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この弟子、言うことを聞かない

追放された私の前に現れたのは、弟子志願の金髪碧眼優男。

勿論私の手に掛かれば、一人の男を手玉に取るくらい訳はない。

利用して首輪を外せば、お姉さま達を見返すことが出来る。

公爵令嬢として、また元の立場に返り咲ける。

それが今の目的であり、華麗な復讐劇の始まりになるはずだった。

けれど――。


「って、何よこれ~っ!?」


三角巾を被せられ、はたきと箒を持たされた私は叫ぶ。

え、何でこんな格好をさせられているのよ。

どうぞと言われて身に着けたけど、冷静に考えるとおかしいじゃない。

公爵令嬢として在るべき姿ではないわ。

するとこんな格好にさせた当の本人、例の弟子志願が現れる。

彼も同じようにはたきと箒を持っていたけれど、動揺する私を見て不思議そうに返答した。


「掃除です」

「見れば分かるわよ! どうして、私まで掃除をしなくちゃいけないのよ!」

「……? ここは先生の家ですよね?」

「私の家じゃないっ! あと、先生でもないっ!」


反論が追い付かない。

まさかこの私に掃除をさせるというの?

第一王子の婚約者で次期王妃もあったこの私に、従者と同等の仕事をさせると?

正気なのかしら、この金髪は?

全く悪びれもしない態度に、私は目を疑う。

大体、弟子にしてくれたら色々手伝うと言っていたじゃない。

どうして逆に手伝わなくちゃいけないのよ。


「弟子に志願したんだから、貴方一人でやりなさいよ!」

「汚れ自体は然程ではありませんが、家中全てを私一人で行っていては日が暮れてしまいます。他にもやらなければならないことはありますし、まさか私に全て任せるなんて、そんなことは言いませんよね?」

「言うわよ! 掃除だなんて汚いこと、したくな――!」


拒否しようとすると、彼は一歩距離を縮めてくる。

そしてあろうことか、持っていた箒の柄の部分で私の頬を突っついてきた。


「むぎゅう!? な、何をするのっ!?」

「それでは愛は育まれません。愛とはつまり、思いやりと尊重の精神。先生にはその思いが決定的に欠けています」

「生意気、生意気っ! 私はあのエルミラ・ミレッカーなのよ! 何で私の言うことを聞かないのよぉ!」

「理由は一つ。先生のためになりませんので」


両手を上げて抗議しても、腹黒男は首を振るだけ。

こんなの絶対におかしいわ。

教えてもらう立場でありながら口答えする弟子なんて、見たことも聞いたこともない。

そもそも今までの男達は、私に首を垂れて従ってくれていたのに、どうして言うことを聞いてくれないのよ。


「今までの人達は、もっと私を愛してくれたのに……」

「それは貴方を愛していたのではなく、貴方の立場や権力に従っていただけでしょう」

「なぁっ!?」

「しかし、先生は貴族という立場を追われました。これからは、自分の力で生きていかなければなりません」


考えたくない言葉が降りかかる。

誰も私のことを愛していなかったなんて、そんな訳がないじゃない。

今までずっと、皆が私に甘い言葉を掛けてくれたのだから。

でも考えてみれば、あのパーティーでは誰も私を助けようとしなかった。

普通なら身を挺して庇う所なのに、気まずそうに視線を逸らすだけ。

じゃあ、まさか?

本当なの?

彼らが愛していたのは、私の力と権力だけ?

そして、これからは自分で自分の面倒を見なければならないの?

愕然としていると、目の前の優男が続ける。


「ご安心を。私を弟子として頂いた以上、ある程度は助力いたします。しかし、私は今まで尽くしてきた従者達とは違いますので、お忘れなきよう」


結局は何も言えず、首輪を外す目的のためにも、私は裏口の掃除をすることになった。

埃を吸い込まないように、もう一枚布巾を顔に巻きつつ、箒を使って溜まっていた汚れを外へ掃き出す。

同じように、あの弟子志願は内部の掃除に取り掛かっていた。

奥から箒を掃く音が聞こえるから間違いはないでしょう。

溜め息を堪えながら、私ははたきや箒を振るう。

確か掃除は上から下、奥から手前が基本だったかしら。


「もうっ。この私に掃除を押し付けるなんて、本来なら懲罰ものなのにっ」


冷静に考えなくても、ドレス姿で掃除なんて有り得ないんだけど。

掃く度に汚れないか気になって仕方がない。

けれどそれ以上に気になるのは、こんなことをしなければならない程、自分が堕ちてしまったという事実。

本当に自分が追放されたという現実。

ボロ屋を掃除している自分を客観的に見て、ただ打ちひしがれる。


手を動かしながらも、心の何処かで抵抗はしていた。

貴族令嬢が掃除なんてする訳がない。

今ここで行っていることは恥でしかない。

こんな目に遭わせた連中に報復をしなければ気が済まないわ、と。

けれど、そこまで考えて思い当たることもあった。


「……そう言えば、お姉さまも屋敷の掃除をしていたわね」


かつてのことを思い出す。

それは私がミレッカー公爵家の屋敷で、何不自由ない生活を送っていた頃のこと。

私は時々、お姉さまが屋敷の掃除をしている所を目にしていた。

理由はよく分からない。

代々受け継ぐはずの魔法の才能を持っていなかったからなのか、何か別の失敗をしたせいなのか。

屋敷で働く従者なんて幾らでもいたのに、本当の従者のように窓ガラスを拭いたり、掃き掃除をしたりしていた。

そして私は一度も掃除をしろ、なんて言われたことはない。

勿論そんなことしたくなかったけれど、気になって一度だけお父さまに聞いたことがある。


(ねぇ、お父さま? どうしてお姉さまは掃除をしているの?)

(カルメラに出来ることはそれ位だからな。なぁに、エルミラが気にする必要はないよ)

(ふ~ん?)


全てはお父さまの指示。

屋敷の従者だって何も言わない。

私だって同じだった。

お父さまがそう言うなら自分はしなくて良いと、そう解釈した。

どうせお姉さまが悪いんだと、よく分からない優越感に後押しされた。

だから手伝うという考えも起きなかったし、お姉さま自身も手伝ってほしいなんて一言も言わなかった。

あの時のお姉さまは、何を思っていたのかしら。


「順調ですか?」

「ちょっ……。急に話しかけないでよ……」


嫌な考えを取り留めもなく続けていると、暫くして声を掛けられる。

振り返ると箒を持った金髪優男がいた。

全く、この男は相変わらず突拍子もないわね。

反射的に返答しつつ、周りを見てみる。

すると考えごとをしながらも、無心で手を動かしていたせいかしら。

気付けば割と綺麗になっていた。

一見して、埃や塵は見当たらない。

まぁ、それで私が納得する程かと言われれば、そんなことはないんだけど。


「近辺は綺麗に清掃されていますね。流石です」

「当然でしょ。下僕達に出来て、私に出来ないことはないわ。本来なら私の聖魔法で、聖域化させることも出来るんだから」

「一般的な家屋を聖域にされても困るのですが……」

「それで? 貴方の方は終わったの?」

「水拭き等の後作業は必要でしょうが、掃き掃除は終わりました」

「……やっぱり、貴方が全部やった方が早かったでしょ」

「まさか。それにこれは、手分けをすることに意味があるのですよ」


また訳の分からないことを言う。

手分けをすることに何の意味があるのよ。

無駄に汚れて疲れるだけじゃない。

と、色々と言いたいことはあったけれど、それ以上に頭の中で過ぎるものがあった。

かつて掃除を任されていたお姉さまの姿。

この男は旅人できっと平民だし、貴族の生活なんて知らないでしょうけど、それでも聞けば何か分かるかもしれない。

そんな気がした。


「……ねぇ、一つ聞きたいのだけど」

「何でしょうか」

「掃除って、好きでするものなの?」

「そういった方もいらっしゃいます。ですがどちらかと言えば、内部の汚れから発生する怪我や病気を防ぐ、という意味で取り組む方が多いでしょう。掃除も言わば、一種の医療行為なのです」

「……」

「何か気になることでも?」

「何でもないわよ。ただ少し、お姉さまを思い出しただけ」


少しだけ俯きながら、考えていたことを吐露する。


「お姉さまはよく、屋敷の掃除を命じられていたわ。私が気にする程に屋敷が汚れていた訳でもないのに、どうしてあんなことしていたのかしら」

「……前提が間違っていますよ。周りからそれを強制されていたのでは?」

「そんなの、断れば良いじゃない」

「それが出来る立場であったのなら、きっとそうしていたでしょうね」


妙に控えめな態度で、そう言われる。

そして断れない立場、というものを考えてみた。

でも、よく分からないわ。

お父さまからの指示を断ったことなんて、私は幾らでもある。

公爵家令嬢としての儀礼とか、仕方なくやることもあったけれど、基本的に私が嫌だと言えば、お父さまはそれを免除してくれた。

だって私は天才で、選ばれた人間だから。

断ったとしても許される立場なのだから、それが当然と思っていた。

だから断れない立場なんて、お姉さまの境遇なんて、今まで考えたことがなかった。


「嫌なことを無理矢理させられるって、どんな気持ちなのかしら……」

「残念ながら、私には分かりません。何にせよ、先生のご令姉さまは公爵家令嬢としての立場を取り戻しました。自分の意志と反する命令に従うこともないでしょう」


今やお姉さまと私の立場は逆転した。

今度からは、掃除を強要される必要なんてないのかもしれない。

自分が同じ立場になって、ようやく気付く。

お姉さまは今の私と同じように、恥と屈辱を感じ、自分をこんな目に遭わせた人達に復讐しようと考えていたのかしら。

だったら、あのパーティーでの冷たい視線の理由も分かる。

私は、それだけ酷い仕打ちをしていたの?

じゃあ、私はどうすれば良かったの?

押し黙っていると、弟子志願がスッと何かを差し出してきた。


「さて、この状態で裏庭の井戸が整備されていたことは僥倖でした。こちらをどうぞ」

「何これ」

「雑巾です。水は絞っておきました。私は奥を拭きますので、先生はこの付近をお願いします。あぁ、水はここに汲んでおきましたので、自由に使って下さい」

「……」

「そんなに嫌そうな顔をしないで下さい。これが終われば、掃除も終わり。ようやく外へ出掛けられます」


本当に無礼な男。

今の回答で少しだけ感謝してあげようと思ったのに、これだわ。

こっちの気など知りもしない。

けれど、外へ出掛けるという言葉が私の中で引っ掛かった。


「外? 何処に行くのよ?」

「買い出しです」


弟子志願の金髪がニッコリと微笑んだ。

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