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「ごめん、ヘレナ……」
エリス様は軽く頭を下げた。
「あ、謝るのは私ですよ! 申し訳ございません! からかっちゃって……」
「い、いいんだよ! ……嬉しかったし」
……お互いに恥ずかしくなり、しばらく沈黙の時間が流れた。
「そ、そうだ! この間読んだ小説なんだけど……」
「え、えぇ!」
◇
「もう夕方だね」
「そ、そうですね」
気が付くと、もう日が落ちる時間になってしまった。
はぁ……エリス様……。
私はエリス様に見とれてしまって、会話の内容は2割くらいしか入っていない。
やはり、私はエリス様の事が……。
「じゃあそろそろ帰るね、今日はありがとう」
「お、お待ちください!」
私は思わず、エリス様を引き留めた。
「な、なに?」
「あ、あの……その……」
私は何を言うべきか分からなかった。
どうしましょう……引き留めたからには何か言わないと……。
「その……エリス様は、その……女性にご興味は……あるのですか?」
「……それ、どういうこと?」
「え、えーっと……その……恋愛……対象とか……」
「え……?」
エリス様は再び顔が真っ赤になった。
「いや、あの、私じゃなくて、お友達が……ご興味があるみたいで……同性に……」
「だ、だよね! そうだよね! あはは……」
どうしましょう……エリス様に変な誤解を与えてしまったのでは?
「ボクは別に……興味があるかないかといえば……ある……かな」
「え……?」
「ボクはほら……男として育てられたから……元々女性と結婚する予定だったんだ。でも弟が産まれてからそれが帳消しになって……ボクは彼女の事、好きだったんだけど……彼女はその後男性と結婚して……」
「……」
どうしましょう……エリス様のお顔が暗くなっていく……。
……昔、女性の恋人がいらっしゃったのですね。
何か元気づけられる言葉を……そうだ!
「あ、あの! エリス様!」
「……」
「私は……エリス様はエリス様のままでいいと考えます!」
「……え?」
恥ずかしい気持ちもあったが、率直な意見を言ってみた。
「エリス様は、その方の事、お好きだったんですよね?」
「う、うん……」
「その気持ちは……別に持ったままでも別にいいと思います!」
「……」
「上手くは言えませんけど……私はそう思いますよ!」
私が個人的な意見を言うと……エリス様は……笑い出した。
「……ふふふ、ボクのまま、か」
「……えぇ」
「ありがとう、ヘレナ。なんか落ち着いたよ」
「ど、どういたしまして……」
……エリス様の笑顔、とてもかわいい。
見た目は男性的だけれども、笑顔はとても女性的で、魅力的だ。
なんでしょう……この気持ちは……やはり、私はエリス様の事が……。
「じゃあボクはそろそろ帰るね、今日はありがとう」
「あ、お見送りします!」
私たちは玄関へと向かった。
「だから掴まなくても……」
「ダメです! 転ぶかもしれませんから!」
「……うん」
◇
「ボクのまま……」
家に帰ると、ボクはヘレナに言われたことを振り返っていた。
……確かに、ボクは男として振舞っていた時の恋人は心の底から好きだった。
彼女も、ボクを男として見てくれていた。
……でも、彼女は男としてのボクを愛していて、女としてのボクを見てくれてはいなかった。
でも、ヘレナは、ボクを両方の目線で見てくれていると、ボクをボクとして見てくれているような……そんな気がする。
「ヘレナ……」
……ずっと思っているこの気持ち。
ボクはやはりヘレナの事が……。
「ダメだ! ボクはもう女だ! 女であるボクが女を愛すなんて……おかしいよ!」
ボクは頭を抱えて自分に言い聞かせた。
『エリス様は、その方の事、お好きだったんですよね?』
『その気持ちは……別に持ったままでも別にいいと思います!』
『上手くは言えませんけど……私はそう思いますよ!』
……ヘレナはそう言ってくれた。
そうだ、別に女を愛そうが、別にいい。
ボクは彼女の事を愛していた、それは彼女が女だったからじゃない。
ボクは彼女そのものを愛していたんだ。
そして今は……。
「ヘレナの事が……」
ヘレナ、もう一回、君に会いたい。
そして、君に気持ちを伝えたい。
……そうだ、今度はこっちから招待状を送ろう。
家に招くよりも……どこか景色がいい所が良いな。
この辺で良い場所は……そうだ!
◇
「エリス様……」
エリス様がお帰りになって既に数時間。
私はずっとエリス様の事を考えていた。
エリス様は見た目はとても男性的だ、でも所々に女性らしさを感じられて……かわいい。
「どうしましょう……エリス様……」
結婚するなら、エリス様のような男性と結婚したい。
でも、エリス様は女性、女性が女性を好きになるなんて……ましてや結婚なんて……。
「……エリス様、私はどうすればいいのでしょう?」
エリス様は……私の王子様なのかもしれません、男爵家のご令嬢なのですが……。
◇
「お嬢様、お手紙が届いております」
「私にですか?」
私宛に手紙が届いたようだった、その内容は……。
『拝啓 伯爵家令嬢ヘレナ・モルドバ―グ様、次の日曜日、我が領地内にあるディディウス海で、語り合いたいと存じます、お返事をお待ちしております。 ピエリス・サーロス』
エリス様だった。
エリス様からの初めてのお手紙……私は歓喜した。
私は返事をすぐに書いた、答えは勿論YESだ。
エリス様にまたお会いすることができる……それだけでも嬉しい。
私は次の日曜日が楽しみで仕方がなかった。
◇
次の日曜日。
お屋敷にエリス様がいらっしゃった。
エリス様はいつもの男装ではなく、白いワンピースをお召しになっていた。
……かわいい。
「お待たせヘレナ! ってうわぁ!?」
エリス様は相変わらずだった。
私は転びそうになったエリス様を支えた。
「大丈夫ですか?」
「ごめん……」
エリス様のドジなところ、私は大好きだ。
「じゃ、じゃあ、行こうか!」
「えぇ」
エリス様にエスコートされ、私は馬車に乗り込んだ。
私は今、エリス様のお隣に座っている……。
近くで見るエリス様は……格段に美しい。
私はエリス様に見とれた。
「な、なに? ヘレナ」
「い、いえ! なんでも!」
私は思わず目線を逸らした。
馬車には気まずい空気が漂っている。
この間会った時にあんな話をしたので……意識されていると思われているのでは?
そう考えると……恥ずかしいですね……。
って! エリス様がそんなこと思われるわけ……。
「ねぇヘレナ」
「は、はい!」
「その……今向かっているディディウス海だけど……」
「え、えぇ……」
エリス様が空気を換えようと話題を振ってくれた。
……あぁもう! 私ったら何をしているのでしょう! エリス様に気を遣わせて!
私は恥ずかしい気持ちを抑えつつ、エリス様と会話を楽しんだ。
◇
「さ、着いたよ」
「は、はい……」
結局また会話の内容を覚えられなかった。
何度話を合わせようと苦労したことか……。
「どうしたの? もしかして……楽しくない?」
エリス様は苦い表情を浮かべている。
「い、いえ! そんなことは! 無いです! ありえません!」
「そ、そう……?」
はぁはぁ……危なかった……。
「じゃ、じゃあ、海を眺めながら……お話でもしようか!」
「は、はい!」
使用人の方がシートを敷き、私たちはそこに座り込んだ。
き、緊張します……ちゃんとお話ができるのでしょうか……?
「そ、そういえば、この間読んだ小説なんだけど……」
「え、えぇ!」
◇
「……もう夕方だね」
「はい……」
またも、お話をしていたら既に陽が沈もうとしていた。
あの時と……同じ……。
「で、ではそろそろ戻りましょうか!」
私がそう言って立ち上がろうとした……その時。
腕が引っ張られるような力が働いた。
ふと腕を見ると……エリス様が私の腕を掴んでいた。
「……エリス様?」
「……ヘレナ……もうちょっと、海……眺めない?」
「え、えぇ……」
私は再び腰を掛けた。
エリス様は未だ私の手を掴んでいる。
……え?
「ねぇ……ヘレナ」
「な、なんでしょう……って……」
エリス様は両手で私の手を掴んだ。
「……ヘレナ」
「え、エリス様……?」
エリス様はまっすぐ私を見つめている。
な、なんでしょう……心臓が高鳴って……。
「ボクの言う事、しっかり聞いて欲しいんだ」
「は、はい……」
「ボク……ヘレナに言われたこと、あれからずっと考えていたんだ」
「私の……言ったこと?」
「うん……ボクはボクだって話」
「はい……」
私は真剣にエリス様の言っていることを聞いていた。
エリス様は……顔を赤くしていた。
「ボクは確かに……前の恋人の事、愛していたんだ。それは彼女が女だからとかじゃなくて、一人の人間として……」
「……」
「……でも、彼女は男としてのボクを愛していたんだ、だからボクが女だと分かると、違う男の所へ行ってしまった」
「……」
「ボクはその時、とても辛かった、悲しかった……女である自分を呪った……でも、ヘレナはボクはボクだと言ってくれた……」
なんでしょう……エリス様は……恥ずかしがっているように見えます……。
「だから……男とか女とか関係なく、ボクとして……この言葉を伝えたい……」
「……言葉?」
「……うん」
私の手を握るエリス様の力が強くなり……私をまっすぐ見つめたまま、エリス様は口を開いた。
「ヘレナ……ボクは君の事が好きだ!」
「……え?」
今……何と仰いました?
エリス様が……私の事を……好き?




