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予言が語らなかった「英雄」の意味  作者: クリームコーラ


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第2章 「我らは夢の素材にすぎず、わずかな生も眠りにて閉じられる。」


ひどく乾き、荒れ果てた山岳地帯で――

青年は、ゆっくりと両の瞼を開いた。


「……青い空...」

彼は、そう呟く。


目を覚ました青年は、自分の身体が、乾ききった、硬い大地の上に横たわっていることに気づいた。

そこには、緑と呼べるものは、何一つない。


「っ……くっ……なんで、急に全身が、こんなにも痛むんだ……?」

青年はそう言いながら、立ち上がろうとする。


「……ん? これは……何だ? ……杖?」

青年は、手の中にある、折れてしまった一本の杖を見つめ、呟いた。


「ここは……どこだ? もしかして、俺は本当に、異世界に来てしまったのか?」

青年は、周囲の様子を慎重に見渡す。


背中や身体をさすりながら、青年は、ゆっくりと立ち上がった。

そして、自分が今、完全に見知らぬ場所にいることを、改めて実感する。


雲一つない青い空。

乾ききった、荒れた大地。

そして――その大地の上で、深い眠りについている、緑色の巨人。


「…………」


「……」


「……待てよ……」


「……はぁ!? み、緑の……巨人!?」


「なんで、こんな場所に、巨人なんかがいるんだ!? いや、それよりも――なんで俺は、あんな化け物のすぐ近くで、目を覚ましたんだ!?」


(くそ……! あいつが目を覚ます前に、ここから離れないと……!)

青年は、そう思った。


「……ぐ……がぁ……」

突然、緑の巨人は喉の奥から声を漏らし、眠りから目を覚ました。


巨人は、どこか困惑した様子で、身体を起こし、頭をぽりぽりとかきながら、周囲の光景を見渡す。

その様子を目にした瞬間、目を覚ましたばかりの青年は、考えるよりも早く、全力で走り出し、緑の巨人から距離を取ろうとした。


だが、巨人は、そんな青年の存在など、まるで気にも留めていないかのように、ただ視線を向けるだけだった。


やがて巨人は立ち上がり、自分が踏みしめている地面に映る、己の影を見下ろす。

続いて、巨大な両の手のひらと、異様なほど発達した筋肉に覆われた身体を、まじまじと見つめた。


――その瞬間。


突如、巨人は、両腕で地面を叩きつけ、凄まじい咆哮を上げた。


次の瞬間、先ほどまで青年を意にも介していなかったはずの巨人が、獣のような勢いで、一気に走り出す。


「グロォォォアァァァッ!!」


緑の巨人は、凄まじい速度で青年を追いかけ、その咆哮に驚いた小さな獣たちは、一斉に姿を消し、周囲から逃げ散っていった。


「くそっ、くそっ、くそっ! なんなんだこれは! 神よ、あんたに悪意がないのは分かってる……でも、なんでこんな化け物のすぐ近くに送り込むんだよ!」

青年はそう悪態をつきながら、必死に走り続けていた。


「グロォォォアァァァ!!」


ほんの一瞬のうちに、緑の巨人は、青年のすぐ背後にまで迫っていた。


「くそっ! 誰でもいい、助けてくれ! 俺はまだ、こんな場所で死にたくないんだっ!」

青年は声を張り上げたが、その叫びに応える者は、どこにもいなかった。


「くそったれ……! なんでこんなことになるんだ!? そもそも、神は何のために俺をこの世界に送ったんだ!? まだ俺を苦しめたいっていうのか!? くそっ、くそっ、くそっ……!」


――だが。


走り続ける最中、青年はふと、右手に握りしめたままの、折れた杖の存在を思い出す。


「……ちっ。このまま走って体力を無駄にするくらいなら、この折れた杖で、追い払う方がまだマシか……」


そう判断した青年は、突如として足を止め、巨人を迎え撃つ構えを取った。


深く息を吸い、ゆっくりと吐き出し、乱れた心を無理やり落ち着かせる。

そして、折れた杖の鋭く尖った先端を、正面から迫る巨人へと向けた。


「まずは……傷を負わせる」

恐れを押し殺し、青年はそう心の中で呟く。


「グロォォォォアァァッ!!」


巨人は、右腕の巨大な爪を振りかざし、青年へと叩きつけようとした。


――その瞬間。


青年は一気に踏み込み、折れた杖を、巨人の右の手のひらへと突き立てた。


「ズブッ!」


「どうだ! 言っただろう! 俺はこんなところで死ぬ気はないってな!」

青年は、口元に歪んだ笑みを浮かべながら叫んだ。


(最初から分かってた……この折れた杖じゃ、たとえ元の形だったとしても、正面から巨人に勝てるわけがない)


(でも、もし強烈な痛みを与えられれば、あいつは驚いて怯むはずだ)


(野生の獣は、獲物が反撃して傷を負わせてくると分かれば、距離を取る……)


(だから、全体重と、残っている力のすべてを、この一撃に賭けた)


(――そして、成功した)


(いや……成功しすぎた)


折れた杖は、巨人の手のひらに、想像以上に深く突き刺さっていた。


青年は、その光景を見つめながら、小さく、しかし確かな達成感に、笑みを浮かべていた。


「グロォォォォアァァァッ!!」


巨人は、即座に苦痛の叫び声を上げた。


――だが、考える暇すら与えられなかった。


巨人は反射的に、左の手のひらで、青年の身体を思い切り叩き飛ばした。


(くそっ……! 反撃してくる可能性があることは、分かってた……でも、早すぎる……っ!)


「ドンッ!!」


青年の身体は、まるで水面に投げられた石のように、地面を跳ね、遥か彼方へと吹き飛ばされた。


一方、巨人は遠くから青年を見下ろすと、右手に突き刺さっていた折れた杖を引き抜き、無造作に地面へと投げ捨てた。


「ぐああっ……! 痛い……っ! く、くそ……これは……本当に痛い……!」


青年は、乾いた大地に仰向けに倒れ込み、身体を動かすことすらできない。


「指が……っ……肋骨も……折れてるかもしれない……くそ……痛すぎる……」


「誰か……誰でもいい……助けてくれ……神様……お願いだ……助けてくれ……」


か細い声で、青年は呻いた。


「グルルル……」


巨人は、鋭い視線で青年を見据えたまま、ゆっくりと歩み寄ってくる。

その巨体が一歩踏み出すたび、乾いた地面が震え、砂と埃が舞い上がる。


そして、その一歩一歩に合わせて、青年の中の勇気は、確実に削り取られていった。


(くそ……くそ……くそっ……! 俺は……本当にここで死ぬのか……?)


(こんな見知らぬ場所で……誰にも知られず……誰にも看取られず……)


(……それじゃあ、この世界に来た意味はなんだ……?)


(俺の人生も……俺の苦しみも……俺の足掻きも……)


(――誰にも、知られないままなのか……)


青年の思考は、恐怖と絶望に汚れながら、静かに、沈んでいった。


巨人の足音は、遅く、そして重かった。

それはまるで、罪人の首を刎ねる準備を整えた処刑人が刻む、――死へのカウントダウンのように、青年の耳に響いていた。


「くっ……!」


青年は、全身の痛みを無理やり無視しながら、必死に立ち上がる。


歯を食いしばり、そのまま、天に向かって怒鳴りつけた。


「神よ……! これはまだ、俺に与える“試練”なのかっ!?」


「まだ足りないのか!? そこまでして、俺を苦しめたいのかっ!!」


その瞬間、青年の瞳に宿る光が変わった。


揺らめく炎のように、鋭く、激しく燃え上がる。


「……いいだろう。それが、お前の望みなら――」


「この二度目の機会が、俺にとって“最高の人生”になることを、必ず証明してやる……! ――俺自身の物語としてな!」


(俺は……まだ死なない)


(俺の足掻きも、俺の苦しみも、まだ誰にも見られていない……評価もされていない……)


(そんな場所で、終わってたまるか……!)


青年は、心の中でそう叫びながら、足を引きずるようにして、巨人から距離を取ろうとした。


――だが。


巨人は歩みを止めない。むしろ、確実に距離を詰めてくる。


(なんだよ……本当に、しつこいな……)


(いったい、俺に何を求めてるんだ……?)


(肉の量なら、牛一頭の方が、よっぽど多いだろ……)


「……それとも」


(ただ、俺を弄んでるだけなのか……?)


「……くそっ……なんで俺の人生は、いつもこうなんだ……」


(……いや、愚痴ってる場合じゃない)


(ここから生きて逃げ延びたら、いつか必ず……この借りは返してやる)


(覚えてろよ、くそったれの巨人……)


青年は、そう心の中で吐き捨てた。


「グロォォォォアァァァ!!」


突如として、巨人が咆哮を上げ、その声に、青年は思わず身をすくめた。


その拍子に、青年は足を取られ、無様にも地面へと転がり落ちる。


「くっ……! くそっ……! 今度は、何をする気だ……!」


地面に伏したまま、青年は舌打ちしながら、背後へと視線を向けた。


――その瞬間。


「ガン! ガン! ガンッ! ザシュッ!」


金属と鉤爪がぶつかり合う音が、乾いた大地に激しく響き渡る。


青年の目に映ったのは、紅い長髪をなびかせた一人の女。


彼女は今、先ほどまで青年を追い詰めていた緑の巨人と、真正面から斬り結んでいた。


巨人の荒々しく無秩序な攻撃とは対照的に、女の動きは、鋭く、速く、そして無駄がなかった。


彼女の右手には、一振りの刀。

そしてその顔には、両眼を覆い隠すように、長い黒布が固く巻かれている。


「……すげぇ……」


青年は思わず、息を呑みながら呟いた。


その瞳には、二つの存在が織り成す死闘が、鮮明に焼き付いていた。


女は、巨人の巨大な体格を逆手に取り、脚の間をすり抜け、体を駆け上がるようにして戦う。


一方、巨人はと言えば――まるで、無数の蟻に耳の中を這い回られている象のように、苛立ち、混乱しているだけだった。


「グロォォォォアァァッ!!」


再び、巨人が大地を震わせる咆哮を放つ。


次の瞬間、巨人は大きく後方へと跳び退き、女へと突進する構えを取った。


――だが。


女は動かない。


ただ、静かに立ち、一度、深く息を吐いた。


「グルルル……」


低く、荒い唸り声が、巨人の喉から漏れる。


それを聞いた女は、即座に呼吸を整え、刀の切っ先を、正確に敵へと向けた。


巨人は、鋭い眼光で女を睨みつける。

女もまた、その視線を、刃のような気配で受け止める。


空気が、張り詰めた。


まるで、酸素そのものが失われたかのように。


砂埃は重さを忘れ、大地でさえ、事の成り行きを静観しているかのようだった。


虫たちは、自らの命が、どれほど小さく、取るに足らないものかを悟った。


――そして、しばしの沈黙の後。


「グロォォォォアァァァァァ!!」


巨人は、突如として吼え、背を向けると、そのまま走り去っていった。


女は、なおも構えを解かぬまま、その背中を見送る。


乾いた大地は、激しく震えた。


――それは、逃げ去る巨人の足音と共に、砕け散った誇りが、地面に叩きつけられた音でもあった。


危険が去ったことを悟り、女はゆっくりと刀を振り、刃に残った血を拭い取った。

それに使われたのは、先ほどまで、彼女が目隠しとして巻いていた長い黒布だった。


「……ふぅ」


女は小さく息を吐き、張り詰めていた両肩の力を、ようやく抜く。


そして、刀を鞘へと納めると、そのまま、青く澄んだ空を見上げた。


――長い、長い時間。


「……ゴホッ」


その沈黙を破ったのは、ただ一人残された、惨めな目撃者の咳だった。


咳と同時に、全身を襲う痛みを思い出し、青年は反射的に、助けを求めようとした――が。


「……カハッ……! ……ぐっ……」


掠れた音と共に、血が口元から溢れ、唇を赤く染める。


(くそ……声が……出ない……)


(痛い……熱い……気持ち悪い……)


青年が歯を食いしばっていると、その異様な音に気づいた女が、即座に振り返り、こちらへと歩み寄ってきた。


「……あなた」


女はそう短く言い、青年の前に立つ。


その姿は、あまりにも無残だった。


片方の足首は、明らかに関節が折れ、腕の関節も、あり得ない方向へと歪んでいる。


「……たす……け……」


青年は、かすれた声で、必死に言葉を絞り出す。


女は、太陽を背にしたまま、倒れ伏す青年を、じっと見下ろしていた。


その瞬間、青年の目には、彼女の姿が――まるで、その顔一つで日食を引き起こす女神のように映った。


「……大丈夫?」


女は、静かに問いかけた。


「……お願い…… ……助け……て……」


それが、青年の最後の言葉だった。


次の瞬間、彼の意識は、暗闇の底へと落ちていった。



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