分からないことだらけ
「ありがとうございます! 今この店には、私と娘の二人しかおらず……貴方達の助けがなければ、どうなっていたか……!」
少し時間が経った後、私達は店主だった男から何度も頭を下げられた。
分からない。
どうして感謝されているのかしら。
貴族社会では、誰かを投げ飛ばすなんて行為は許されなかったから、怒られると思ったのに。
いえ、悪い気はしないのだけど。
本来の目的だった、叱られるという行為を味わうことは出来なかった。
すごく消化不良だわ。
男は私達への謝罪を終えると、娘の安否を何度も確かめていた。
女店員の方も、互いの無事を喜びつつ感謝の視線を送ってくる。
盗人たちも駆け付けた自警団に捕らえられたので怯える必要もない。
間違えようもない、父と娘の姿がそこにあった。
それを見ていると、何だかモヤモヤがぶり返してくる。
別になんてことのない光景のはずなのに、どうしてここまで胸の奥がざわつくのかしら。
分からない。
分からないことだらけだわ。
無言のまま立ち竦んでいると、金髪が横から事の顛末を告げる。
「どうやら彼らは指示役によって集められた集団で、金銭を奪った後にその人物と合流する手筈だったようです」
「何それ? お互いに顔見知りじゃなかったってこと?」
「そのようです。指示役から個人情報を抑えられ、一切逆らえなかったとか」
「はぁ……。それでその指示役……主犯はどうしたの?」
「合流地点にはいなかったようです。恐らく、騒ぎに気付いた時点で逃亡したのでしょう」
彼は諦めたように首を振る。
正直、盗みを働く者の心情なんて分かりたくもない。
けれど、そうする以外の手段がなかったのだとしたらどうか。
冷静になって考えてみると、この優男が来なければ私もああなっていたのかもしれない。
正直ゾッとする。
だから今までではあり得ないことだけど、あの盗人達を強く非難できなかった。
とは言え、主犯だけが上手く逃げおおせたことだけは気に食わない。
結果的にこの私に恥をかかせたんだから。
魔法が使えるなら探知と転移で瞬時に詰め寄って、逆さ吊りにしているところよ。
「全く、これじゃあ先が思いやられるわ」
「ご安心を。これだけの騒ぎになった以上、この街の自警団も動いてくれるはずです」
「……そうね。確かに相当な騒ぎになったわ」
それともう一つ。
私は視線を店の外の方へと向ける。
閑散としていたはずの入り口付近は、既に人だかりができていた。
「あ、あの娘ってまさか!?」
「エルミラ・ミレッカー……!」
「この近くに追放されていたなんて!」
「と、隣にいる男の人は誰かしら?」
「もしかして、従者ってヤツ?」
騒ぎが大きくなったということは、こういうこと。
これを避けるためにローブまで来て姿を隠していたのに。
幾ら辺境であっても、国の人間が私のことを知らない訳がない。
恥の上塗りだわ。
私は溜め息を出したい気持ちをどうにか抑えた。
「本当に先が思いやられる……」
「中々上手く行かないものですね。私は従者ではなく弟子なのですが」
「そこはどうでも良いんだけど?」
即座に指摘しておく。
弟子云々よりも、重要なのは視線を浴びているという事実。
今までは羨望の眼差しばかりだったけれど、ここにあるのは以前のパーティーと同じ。
奇異と困惑の視線ばかり。
気分が良い訳もない。
「早くここから離れるわよ。ちょっと貴方、会計をしなさ……して下さい」
「は、はいっ! 只今っ!」
そうして私は何着かの服を揃えて、清算を終えた。
犠牲になったのは私のプライド、そしてオーダーメイドのパーティードレス。
さようなら、私のドレス。
女店員に丁寧に抱えられていく光景を見て、私は心の中で別れを告げる。
けれどまだ大丈夫。
首輪を外せば幾らでも取り戻せる。
だから待っていなさい。
強く心に誓い、私達は洋服屋を後にした。
ドレスの代わりに貰った皮袋には、多くの紙幣と硬貨が入れられた。
宝石もふんだんに使っていたから、相当な額になったみたい。
正直、お金なんて殆ど見る機会がなかったから額の程は分からない。
物を売買するのは従者のすることで、私がやるべきことじゃなかったし。
ただただ、かさばって鬱陶しい。
そしてこの煩わしさが私の価値を表しているようで、嫌な気分になる。
けれど今はこれが私の生命線なのだから、大切にしないといけない。
妥協に妥協を重ねた上での服を纏い、町に繰り出す。
騒ぎが起きた洋服屋から離れたと言っても、風の噂は驚く程に早い。
町の住人は私達の姿を見て、珍獣を見るような表情を浮かべている。
近づく人なんていない。
店で盗賊を撃退したのだから、噛み付かれたくないと思っているのかも。
別に貴方達を投げ飛ばしたりしないわよ。
その考えは不敬だけれど、声を掛けられるのも面倒だから今だけは受け入れておく。
すると残りの荷物を携えた弟子が、思い返すように尋ねてくる。
「それにしても意外だったのですが、先生は格闘術に心得があったのですね」
「ミレッカー公爵家共通の護身術として、嫌々やっていただけよ。まぁ、私は天才だからその位は習得できるけど、わざわざ身体なんて動かさなくても魔法一つで何でも解決できたし。それに……」
「それに?」
「格闘術ではお姉さまには敵わなかったから」
「またしても意外な……ご令姉さまは、先生以上に身体能力に優れていたのですね」
「お姉さまは筋肉お化けだから。小さい頃から何度挑んでも、正面からは一度も勝てなかったわ」
また思い出したくないことを思い出す。
私は答えながら、盗人を投げ飛ばした自分の掌を見つめた。
アレがお姉さまの取り柄だとは思わないけど、魔法はからっきしのクセに、護身術については簡単には追い付けない位に強かった。
日頃から訓練していたのか、あちこちで身体を動かしていたせいかは分からない。
だから幼い頃、私はよくお姉さまに勝負を挑んでいた。
本当はやりたくなかったけど、当時はどんな分野でもお姉さまに勝ちたいという気持ちがあったし。
確かに魔法で身体能力を向上させれば、お姉さまを上回るなんて簡単だった。
でも何だか卑怯じゃない、そういうの。
お姉さまからそういう目で見られることも、プライドが許さなかった。
(さぁ、勝負よ! 今度こそ、正々堂々お姉さまを負かしてあげる!)
(……相変わらず懲りないわね)
けれど結局、何回やっても勝てなかったわ。
全く、あんな細身の何処に私を投げ飛ばす力があるのか。
あんなの、もうお化けと変わらないでしょ。
(うわ~ん! お姉さまのバカ~っ!)
(カルメラ! またお前はエルミラを泣かせたんだな!?)
時々負けた私が泣いてお父さまが駆け付けることもあったけど、それでお姉さまが手を抜くことはなかった。
結局、勝つことを諦めた私は格闘術から遠ざかり、増々魔法に力を入れていった。
あんなもの、取り得にすらならない野蛮な武術。
そう、勝手に決めつけた。
「……つまり、先生はご令姉さまとよく遊んでいたのですね」
「な、何ですって? 私がお姉さまと遊ぶ?」
「違うのですか?」
「違うに決まっているでしょ。私はお姉さまに勝ちたかっただけ。どうして今の会話で遊ぶ、なんて単語が出てくるのよ」
呆れた。
どうしてそう、変な方向に考えようとするのかしら。
私達姉妹が仲の良かった時なんて一度もない。
そもそも仲が良かったら、こんな目に遭っていない。
牽制するように金髪をジトっと見つめる。
けれど彼は思い当たる節があるのか、すぐに反論してくる。
「本当に勝ちたいだけなら、幾らでも成し遂げられたはずです。先程の会話通り、先生は天才で、魔法で何でも解決できるのですから」
「……!」
「ですがそれをしなかった。ご令姉さまも、それを理解されていたからこそ、お相手をされていたのでは?」
それは私がズルをしたくなかっただけ。
そう言えば済む話なのに、言葉に詰まった。
お姉さまは全て分かった上で勝負していたという点が、どうしても引っ掛かった。
まるで私を気遣っていたような言い方。
でもお姉さまはいつも仏頂面で、何を考えているか分からなかったわ。
きっと私を格闘術で打ち負かして、良い気分になっていると思っていた。
だから悔しくて何度も挑んでいたのに。
いえ、そうじゃない。
本当に悔しいなら、魔法を使って幾らでも勝てた。
ズルをしてでも勝ちたいと思っていたなら、そうしていたはずなのよ。
まさか幼い頃の私は無意識に、お姉さまと遊ぼうとしていた?
一人寂しく掃除を任されてばかりだった、あのお姉さまに?
そんな。
そんなはず、ない。
私は振り払うように首を振る。
何でこんな、ついさっき会ったばかりの男にそこまで言われなくちゃいけないのよ。
自分を守るように、荒々しく返答する。
「か、勝手なことばかり言って……! 私のことなんて、何も知らないクセに!」
「そうですね。今の発言は推測で、私は先生のことを殆ど知りません」
金髪は気にした様子もない。
それどころかこちらを真っすぐに見つめてくる。
「だからこそ、貴方のことが知りたい。本当の貴方が何処にいるのかを」
青白い瞳には、下心のようなものは感じられない。
もっと別の、私自身すら知らない本心を探ろうとしている。
そんな風に思えた。
本当に何なのよこの男は。
人の私情に土足で踏み込んでくる、野蛮な弟子。
それなのに、何故かそこまで不快感を抱けない。
またよく分からなくなって、私は思わず視線を逸らす。
「……あまり近づかないでよ。破門にするって言ったでしょ」
「失礼いたしました」
持っていた皮袋を握り締める。
駄目だわ。
また胸の奥がモヤモヤする。
天才と呼ばれ、出来ないことなどないと言われてきたのに。
どうしてこんな、変な感覚ばかり纏わり付いて来るのよ。
「……モヤモヤする」
「そうですか」
「そうですか、じゃないわよ! モヤモヤして、くすぐったいのよ! こんなこと今までなかったのに! 全部、貴方のせいよ!?」
「成程。これも愛、ということですか。勉強になります」
「はぁぁぁ!? また訳の分からないことを言って……って、ちょっと! 何、笑っているのよ! この馬鹿弟子~っ!!」
腹黒弟子は納得したように頷くばかり。
感情の行き場が見当たらず、大声で叫んでしまう。
そしてその様子を見ていたのか、町の住人たちが目を丸くする。
あの人って従者じゃなかったんだと、周りからそんな声が聞こえた気がした。




