第4章 「裁くことは控えよ。我らは皆、罪人なのだから。」
夕方――
およそ三十分ほど歩いた末、二人はついに、聖都と女の住む小さな村を隔てる境界の門へと辿り着いた。
「……着いたわ」
女が短く言う。
「えっ!?もう?こんなに近かったのか!?」
青年は目を見開いて驚いた。
「ええ。あとはあなたがその街に入って、誰か住民に聞けばいい。きっと、喜んであなたの屋敷まで案内してくれるはずよ」
「は!?じゃあ、俺の屋敷ってまだ先なのか!?」
「……はぁ」
女は深くため息をついた。
「前にも言ったでしょう。あなたの住まいは街の中心にあるって」
「だったら、最後まで案内してくれよ!」
青年は即座に言い返す。
「……無理よ」
女は静かに首を振った。
「私みたいな“罪人”は、許可証なしでは聖都に入れない」
「は!?罪人?何を言ってるんだ?」
青年は困惑した表情を浮かべる。
「……いつか、分かる日が来るわ」
女はそう言って、右手のひらを差し出した。
その仕草を見て、青年は眉をひそめた。
「ちょっと待てよ!約束だろ!?家まで送ったら金を払うって話だったじゃないか!」
「今は払わないぞ!報酬が欲しいなら、ちゃんと屋敷まで連れて行け!」
「……だから何度も言ってるでしょう」
女はまた一つため息を落とす。
「罪人の私は、聖都には入れないの」
「言い訳だろ!いいから早くしろ!日が暮れる前に!」
青年は苛立った声を上げ、女の手首を乱暴に掴んだ。
そして――しばしの沈黙の後。
女は重い足取りで、青年の後に続いた。
「はははは!今の俺、完全に絶頂期だろ!」
――見られている。
――注目されている。
――憧れられている。
「俺は英雄だ!有名人だ!しかもイケメンだ!」
そして、以前この女から聞いた“情報”によれば――青年は、道中で交わした会話を頭の中で思い返していた。
『……全部説明しろって?正気?』
女は呆れたように言った。
『頼むよ。本当に覚えてないんだ……これって、もしかして“記憶喪失”ってやつじゃないか?』
『記憶喪失?それ、どんな魔法よ?』
女はため息をつき――やがて、折れた。
『……分かったわ。説明する。いい?“今回だけ”だから、ちゃんと聞きなさい』
青年は大きくうなずいた。
『……まず一つ目』
女は静かに語り始めた。
『あなたの名前はウォレス。――予言の英雄よ』
『その称号は、あなたが“青き炎の魔法”を持つ唯一の人間だから』
『その力で、六百六十六年の時を経て再び蘇る“角ある魔王”を滅ぼす運命にある』
『そいつはね、復活した“だけ”で世界を滅ぼす存在よ』
『うおお!じゃあ俺、いつか青い炎の魔法を使って世界を救うのか!?最高じゃん!』
青年は無邪気に声を上げた。
『……二つ目』
女は続ける。
『あなたは第七騎士団の隊長』
『そして――この世界で最も強い人間よ』
『あなたの存在だけで、敵は警戒し、恐怖する』
『中には、その場でひれ伏す者もいるほど』
『ひれ伏す!?』
青年は思わず声を張り上げた。
『ええ。文字通り、崇めるように』
『……三つ目。これが最後よ』
女はわずかに声を低くした。
『あなたの家は、王国一の大富豪で、最強の権力を持つ一族』
『噂では――その財産と秘蔵のアーティファクトだけで、今の“臆病な皇帝”が治める王政を転覆させることすら可能だと言われている』
『……それは』
青年は口元を歪め、広い笑みを浮かべた。
『……ちょっと、怖いな』
『……』
『……』
『……』
そして――青年の回想は、最後の一言で締めくくられた。
「はっ。イージーピージーだな」
気がつけば――二人はすでに、青年の家があるという都市の中へと足を踏み入れていた。
太陽はすでに地平線へと沈みかけていたが、それでも街は活気に満ちている。
通りには数え切れないほどの馬車が行き交い、道の脇では商人たちが声を張り上げて商品を売っていた。
子どもたちは、喜びに満ちた表情で走り回っている。
「……これだ。あの時に見た街の光景」
青年は小さく呟いた。
街道の両脇には青々とした植物や生い茂る木々が並び、さらに――色とりどりの花が家々のテラスや庭を鮮やかに彩っている。
「……美しい」
「俺のいた街と比べたら、ここはあまりにも清潔で、色がある」
「ゴミもない。排気ガスもない。……ここは、まるで天国だ」
青年は心の中でそう思った。
そして――前を歩く赤髪の女へと視線を向ける。
「……あの女の薄汚れた村なんて、この街の美しさや人々の幸福とは比べものにならない」
「まるで――ゴミの山と宝石だ」
青年は小さく囁いた。
「……ん?何か言った?」
女の声が、青年の思考を断ち切る。
「い、いや。何でもない。ただの独り言だ」
「それで、俺の家まではまだ遠いのか?」
その問いに、女は再び深く息を吸い、そして吐いた。
「はあ……本当に、やりたくないわ」
女は立ち止まり、こちらを見ずに言う。
「ねえ。ここで気が変わった、ってことにしない?」
「私は帰る。あなたも――もう報酬を払わなくていい」
そう言って、彼女は銀色の瞳でどこか縋るような視線を向けた。
「何を怖がってるんだよ」
青年は軽い調子で返す。
「俺は金持ちなんだぞ?」
「それに、そんなに不安なら――先にお前のための通行許可証をもらえばいいだろ?」
その瞬間――女はぴたりと足を止めた。
そして、その場に凍りついたように立ち尽くした。
女のあまりにも突然な挙動を見て、青年もまた足を止めた。
青年の反応など気にも留めず、赤髪の女はわずかに首を傾け、左右に小さく首を振る。
銀色の瞳は忙しなく右へ、左へと動き、やがて――地面を見つめたまま静止した。
「……いいえ。必要ないわ。どうやら――もう遅いみたい」
「……? どういう意味だ?」
青年が問い返した、その直後――
背後から、二人の老人が静かに歩み寄ってきた。
二人とも白いローブを纏い、右手には両端に同じ装飾が施された黄金の杖を携えている。
そして頭部には、青い炎の紋章が刻まれた被り物。
青年のいた世界で言うなら――老いた司祭のような姿だった。
「おお――我らが聖騎士団の隊長よ」
「十三日もの間、お姿が見えなかったこと、どれほどこの聖都の民が案じていたことか!」
「忘れてはなりません。我らは皆――あなたの家族であり、兄弟であり、祖先なのです」
「あなたに何が起きたのか、どのような困難に遭われたのか――我らには知る由もありません」
「ですが、どうかご安心ください」
「我らは常に祈り、あなたの名を掲げ続けます」
「ウォレス――予言の英雄、聖騎士よ!」
老人たちは声を張り上げた。
「皆の者! 我らがウォレス殿に敬意を示すのです!」
その言葉を合図に――街にいたすべての人々が一斉に声を上げた。
「聖騎士万歳! 予言の英雄、ウォレス万歳!」
「あなたの力は我らの盾! あなたの勇気は我らの剣!」
「あなたがいる限り、角ある魔王など我らの世界に脅威とはなりません!」
その轟音のような歓声に、青年は思わず一歩、後ずさった。
「これって……本当に、俺は――この称賛を受ける資格があるのか……?」
だが――
「女もそう言っていた。村の人間もそう呼んでいた。俺はウォレスなんだ」
「……きっとこれは、前の世界で苦しみ続けた俺への神の褒美だ」
「……そうだ。俺は――受け取るべきなんだ」
青年は大きく唾を飲み込み、その音は女の耳にも届いた。
「……あ、え……」
「ありがとう……」
青年は小さく――だが確かに笑みを浮かべて、そう答えた。
「……旦那様、ご無事でいらっしゃいますか?」
二人の老人は声を揃えてそう問いかけながら、青年へと歩み寄った。
その動きに反応し、青年は思わずさらに一歩、後ずさる。
その背中が――背後に立っていた女の額に軽く触れた。
その様子を見て、二人の老人は互いに目配せを交わす。
そして――
「旦那様。この十三日間、いったい何があったのでしょうか」
「我らが救いの騎士よ、どうかお聞かせください」
白いローブの老いた司祭の一人が、静かに問いかけた。
「は、はあ? い、いや……何もない。何も起きてない!」
青年は激しく首を横に振りながら答える。
その反応を見て、二人の司祭は再び視線を交わし――無言のまま、小さく頷いた。
「……では」
「旦那様。あなたの背後にいるその女性は、いったい何者で?」
老人の一人が、まっすぐに伸びた指で赤髪の女を指し示す。
「え? ああ、この人か? ……って、そういえば、まだ名前聞いてなかったな」
青年は振り返り、女に問いかけた。
その時――女は青年の背後から一歩前へ出る。
そして地面を見つめたまま、低く、丁寧に名乗った。
「……セシリア・ルアと申します」
「罪人の村に住む、ただのフリーランサーです」
「現在、予言の英雄――ウォレス様より依頼を受け、ご自宅までの護衛兼案内を務めております」
「……ですが、ウォレス様は現在、帰路を把握されていません」
その言葉が落ちた瞬間――空気が、揺れた。
「帰り道が分からない……!?」
一人の女が声を上げる。
「そんなはずない! ウォレス様が、そんな冗談を言うわけ……!」
少女が困惑する。
「違う! 全部あの“罪人”のせいだ!」
「見ろ! ウォレス様の様子がおかしいのも、全部あいつの仕業だ!」
一人の男が激しくセシリアを指差して怒鳴った。
その瞬間――別の男がその襟首を掴み上げる。
「てめえ、口を慎め!」
「何があろうと、ウォレス様はウォレス様だ! 世界を救える唯一の騎士だぞ!」
周囲からも声が飛ぶ。
「そうよ! そんなこと言ったら、皇帝様に罰せられるわよ!?」
赤子を抱いた母親が叫ぶ。
「ち、違う! そういう意味じゃない!」
男は慌てて弁明する。
「俺が言いたいのは――全部あの“穢れた罪人”のせいだってことだ!」
「ウォレス様を侮辱する気なんてない!」
「むしろ……あの人に何かしたあいつに対して、腹が立ってるんだ!」
男は、時折青年の様子を窺いながら、必死に言い募った。
「だが、いったい何が起きたというのだ!? どうして我らが最高の騎士、ウォレス様が、帰り道すら分からず、街の外に住む“下等な罪人”などに助けを求める必要があったのだ!?」
先ほどの男が、民衆の前でさらに声を張り上げる。
「そうだ! ウォレス様が帰り道を知らないだと!? ふざけるな……いや、違う!」
「お前だ! なぜ貴様のような罪人が、許可もなく我らが聖都に入ってきた!?」
「この聖なる街を、その穢れた身体で汚した時、どんな罰を受けるか知らないのか!?」
一人の住民が怒鳴りつけた。
その怒号と騒ぎを聞き――セシリアは即座に地面へと身を伏せた。
「……お願い、いたします……どうか、どうかお許しください……」
「私は規則を理解しております。そして、受けるべき罰も、すでに覚悟しております……」
「それは罰などではなく、私たちの罪を清めるための、“浄化”なのだと――私は理解しております……」
「どうか……この穢れた、醜く、哀れな魂と肉体を……お清めください……」
セシリアは、そう懇願した。
「罰? 浄化だと?」
青年は、わずかに声を荒げた。
「いったい……何を言ってるんだ……?」
――なんだこれは。
――女が、自ら罰を求めている?
――司祭のような老人が、当然のように立っている?
――民衆は彼女を取り囲み、蔑む言葉を投げつけている?
――これは、おかしい。
――明らかに、間違っている。
「……どうして、誰もそれに気づかない……?」
青年は、心の中で叫んだ。
――これは、侮辱だ。
「皆の者! その罪人を地下牢へ連れて行け!」
老いた司祭の一人が命じる。
「抵抗するならば――その場で“浄化”して構わん!」
「我ら信仰ある者は、彼らに多くの慈悲を与えてきた! だが見よ! 罪人どもは祖先と同じように、今なお罪を重ね続けている!」
もう一人の司祭が続けた。
「正しき民として! 聖なる民として! 彼らを導き、その魂を清めるのだ!」
「それこそが――正しき者の義務である!」
二人の司祭の声に、民衆は歓声で応えた。
その直後――人々は一斉に動き出し、セシリアを縛り上げ、その場から引きずっていった。
呆然と立ち尽くす青年の前から、彼女は遠ざかっていく。
だが――それだけではなかった。
遠くからでも分かるほどに、彼女は引きずられるだけでなく、何人もの民に踏みつけられ、蹴りつけられていた。
さらに――先ほどまで無邪気に笑っていた子供たちまでもが、彼女に唾を吐き、罵声を浴びせている。
「おい! お前たちは、これを黙って見ているのか!?」
青年は、目の前に立つ二人の司祭へと怒鳴った。
「見ろ! お前たちの信者が、俺を助けた人間を――今、傷つけているんだぞ!」
二人の司祭は、青年を不思議そうに見つめた後、すぐにその両手を掴んだ。
青年は一瞬驚いたが、そのまま彼らに両手を握らせた。
二人の司祭がその手を握ると、彼らは小さく、そして素早く何かを唱え始める。
「……ん? 何を言ってるんだ?」
「呪文か……? でも、どうして……」
「……この言葉、どこかで……聞いたことがある……?」
青年はそう呟いた。
やがて詠唱が終わると、二人の司祭は先ほどよりも強く、その手を握りしめた。
そして――
「アアアアァァァ!! ああああああああああ!!」
「痛い!! 熱い!! 体が……燃えてる!!」
「なんでだ!? 今、何をしたんだお前たち!!」
青年は叫びながら、無理やり手を引き離した。
――血が、まるで溶岩のように燃えている。
――視界は、青い炎で埋め尽くされている。
――皮膚は、まるで金属のように硬く、熱い。
「……これは……あまりにも……痛い……!」
青年は心の中でそう思いながら、そのまま地面へと崩れ落ちた。
冷や汗が、全身を濡らしていく。
二人の司祭は、そんな青年を一瞥するだけで、特に気に留めることもなく――視線を外した。
「くそ……いったい……何が……起きて……」
かすれた声でそう呟きながら、青年は――意識を失った。
「……それで、どう思う? 我が同胞よ」
一人の老いた司祭が、隣に立つもう一人の司祭へと問いかけた。
「魔力回路を見る限り、間違いなく彼は我らが騎士――ウォレスだ。だが……妙だ。このような事例は、私は初めて見る」
「今、彼のマナは魔力回路の流れに従おうとしていない。まるで水が川を壊し、自ら新たな流れを作ろうとしているかのようだ」
もう一人の司祭が答えた。
「……ああ、同感だ。私も同じものを感じている」
「もしこれが事実だとすれば……我らが最強の騎士は、すでに――」
老いた司祭は言葉を濁し、地面に倒れ伏す騎士へと悲しげな視線を落とした。
「いや! まだ諦めるには早い!」
もう一人の司祭が強く言い放つ。
「これは一時的なものに違いない! 予言を忘れたのか!?」
「彼は“青き炎”の使い手だ! そして、あの角を持つ悪魔を討つと定められた存在だ!」
「彼こそが――この世界に残された、唯一の希望なのだ!」
「……そ、そうだな! その通りだ、我が同胞よ!」
もう一人の司祭も、力強く頷いた。
「我らの世代でこそ、あの角を持つ悪魔を討ち滅ぼす!」
「封印することしかできなかった先祖の過ちを、我らが正すのだ!」
「そして証明してみせよう! 人類は――自らの歴史を切り開ける存在だと! 外なる者の助けも、監視もなく!」
「その通りだ!」
一人の司祭が叫ぶ。
「おい、兵士たち! すぐに来い!」
「この騎士をカテドラルへ運べ! 全ての活動を停止させ、彼の治療を最優先とせよ!」
「そして――カテドラルの責任者に伝えろ!」
「街中の司祭、修道女、そしてプリーステスを全員集めるのだ!」
「大規模な儀式を行い、浄化と祝福を与えよ! 彼の魔力回路とマナの流れが、正常に戻るまでだ!」
司祭の命令により、兵士たちは即座に動き出した。
すぐに馬車が用意され、意識を失った青年は街の中心にあるカテドラルへと運ばれていった。
到着すると――街中の教会から司祭、修道女、そしてプリーステスたちが集まり、大規模な儀式を開始した。
騎士の異常を正すための、祈りと浄化の儀式。
「すべては――人類の未来のために」
その夜――
普段は静寂に包まれているカテドラルは、祈りと賛美の声で満ちていた。
そして同時に――普段は淡く灯るその場所は、その夜に限っては絶え間なく輝き続ける聖なる光に包まれていた。
それは、信徒たちの心を静かに満たしていった。
KK:やっほー! 元気? どう? 物語、楽しんでくれてる?
???:……( ̄ー ̄;)
KK:おい、なんで急に黙るんだよ? このライトノベルが公開されてから、一番うるさかったのは君だろ?
???:お前……一体どんな話を書いてるんだ!? 第一章、あまりにも――
KK:シーッ、何も言うな。文句があるなら、前に“共感できる異世界もの”のコンテストをやってたKi***エンターテインメントとJ-N****クラブに言ってくれ。そもそもこの作品、元々の主人公は女性で、今セシリアの立場にいるのは本来男だったんだぞ!
???:共感はいいとしても、ここまで苦い話、誰が受け入れるんだよ!
KK:なんだよ、Re:Zeroだっていいだろ? なんで俺はダメなんだ?
???:はあ……もういい……。人気が出なくても、文句言うなよ。
KK:まあな……でも、誰かの“生きてきた重み”を、この世界に届けられればそれでいいんだ。
――人間は、俺以外もNPCでも数字でもないんだから。




