甘やかす、という毒
「はぁぁっ!? 私のドレスを売るぅ!?」
「はい」
「はい、じゃない! ふざけないでよ、この馬鹿弟子っ!」
「あぁ。私を弟子として認めて頂いたのですね。先生、ありがとうございます」
「わ、訳わかんないこと言っているんじゃないわよ!」
町へと向かう道中、森の中で私は叫ぶ。
買い出しに行くと言うから渋々付いてきたのに、口を開いたかと思えばコレよ。
今着ているドレスを売るですって?
耳を疑うとはまさにこのことだわ。
こういう時は、弟子であるこの男が全て賄ってくれるものでしょ。
それにこれは、お父さまが私のために特注で用意してくれたパーティー用のドレス。
どうして売らなくちゃいけないのよ。
やっぱり破門にしてやる、と思った矢先に腹黒弟子が続ける。
「一通りの掃除を済ませたとは言え、あの家には何もありません。そのため生活を営むための物資が必要になります。勿論、私の持つ硬貨や紙幣もある程度は提供しますが、それだけでは必要最低限の物資を揃え切る前に尽きてしまいます。しかし先生のドレスは、宝石が散りばめられた非常に高価なもの。物資だけでなく、暫く暮らせるだけの金銭も手に入るでしょう。ですので新しい衣服も含め、そこで全て新調しましょう」
「い、嫌よ! このドレスは、私がミレッカー公爵家の者である最後の証なんだから!」
「あまり酷なことは言いたくないのですが、先生は貴族令嬢としての立場を失われています。言わば、私と同じ平民。あの報せは私の耳にも届く程だったので、既に国中の者が知っていることでしょう」
「へ、平民……この私が……」
「そして本来ならば悪用させないため、追放時にそのドレスも取り上げられているはずなのです。それがされなかったということは、恐らくご令姉さま達の意志でしょう」
「ま、まさか、お姉さま達が……このドレスを売って生活の糧にしろと……?」
「先生にとっては苦しい決断であると理解しています。ですが、これは速やかに金銭面と生活面を補填できる唯一の案なのです」
わざわざドレスを取り上げられなかった仮説を聞いて、思い返す。
貴族から平民に降格された人は、身ぐるみを剥がされて放逐されることが多い。
それだけ重い罪を負ったのだから、罪人相手に何かを与える必要がない。
懲罰の意味も込めた処置、私も一度だけその光景を目にしたことがあった。
けれど私の場合はパーティー後に馬車に押し込められたものの、このドレスには手を出されなかった。
それで言うと、あのボロ屋もそうだわ。
罪人なんて辺境の道端に捨てられても不思議じゃないのに、一応は雨風を凌げるだけの場所に投げ込まれた。
いえ、私が罪人で平民だなんて認めたくないけど。
でもお姉さま達が私のことを憎んでいて、どうなろうが興味がないのであれば、そこまでは用意しなかった、ということ?
「これもご令姉さまの、せめてもの愛なのかもしれません」
「何が愛よ……馬鹿馬鹿しい……」
金髪の言い分に、私は毒づいた。
これがお姉さまからの愛ですって?
そんなこと考えたくもない。
本当に私を愛しているなら、こんな辺境に追放する訳がないんだから。
きっと私を追いやって、ほくそ笑んでいるに違いないわ。
平民だなんて有り得ない。
ドレスだって売りたくない。
これは正直な思い。
だけど明日の食事すら困るような状況。
首輪を外す本来の目的の前に倒れてしまったら、何もかもお終いだわ。
落ち着きなさい、私。
今、置かれている状況も一時的なもの。
首輪さえ外せば、また同じドレスを身に纏うことは出来るし、同じ立場に返り咲けるはず。
掃除の時と同じように、今だけは泥水を啜る思いで、それを受け入れるしかなかった。
「……分かったわよ。不本意だけど従ってあげる。でも、貴方も何か売れるものを売りなさいよ。私ばかり不公平だわ」
「しかし、その他となると殆ど必需品ばかりなので……あるとすれば、この木彫りの熊とか……?」
「何でそんな重そうなもの持っているのよ……」
ひょい、とバックから取り出した熊の玩具に思わずツッコミを入れる。
両手に持つくらいの大きさだし、どう見ても邪魔でしょ、それは。
でも確か木彫りの熊には、魔除けの意味があったわね。
元は彼も、不治の病に罹った身内を治すために来た訳だし。
家族から無事を祈って手渡されたのかしら。
そう思うと、それを売ってしまえとは言えなかった。
以前なら簡単に命令できたはずなのに、何故かしら。
何だか胸の奥がモヤモヤする。
「はぁ。もう良いわよ、大したお金にもならなそうだし。行くわよ、行けばいいんでしょう?」
「恐れ入ります」
よく分からない感覚を打ち払って、道を進む。
この男と関わってから変な感情に戸惑ってばかりだわ。
ムカつくこともされているはずなのに、それでいて大きな不快感もない。
理由は、分からない。
考えると余計にモヤモヤが大きくなる気がしたから、結局考えないことにした。
森を抜けた後は大きな道と合流し、時折人とすれ違いながらようやく町に辿り着いた。
一応この金髪碧眼からフード付きのローブを借りて、全身を隠していたこともあって、あまり注目を浴びることはない。
正直、こんな有様をジロジロと見られたくもないし。
そして以前までは馬車でひとっ飛びだった距離も、今は簡単にはいかない。
「着きました」
「ねぇ、これ帰りも歩くの? 疲れたんだけど……?」
「我慢して下さい。この場にそんな都合の良い乗り物はありませんので」
「うぅ……この鬼弟子……」
「代わりに、購入した物資を輸送できるサービスがないか、町で確認してみましょう」
全く、こんなに歩くのは久しぶりよ。
移動は全て馬車を使っていたし、長距離を歩かせること自体が無礼という認識だった。
だから抱えて歩いてほしいという思いはあるけど、この金髪が簡単に受け入れる訳もない。
それに抱えられて周りから注目されたくもない。
言葉を呑み込んで町の様子を窺った。
随分と小さな町ね。
辺境にある場所なら当然なのかもしれないけど、王都の活気とは全く違う。
のんびりとした空気すら感じる。
旅人らしく弟子志願が普通に歩いていくので、私もその後ろを追っていく。
すると離れた場所から住人の話し声が聞こえてきた。
「ねぇ、聞いた? 王都で発表された、あの話……」
「えぇ。帝国の王族を呼んで会談を行うのよね。突然どうしたのかしら」
「やっぱり、公爵家で起きたお家騒動が関係しているのかも」
「でも、来訪される方の中には……あの幻魔と呼ばれた……」
盗み聞きなんて真似はしたくないけど、私の情報はここに追放された時から止まっている。
新たな動きを耳にすれば、聞き逃さない訳にもいかない。
そしてそれは、私と関係のある話でもあった。
「帝国の王族達とパーティー? 権威が健在であることを示すつもりなのかしら? 私を追放しておきながら、よくもそんなことを……」
「……」
「何よ、そんな神妙な顔をして」
「いえ、お気になさらず。先生こそ物珍しい表情をされていましたが、こういった町を訪れるのは初めてですか?」
「まぁ、そうね。こんな町なんて、馬車から庶民を眺める以外に来たことがなかったし」
何だか話題を逸らされた気もするけど、まぁ良いわ。
帝国との会談は気になるけど、今の私にはどうすることも出来ない。
詳しく聞いた所で、お姉さま達が調子に乗っている話しか聞こえてこなさそうだわ。
それ以上に今は、確固とした目的がある。
町の地図なんて持っていないから、アレかなコレかな、なんて金髪と話し合いながら、ようやく洋服屋らしき場所に辿り着く。
見えるのは何の変哲もない、ごくごく普通の様相。
はぁ、本当に売るのね。
覚悟を決めて店内に入った私達は、その場でフードを取った。
幾ら辺境の場所と言っても、例の件は知っていたみたい。
私の顔を見て、女店員が目を見開いた。
「ま、まさか、貴方はっ!?」
「このドレスと引き換えに、一番良いものを用意しなさい。これは命令――」
平民相手に見下される訳にはいかない。
当然のように、今までと同じ口調で事を進めようとした。
するとあろうことか、唐突に現れた木彫りの熊が私の頬を突っついてくる。
「むぎゅう!? ま、また私の頬っぺたを!? 何をするのよ、馬鹿弟子!」
「いけませんよ、先生。そんな威圧する態度ではなく、もっと柔らかく接しなくては」
「や、柔らかく……?」
「相手と親睦を深めるように。やり方はご存じのはずです」
「でもっ!」
「でも、ではありません。さぁ、もう一度です」
熊を抱えた腹黒弟子が、冷静な態度で促してくる。
意味が分からないわ。
どうして丁寧に接しなくてはいけないのよ。
今まで従者や店員相手に、そんな態度でおねだりをしたことなんてない。
だけど、目の前の金髪は有無を言わせない笑顔で迫ってくる。
おかしい。
まるで、責められているような感覚だわ。
こんなこと、今までの男達は誰もしてこなかったのに。
拒否できないまま、止まりかけのゼンマイ人形のように、私はぎこちなく向き直った。
「あ……あの……」
「は、はい……」
「このドレスを売るから良いものを揃えて……下さい……」
「はいっ! か、確認してみますっ!」
女店員は慌てて奥の方へ駆け出していった。
幸い店内は閑散としていたけど、私が敬語を使った事実は消せない。
自分でも顔が真っ赤になっているのが分かる。
「お疲れさまです」
「屈辱……屈辱だわ……」
「確かに先生にとっては受け入れ難いことでしょう。しかし、一歩ずつ踏み出さなければならない時でもあります。安心して下さい。もし踏み外しそうになった時は、私がしっかりと注意しますから」
「注意って、相変わらず生意気……。お父さまにも叱られたことなんてないのに……」
こんな哀れな姿を見られるなんて最悪。
しかも今度はまた柔らかい態度で接してくるし。
何なのよ、もう。
あまりに図々しい口を利くから、こっちも口を尖らせながら反論する。
けれど金髪は私の発言に驚いたようで、目を丸くした。
「叱られたことがないんですか?」
「当然でしょ。私は天才だもの。お父さまはいつも、私を甘やかしてくれたわ。叱られるのはいつも、お姉さまの役目だった」
「……あぁ、成程。そういうことだったのですね」
「何よ、その目は」
「先生は勘違いされています。甘やかすだけの行為は、ある意味では毒になり得るのですよ」
毒ですって?
意味が分からず、尖らせていた口を引っ込める。
甘やかされることにどんな毒があるって言うのよ。
褒めて伸ばすという言葉だってある。
出来る人が褒められるなんて当然のことじゃない。
加えて私は天才だから、周りから褒められてばかりだった。
お父さまだって、周りの従者や他の貴族だって、ずっと私を持て囃してくれたんだから。
「はぁ? 何が毒だって言うのよ?」
「先生はきっと、今までどんな願いでも受け入れてもらえていたのでしょう。どんな無茶を言ったとしても、自分を甘やかしてくれる。そんな思考に、先生も心当たりはあるのでは?」
「そ、それは……」
「確かに甘美なものです。身の回りの人が何から何までやってくれるのですから。ですがそれに慣れてしまえば、甘い蜜は毒に変わっていく。言うことを聞いてもらおうと、更に自分のしたいことを押し通すようになってしまう」
威勢よく反論したのに何も言えなくなる。
心当たりがない訳じゃない。
確かに私は、自分の思い通りにならないことがあれば、更に強い言葉で周りを従わせようとしてきた。
国一番の魔法使いで公爵令嬢である私に、真っ向から逆らう人なんていない。
天才なのだから、言うことを聞くのが当然のこと。
相手が店員でも、第一王子のクラウスであっても、同じだと思っていた。
その考えが毒だったと言うの?
ずっと褒められてばかりだったから、褒められるのが当然だと思ってしまったということ?
でも今更そんなことを言われても、分からないわよ。
「以前、本で読んだことがあるのです。自分で立って歩き出すことこそ、成長の証だと」
「……意味わかんない。もう良い。色々試着するから離れていなさい。近づいたら破門にするから」
「心得ています」
投げやりな言葉に律儀に返答してくる。
本当に調子が狂うわ。
私は天才で、魔法で知らないことなんて一つもないのに、今は分からないことだらけ。
またさっきと同じ、モヤモヤとした感覚が湧き上がる。
私はその妙な感情を抱きつつドレスの代わりになるものを選び、試着室で色々試してみた。
う~ん。
やっぱり辺境の洋服屋では、質も微妙なものばかりだわ。
まぁ、貴族相手の店ではないのだから仕方ないけど。
今までは洋服も勝手にやって来て、従者が勝手に着せてくれていた。
だから自分で着替えるなんて数える位しかない。
何かをするのは常にお姉さまだった。
叱られるのも、言いつけられるのも全てお姉さまの役目。
昔から私はそれを遠くから眺めていた。
ずっとそうだったから疑問にも思わなかったけど、一度だけお父さまに聞いたことがある。
(ねぇ、お父さま? どうしてお姉さまは、いつも叱られているの?)
(カルメラは要領が悪いんだ。こうでもしないと、言うことを聞かないんだよ。なぁに、エルミラが気にすることではないよ)
(ふ~ん?)
適当に納得した。
それが普通のことだから、気にする方が間違っている。
お姉さまは出来が悪いから叱られている。
そう、思ってしまった。
結局、今では立場がひっくり返った。
甘やかされていなかったお姉さまは、真っ向から私に歯向かった。
それはつまり、お姉さまは毒を制したということ。
いつの間にか毒になっていた私を、克服したということなのかしら。
分からない。
何が正しくて、何が悪かったのか。
「叱られるって……どんな気持ちなのかしら……」
もっと叱られたら、私にも何かが分かるのかしら。
新しく着替えた服を見て、鏡の前で少しだけ左右に身体を捻ってみる。
まぁ、この服ならギリギリ及第点ね。
他にも何着か、それと寝間着も揃えないと。
どうにもモヤモヤが取れないまま、振り払うように他の服に着替えようとした矢先。
「きゃーーっ! ご、強盗よーーっ!」
慌しい音と共に、奥から店員の悲鳴が響いた。




