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予言が語らなかった「英雄」の意味  作者: クリームコーラ


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第1章 「心さえ整っているのなら、すべてはすでに整っている。」

夜。


我らの住む地球、そしてこの美しい大地に訪れる夜。


暗い夜空は、無数の輝く星々に彩られ、息を呑むほどの美しさを見せていた。


遠い昔から――

星々は人類すべての祈りと希望をその身に宿し、輝き続けてきた。


そして今この瞬間でさえ――

星々は疲れることなく光を放ち、遥か上空から人類のあらゆる希望を見守り、照らし続けている。


その星空の下で、数多ある人間の中の一人が、静かに祈りを捧げていた。


それは――

吐き気を催すほど醜い祈り。


恥ずべき願い。


泥と汚濁の中に沈みきった、無数の人間の中の一人が発した、か細い声だった。


これは……

一人の青年の物語。


美徳ゆえに、愛された青年。


美徳ゆえに、苦しめられ、苛まれた青年。


これは――

人生に、すでに見切りをつけてしまった

一人の青年の物語である。


薄暗く、狭いこの部屋の片隅で、

一人の青年が腰を下ろし、コーヒーをすすりながら、

天井から垂れ下がる一本の縄を、ただ見つめ続けていた。


彼は、その縄に作られた輪の穴を、

まだ黒いままの両の瞳で見つめている。


輪の内側に見える景色と、

輪の外側に広がる景色に、違いはなかった。


まったく、何の違いもなかった。


「チク、チク、チク……」

壁に掛けられた時計の針の音だけが、

静かで薄暗いその部屋に、繰り返し響き渡る。


針は前へ、前へと進み続ける。


追いつけないものすべてを置き去りにしながら、

流れ続ける時間とともに。


――彼は、何を追いかけているのか。

――何のために、動き続けるのか。

――なぜ、ほんの一瞬さえ、立ち止まろうとしないのか。

――なぜ、すべてを置き去りにするために、進み続けなければならないのか。


「どうして……?

……君みたいには、なれないのか?」

青年は、そう囁いた。


それから青年は、息を吸い、

ゆっくりと吐き出す。


静かに立ち上がり、

なお天井から垂れ下がっている一本の縄から、視線を逸らした。


「……もう、うんざりだ」

彼は、そう呟く。


「もう十分だ! うんざりなんだ!」

青年は、叫んだ。


「もう……限界なんだ!!!

どうしてだ!? どうして、俺がやることは全部、失敗に終わるんだ!?

なぜだ!? なぜ、お前たちは、俺に負担を押し付けることしかできない!?

どこに、俺の間違いがある!?

俺はいつも、謙虚であろうとしてきた!

俺はいつも、他人を助けようとしてきた!

それなのに、どうだ!?

このすべての犠牲の先に、俺が得たものは何なんだ!?」


「お前たちは……

俺を利用することしかできないじゃないか!!」


怒りに任せ、青年はコーヒーの入ったグラスを、鏡に向かって投げつけた。


ガラスと鏡は、同時に砕け散った。


次の瞬間、青年は、何の罪もない自室の床に、自らの頭を叩きつけた。


「……ひくっ」

彼は、泣いた。


そして、泣き続けた。


口からは、一切の声を漏らすことなく。


「声を出すな。弱さを見せるな。

俺は強い。俺は善い。俺は正しい。俺は幸せだ。

だから、俺の人生は、あいつらよりも楽なんだ!」


「だって……

あいつらは、いつも言っていた……」


その瞬間、聞き覚えのある言葉を帯びた、無数の見知らぬ声が、彼の頭の中で反響し始めた。


「俺たちと比べれば、

お前の人生は、ずっと楽だろう?」


複数の声が、同時にそう言った。


「だから、お前は、俺たちを理解して、助けるべきなんだ……」


「だって、俺たちの人生は……」


「……お前の人生より、ずっと苦しいんだから」


そう言い残し、声は消えていった。


「でも……俺は、もう助けたじゃないか!

俺は、ずっと支えようとしてきた!

尊重しようとしてきた!

それなのに……なぜだ!?

なぜ、俺の人生は、こんなことになった!?

これが、お前たちが約束した“正義”なのか!?」


青年は、かすれるほど小さな声で、叫んだ。


そうだ。


彼は、間違いなく“善い人間”だった。


本当に、善い人間だった。


……

…そして、だからこそ――

この世界は、彼を深く愛していた。


「神様……

……どうか、許してください。

俺は……もう、この人生を、生き抜く力が残っていません……」


青年は、そう囁いた。


やがて青年は、泣くのをやめ、

ゆっくりと、力なく立ち上がる。


まるで、泥の塊が、無理やり形を与えられたかのように。


「玉座に座す神様よ。

あなたが、俺に耐えられないほどの重荷を、与えるはずがないことは、分かっています。

ですが、どうか……

俺を、あまりにも信じすぎないでください。


なぜなら……

俺は、本当は、他の人間と比べても、とても弱い存在なのですから」


青年はそう言いながら、天井から垂れ下がる一本の縄へと、歩み寄った。


「神様……どうか……

この苦しみを、終わらせてください」


そう囁きながら、青年は椅子に足をかけ、目の前にある縄へと、手を伸ばした。


「今、この瞬間……

俺は、もう諦めました。

あなたの期待に応えられなかったことを、どうか、許してください……」


「…………」

「……」


「でも……

もし、二度目の機会があるのなら……」


「……今の人生よりは、

もう少しだけ、うまくやれるかもしれません」


青年は、そう囁いた。


その囁きの直後、部屋の中のすべてが、突然、色を失った。


先ほどまで明るい色をしていた壁は、灰色へと変わり。


先ほどまで黄色だったベッドサイドの灯りも、灰色へと変わった。


そして、青年の肌の色でさえも、今や、灰色へと変わっていた。


「……な、何が起きているんだ!?」


青年は、灰色へと変わった周囲を見渡しながら、そう尋ねた。


「シィィィン――!」


朝に昇る太陽の光のように、突然、青年の目の前にある縄の輪の中心から、まばゆい白い光が現れた。


「……ん?」


青年は、その次元のポータルを、わずかな困惑とともに見つめた。


黒いままの両の瞳には、驚きも、動揺も、映っていない。


そのどちらも、依然として、空虚なままだった。


……たとえ今、目の前に奇跡が現れていたとしても。


しばらくして、その奇跡の光は、白一色の中に、次第にさまざまな色の染みを浮かび上がらせ始めた。


虚偽に満ちた彼の世界の色と比べると、そこに現れた色彩は、あまりにも正直で、幾千もの希望を宿しているように見えた。


よく目を凝らせば、それらの色は、まるで蛍のように、時計回りに、静かに舞っているかのようだった。


「……これは……何だ?」


青年はそう尋ねながら、右手を伸ばし、その色の一つを掴もうとした。


だが、それを掴むよりも早く、渦を巻いていた無数の色は、一瞬にして、すべて消え失せた。


「――あっ!」


青年は、痛みに驚き、反射的に手を引っ込めた。


その瞬間、白い光の内側に映っていた光景は、姿を変えていた。


そこに映し出されていたのは、彼にとって、あまりにも見知らぬ世界。


青々と茂る、深い森。


見たこともない動物や植物、奇妙な花々。


煙一つなく澄み切った、青い空と、その雲。


そして、動物に引かれた馬車が行き交い、人々の笑顔と幸福で満ちた街並み。


最後に、その光景は、街の中心にそびえ立つ、あまりにも壮麗な城で締めくくられた。


「…」

「……もしかして……

これは、異世界へと繋がるポータルなのか?」


青年は、そう呟いた。


青年は、ひとつ息を吐き、俯いたまま、右手の掌を見つめる。


「……ありえない……

こんなにも美しいものが、俺に与えられるはずがない……

俺には、受け取る資格なんて……」


「…………」

「……」


しばらくの間、青年は、その場で立ち尽くし、再び、ポータルへと視線を向けた。


その瞳は、すでに、以前とは違っていた。


かつて、怒りと絶望に満ちていたその目は、今や、幸福と希望に満たされている。


そして、長い時間の果てに――

ついに、汚れきったその顔に、かすかな笑みが、戻った。


「神様……」


「この二度目の機会を、与えてくれて……

ありがとうございます」


青年は、まるで幼い子どものような笑みを浮かべながら、そう口にした。

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