王からの注文
呼ばれたのは、夕刻だった。
厨房が一段落し、皆が片付けに入る頃。
「王がお呼びだ」
その一言で、空気が張り詰める。
「……またか」
広間は、いつもより人が多かった。
側近、書記、見慣れない服装の者。
外交だと、すぐ分かる。
「来たな」
王は、まっすぐ俺を見た。
「……はい」
「近く、隣国から使節が来る」
「歓迎の席を設ける」
「……その菓子を」
「……出したい」
嫌な予感が、少しした。
「……条件が、ありますか」
「ある」
王は、はっきり言った。
「甘さを、抑えよ」
「だが」
「印象には、残せ」
「……」
矛盾している。
「祝いの席だ」
「だが、重い菓子は要らん」
「……いつまでに」
「五日」
短い。
「……数は」
「百五十」
数字を聞いた瞬間、息を吸い直す。
「……承りました」
王は、少しだけ目を細めた。
「難しい顔だな」
「……難しい注文です」
「そうだ」
「だから、お前に頼む」
逃げ道は、ない。
厨房に戻ると、視線が集まった。
「……何だ」
「王からの注文だ」
「数は」
「……百五十」
「……条件は」
「……甘くするな」
一瞬、静まり返る。
「……菓子、だぞ」
誰かが呟いた。
「……だが」
「……やる」
配合を考える。
蜂蜜を減らす。
果実の酸味を、少し強める。
「……軽さを、残す」
試作。
一口。
「……足りない」
二口。
「……薄い」
三口。
「……残らない」
失敗だ。
「……甘さを」
「……感じさせずに、甘い」
矛盾を、もう一度噛み砕く。
「……香りだ」
砂糖じゃない。
匂いと、口当たり。
焼き方を変える。
温度を下げ、時間を伸ばす。
二度目。
一口。
「……あ」
二口。
「……甘いのに」
「……軽い」
ルークが、無言で頷いた。
「……これだ」
料理長も、少しだけ口角を上げる。
「……王向けだ」
量産に入る。
途中、割れる。
焦げる。
歪む。
数は、減る。
「……百二十」
「……足りない」
「……もう一度」
夜まで、窯は止まらなかった。
最終的に、百五十四。
「……四つ、余分だ」
「……予備だ」
配膳前。
王が、再び味を見る。
一口。
「……甘さが、控えめだ」
二口。
「……だが」
「……記憶に、残る」
「これで、よい」
その一言で、膝の力が抜けそうになる。
「……ありがとうございます」
使節団の反応は、静かだった。
派手な賛辞はない。
だが。
「……もう一つ」
「……いただけますか」
その言葉が、何よりの評価だった。
片付けの後。
ルークが、ぽつりと言う。
「……王の無茶」
「……通したな」
「……偶然だ」
「……違う」
「……不器用だから」
「……手を抜かなかった」
その言葉に、返せる言葉が見つからなかった。
夜の厨房。
甘さの残り香が、漂っている。
「……甘くしすぎない」
「……難しいな」
だが。
「……だから」
「……面白い」
しぶ甘菓は、また一歩、別の場所へ行った。




