Vol.8
「……くっ……」
ようやく一人になれた優太は、静かに涙を頬に伝わせる。
――俺の5年間の片思い、これで終了かよ。
やっと話せるようになったのにまた逆戻り?
そう思っただけで1日中でも泣いていられそうだった。
優太が衣の存在に気づくのは小学校5年生のときだった。
そう。
実際には衣とは小学校も同じだったのに、クラスだって1年生のときと2年生のときは一緒だったのに、優太のほうはそれをさっぱり覚えいないのだ。
新学期初日のこと。
教室に入って席に座り何となく教室の中を見渡したときだった。
――すっげーカワイイ……。
優太はぽかん、と口を開けて衣に見とれてしまった。
小さくて目が大きくてちょっと茶色っぽいまっすぐな髪が肩までかかっていた。
そしてなんといってもその愛くるしい笑顔。
その衣の姿に優太は一目で恋に落ちた。
しかしほどなくして、衣と話すことは非常に困難なことを優太は知ることになる。
自分を含め男の子の前になると優太を虜にしたあの笑顔は消え、怯えた目をして無口になる。
それならまだマシな方で、酷いときはクラスの男子に「おっはよー」と肩をぽんっと軽く叩かれただけなのに「触らないで!」と泣き叫び大騒ぎになることもあった。
原因は1年生のときのクラスの男子にいじめられていたことがあり、それ以来衣の中では『男子が話しかけてくるあるいは触れてくるイコールいじめられる』という公式があるようで……というのをクラスの女のコ達が言っていた。
そのため「小橋衣は大の男嫌い」と男達はかってに噂していた。
そのため嫌われたくない優太は、男子にはもちろん女子にもする「元気」「明るさ」「優しさ」の大盤振る舞いサービスを、衣にだけはサービスどころか挨拶さえも提供できなかった。
けれど近づけないと思うほど、手に入らないと思うほど、衣への思いは募っていく。
なんで俺は男なんだろう。
なんで俺は男に生まれてきたんだろう。
女に生まれたかったな。
そうすれば毎日一緒に遊べるし、一緒に帰れたのに……。
女に生まれていたら衣に対してこんな思いはするはずないのに、そんなことに全く気づきもしない優太は本気で自分が男である事を後悔する日々を送っていた。
そうこうしているうちに優太も6年生になる。
優太の学校は6年生になると校内にある運動部のどこかに所属する決まりがあった。
「んーどうすっかなー」
優太は教室で自分の席に座り鉛筆を鼻の下ではさんで腕を組んで真剣に悩んでいた。
勉強は大嫌いだけど運動ならなんでもやりたい優太は、初めは担任に、
「先生、全部入りたい!」
と入部届に小さく全部の運動部の名前を書いて提出した。
しかし担任は苦笑いし、
「おまえの気持ちはよくわかるしそうしてくれたほうがみんなも喜ぶとは思う。おまえ1人いればその部は強くなるしな。けど、……並木1人だけそれを許すわけにはいかないんだ、すまんな」
……というわけで担任から新しい入部届をもう一度貰って教室に帰ってきたのだ。
「あーどうしよっかなぁ……」
優太は届に記されている運動部をじーっと見る。
……そのときだった。
クラスの女子たちが教室に入ってきた。
そして同時に優太の心臓はドクッ、と音を立てた。
――ここここ、小橋さんっ。
教室に入っていた女子の群れの中に隣を歩いていた女のコと笑い合っている衣がいたのだ。
――やっぱかわいいなぁ。ちょっと、もうちょっと、こっち見てくんないかな……。
鉛筆だけでも普通に持てばいいのに、優太は相変わらず鉛筆を鼻の下に挟んだままで衣に見とれていた。
「ねぇねぇ、何部にした?」
優太がそんなことをしてることには誰も気づかず、1人の女子が全員に質問を始めた。
「あたしバレー」
「あ、あたしも」
「あたし卓球」
「あたしはバドミントン」
めいめいが好き勝手に喋りだす。
「衣は?」
誰かが衣に質問する。
「……あたしは、バスケ」
「バ、バスケぇ?!」
衣の返事にみんなが驚いた。
「だ、大丈夫?バスケって結構ハードだよ?」
また誰かが衣を心配した。
彼女が心配するのも無理はない。
衣は勉強の方は常にクラスで1番の秀才だけど、運動の方はあまりよろしくなかったのだ。
「あたし、小さいときからバスケやってるところ見てるの好きなの。だから入ればすぐ近くでいつも見れるでしょ?」
衣はそう答えて笑っていた。
……そこから優太はもう、女のコ達の会話は聞いちゃいなかった。
一瞬で届に「バスケットボール」と書き、届を左手にそして鉛筆を右手に握り締めて職員室へ走った。
「先生っ、よろくお願いしますっ!」
優太は職員室に入る前の挨拶もロクすっぽしないまま、担任の机にバンッ!と届を置いた。
「……並木、本気か?」
担任が何を心配しているのかは視線でわかったが、優太はニカッと笑って返事もせず職員室を出た。
そうなのだ。
今もそうだが、小学6年生の優太も138センチの「どチビ」。
別に何を選ぶのも自由だけど、でもよりによって身長がないと不利なスポーツを選ばなくても……。
担任はそう言いたかったに違いないのだ。
けれど、優太の気持ちはもう変わらなかった。
――バスケをやっていれば小橋さんは俺を見てくれるかもしれない。
そんな根拠のない期待に胸を膨らませたのだ。




