叱られたかったので
「い、一体何のつもりですか!?」
「静かにしろ! 大人しく金だけ渡せば良いんだ!」
慌てた様子の男と、荒々しい若い男の声が交差する。
さっきの店員の悲鳴といい、普通の状況ではなさそうね。
取りあえず店の服を着たまま出ようとすると、カーテンの向こうから覚えのある気配が近づいてきた。
「先生、穏やかな状況ではなくなったので失礼いたします」
「何が起きたの?」
「複数人の強盗犯が押し入ってきました。見たところ、先生の家を徘徊していた黒ずくめと同一人物のようです。今度はこの町で盗みを試みているものかと」
「……あの連中、ただの盗人だったのね」
カーテン越しに金髪からの情報を聞き、納得する。
きっと私が追放されたことを知って、金目のものがあると近づいてきたのね。
けれど、この金髪に追い返されて町まで逃げてきた。
まぁ、近辺に宝石店なんていう、見るからに高価値な店はなさそうだし。
次に金目のものがあり得そうな、魔法具店や洋服店が狙われた、ということなのかしら。
私は溜息をついた。
何の教養もない連中が、我が物顔で跋扈する。
治安の悪い場所だと、こういうこともあり得るのね。
格式高い貴族の界隈では考えられなかったことだわ。
そう思っていると、カーテンの向こうにあった気配が遠ざかっていく。
「では、行ってきます」
「ちょ、ちょっと! こういう時は、傍にいて私を守ってくれるんじゃないの!?」
「お気持ちは分かりますが、店員の方々も危険な状況です。安心して下さい。つい先ほど制圧したばかりの相手なので、直ぐに終わらせます」
思わずカーテンから顔を覗かせたけれど、サッサと騒ぎのある方へ行ってしまった。
本気で言っているの、あの馬鹿弟子は?
呆気に取られていると、騒然となっていた奥の空気がピタリと止まる。
「また、お会いしましたね」
「お、お前はッ!?」
自分達が負けた相手の顔は忘れていなかったみたい。
女店員を庇う男店員を、更に庇う形で彼は黒ずくめ達と相対する。
「まさか、俺達を追ってきたのか!?」
「チィッ! 指示役の所まで行かせるために、わざと泳がせやがったな!」
「ど、どうする!?」
今にも襲い掛かりそうな雰囲気だったのに、一気に流れを押し戻されている。
一体どんな形で負けたのかは知らないけど、完全に気圧されているわね。
動揺する彼らを見て、金髪が小さく首を振った。
「先生だけでなく、善良な市民まで狙うなど……。やはり、貴方達の行動には愛がありません。それだけ一致団結して何かを成し遂げる覚悟があるなら、それと同じくらい、愛情のこもった方法を見つけられるはずです」
「また訳の分からないことを言いやがって! もう良い! 今度こそ、取っちめてやる!」
「お、おい! 良いのか!?」
「構わねぇ! ここで何か手に入れなきゃ、報復されるのは俺達の方なんだぞ!」
相変わらず愛だの何だのと意味不明なことを言っているけど、相手も引く気はないみたい。
戦意があると判断した金髪は、先手を打つように男達の懐に飛び込んでいった。
そして戦い、という程のことでもない一方的な制圧が始まる。
「本っ当に、言うことを聞かない男ね。普通なら私の傍にいて護衛してくれるはずなのに」
もう一度だけ向こうの様子を窺う。
あの優男、普通に強いわね。
相手は一応ナイフを持っているのに、軽く手を払うような動作で、次々倒していく。
まぁそれ位強くないと、旅人なんてやっていられないのかもしれないけれど。
と言うか、仮にも弟子志願なら魔法を使いなさいよ、魔法を。
しかも店内で自分勝手に動き回って、普通なら叱られ――。
「……叱られる、か」
何だか引っ掛かるものを感じて、視線を落とす。
叱られることは悪いこと。
それは当然だと思う。
けれど、褒められるだけでは分からないこともあると、あの男は言っていた。
つまり、私も無茶なことをすれば叱ってもらえるのかしら。
本当に正しいことが分かるのかしら。
思い至った私は、自然と試着室から歩き出していた。
一歩一歩踏み出し、彼らの元にまで辿り着く。
「せ、先生? 何故……?」
金髪が意外そうな目で私を見てくる。
既に殆どの男達が、彼の手で倒されていた。
牙を抜かれたとは、まさにこのことだわ。
けれど私の姿を見て、残されていた反抗心で食い下がってきた。
「お、お前は例の公爵令嬢……!」
「クッ! 俺達を見下しやがって!」
「知ってるぜ! アンタ、素行が悪すぎて追い出されたんだってな! 昨日、乗せられてきた馬車が見えたから直ぐに分かったぜ! 全く、ワガママなお嬢様っていうのは、世間知らずで哀れなものだよなぁ……!?」
憐れみか、嘲笑か。
どうにか立っていた一人の男が、私に向かって手を伸ばしてくる。
手癖の悪い男だわ。
魔法を封じられた私一人なら、どうにでもなると思っているみたい。
でも好都合。
あくまで庇おうとする弟子を手で制しつつ、私はそのまま受けて立つ。
勿論、男の手が私を捕えることはない。
伸びてきた粗暴な腕を掴み上げ、クルリと反転。
勢いのまま、男の身体を叩き付けた。
「ぐはっ!? な、何だこの女……強ぇ!?」
「薄汚い手で私に触らないで頂戴。貴方達のような野蛮人、本来なら近づくことすら許されないんだから」
俗にいう、背負い投げ。
何が起きたのか理解できない盗人に向けて、私はそう言う、
全く、こうやって身体を動かしたのは久しぶりだわ。
魔法が使えないからこんな野蛮な方法を取るしかない。
けれど、これでお膳立ては整った。
「まぁ、良いわ。今だけは発言を許可してあげる」
「な、何を言ってやが……」
「貴方達、この私を叱りなさい!」
高らかに宣言する。
その瞬間、私以外の全員が呆気に取られた。
「はぁ!?」
「私はね! 今まで叱られたことがないのよ! だから叱りなさい! そうすればきっと、お姉さま達の気持ちが分かるはずだわ!」
盗人たちが一斉に困惑し始める。
そう、これが私の目的。
叱られるには、それ相応の行動を見せなくてはいけない。
思い浮かべるのはお姉さまの姿。
そして考えられるのは、清楚な女性にあるまじき無茶な行為。
貴族という界隈で、人を投げ飛ばすことが何を意味するのかは自明の理。
これで叱られる条件は満たされた。
どうかしら。
天才である私の手に掛かれば、叱られることすら造作もないわ。
どんな言葉だって受けて立ってあげる。
そう思って、両腕を組んで今か今かと待ち続ける。
しかし周囲はシン、と静まり返った。
おや、と思っていると暫くして震える声が聞こえてきた。
「な、何なんだこの女は……?」
「イカれてやがるッ!?」
「こんな変人共に関わろうとした……俺達が間違っていた……ぜ……」
投げ飛ばされた男が気を失う。
この程度で気絶するなんて貧弱、なんてどうでも良いわ。
そんなことよりも今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
何度か頭の中で反芻して、次第に腕が震えるのが分かった。
「ちょ、ちょっと! 誰が変人ですって!?」
「先生、落ち着いて下さい」
「ねぇ、聞いた!? 今、変人って言ったぁ!?」
「自分から投げ飛ばしにいった挙句、叱ってくれなんて言われたら……変わり者と思われるのも仕方ないことかと」
「なぁっ!?」
冷静に碧眼から指摘され、変な声が出てしまう。
変人?
聖人の名をほしいままにした、清楚な美少女であるこの私が?
叱られることは許したけど、変人扱いすることを許した覚えはないんだけど?
呆然としていると、続けて彼が生暖かい視線を送ってくる。
「先生は不器用ですね」
あまりに無礼な発言。
どの辺が不器用になるのか小一時間問い詰めても良いくらい。
けれど今の私には、困惑の方が勝っていて反論することもできなかった。




