作り手の値段
値段をつける、という行為が、これほど重たいものだとは思っていなかった。
不器用なおじさんは、帳簿を前にして腕を組んでいた。
紙の上には、材料費、光熱費、人件費――数字が整然と並んでいる。
「理屈では、合ってる」
原価計算としては、何も間違っていない。
むしろ、前世で染みついた癖のおかげで、抜かりはない。
だが、その数字の先にあるものが、見えなかった。
王城からは、正式な見積もりを求められている。
商人からも、「卸し」の話が来ている。
量が増えれば、単価を下げろという声も、当然のようにあった。
「安くすれば、広く行き渡る」
それは正しい。
だが、安くするということは、数を作るということだ。
試算する。
五百。
八百。
千。
数字が増えるたび、胸の奥が冷えていく。
「……俺の手、何本必要だ?」
一人で笑って、すぐに笑えなくなる。
夜明け前まで仕込みをして、焼いて、詰めて。
寝る時間を削り、手首の痛みをごまかしながら。
それが、正しい働き方だと、前世では教えられてきた。
ある日、商人が工房を訪れた。
言葉は丁寧で、態度も柔らかい。
「品質は落とさずに、数を増やせますよ」
「どうやって?」
「人を雇うんです。工程を分けて」
合理的な提案だった。
否定する理由は、ない。
「あなたは、味の監修だけすればいい」
その一言で、胸が詰まった。
監修。
作らない作り手。
「……それで、俺はいくらですか」
思わず、そんな言い方になってしまった。
商人は一瞬だけ言葉に詰まり、それから数字を口にした。
悪くない。
むしろ、破格だ。
「その値段で、俺は“作り手”ですか」
問いは、相手ではなく、自分に向いていた。
その夜、工房で一人、少量だけマカロンを焼いた。
量産を考えない配合。
失敗しやすく、手間のかかるやり方。
焼き上がりは、相変わらず不揃いだ。
だが、手は覚えている。
「……これだ」
味見をして、静かに頷く。
高く売ることもできる。
安くばらまくこともできる。
どちらも、間違いじゃない。
問題は、そこに自分がいるかどうかだ。
翌朝、集落で出会った子どもの顔を思い出した。
王城で澄ました貴族の表情も、思い出した。
どちらも、否定できない。
だが、値段を決めるたびに、削れていく感覚。
それだけは、はっきりしていた。
「……俺は、何を売ってるんだ」
菓子か。
技術か。
時間か。
それとも、自分自身か。
答えは、まだ出ない。
だが、作り手の値段は、甘さ以上に苦かった。




