナ。お前も、そういう生き方を目指してるのか?」


青年は静かに問いかける。


「どういう意味?」


「……天国だよ。あの“天の宮殿”で生きるってやつ。」

言葉はどこか途切れがちで、かすかに震えていた。


「えー? やだよ、そんなの。つまんないじゃん。」


カリナは、ほとんど考えることもなく即答した。


その返答に、青年は目を見開く。

そして、先ほどまで開いていた手を、ぎゅっと握りしめた。


「でも……なんでだ!? それこそが、人間の目指すものじゃないのか? 幸せで、平和で、永遠に続く天国での暮らし――」


口を開けたまま、青年は問いかける。


「はぁ……お兄ちゃん。」

カリナは外の景色を見たまま、ため息をついた。


「そんな“鈍い”生き方、私は求めないよ。」


「……」


「まあ、言いたいことは分かるよ。確かに、多くの人間が望む場所ではあると思う。」


カリナは肩をすくめ、両手を軽く広げた。


「だってさ、努力しなくても全部手に入る場所なんて――嫌がる人の方が珍しいでしょ?」


「じゃあ……なんで――」


青年が言い終える前に、


カリナはすっと人差し指を立てる。


その仕草だけで、青年の言葉は止まった。


「もう一回、ちゃんと考えてみてよ。」


カリナはゆっくりと、自分の胸に手を当てる。


「そんな生き方ってさ――“人間が手に入れていいもの”なのかな?」


「……どういう意味だ?」


青年の問いに、


カリナは大きく笑みを浮かべた。


「ほら、今私たちが踏みしめている大地を見てみなよ!」


カリナは力強く声を張り上げた。


「その大地に聞いてみればいい。何度、地震を起こして、私たちの築いたものを飲み込んできたかを!」


「外に広がる海もそう! 何度、荒れ狂う波で、私たちの行く手を阻んできた!?」


「それに、森に潜む獰猛な獣たちだって! 何度、私たちの家族を襲い、奪ってきた!?」


だが――


「それでも、人間はやめなかった!」


「何度でも挑み、学び、乗り越えようとしてきたんだ!」


カリナの声は、次第に熱を帯びていく。


「だから私は思うの。人間は、この世界で“学び続け、進化し続けるため”にあるんだって!」


「見てよ! 学び続けてきたからこそ、どれだけの領域を手に入れてきたか!」


「感じてよ! この世界は、先人たちの努力と積み重ねの結果だってことを!」


彼女は大きく手を広げる。


「それこそが証明だよ――私たちが、あんな“甘くて鈍い天国”なんて目指すべきじゃないって!」


そして――


「私たちが本当に追い求めるべきものは――」


一拍置いて、


「この世界のすべてを、学び、理解し続ける“過程”そのものなんだ!」


「知識も、真理も、人間も、あらゆる命も!」


「それを使いこなし、救い、そしてさらに発展させて――あらゆる困難を乗り越えていく!」


「それが、私たちの“運命”なんだよ!」


「この世界で、最も強い存在である――“人間”としてのね!」


カリナは、眩しいほどの笑顔でそう言い切った。


青年はしばらくの間、言葉を失ったまま、カリナの笑みに応えることができなかった。


(……それは、正しい。だが……間違っている!)


心の中で、彼は強く否定する。


(そんな考え方じゃ――人は“目的”を失ってしまう……)


(ただ生き延びるだけの、利己的な存在になってしまうじゃないか!)


(それじゃ……人は、“天国での報い”を信じて善を積む存在じゃなくなる……!)


だが――


(なのに……なんでだ……?)


青年は、目の前にいる女騎士の顔を見つめる。

まるで演説でもしているかのように、堂々とした姿勢のままの彼女を。


(あの満面の笑みで語る言葉が――)


(どうして、こんなにも“理にかなっていて”、そして……“恐ろしい”んだ……?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ