Vol.9
……しかし。
現実は甘くなかった。
部員は全員身長150センチ以上あるのに一人だけ極端に小さい優太はいつも埋もれてしまい、何をするにしても上手くいかない。
シュートしようとすれば必ず邪魔され、パスしようと思っても簡単にカットされてしまう。
せっかくかっこいいところを衣に見せたくて始めたバスケなのに、これではみっともない所をさらけ出しているだけで本当にカッコ悪い。
これでは見て欲しくない状態だ。
――なんかないのか?なんか方法ないのかっ?!
優太は毎日毎日ない頭を使って考えるが、残念ながらない脳みそからは何も出ない。
そのうちだんだん考えるのも嫌になってしまって、練習に身が入らなくなっていった。
……だが、世の中そんなに捨てたもんじゃない。
ある日の放課後。
とうとう優太は練習に行かずにバスケ部顧問のところへ転部願いを申し出る。
「先生、今から他の部に変えることってできますか?」
それは優太にとって人生で初めて味わった挫折だった。
本当はこんなことは言いたくない。
きっともう少し頑張れば何とかなるのかもしれない。
だけど、隣で衣が見ていると思うともう逃げ出したかったのだ。
「並木、これ貸してやる。今から教室戻って見てこい」
突然顧問はカバンの中から取り出した1本のビデオテープを優太に差し出した。
「……何ですか?コレ」
優太は担任を見上げ、目をぱちぱちさせる。
「これはもともと並木が行き詰って追い詰められたら見せてやろうと思ってた。コレを見れば並木が……いや、並木にしかできないことがきっとわかるはずだ」
顧問はそう言って優太の手を取るとビデオを持たせた。
「ほら、早く見て来い」
顧問は優太の肩を取りくるりと背を向けさせ、背中を押した。
「……じゃ、見て来ます」
顔だけ顧問に向けて優太はぺこっと頭を下げる。
「並木」
「……はい」
顧問に呼び止められ、優太は振り返る。
「俺は並木がバスケ部に入って来てくれたときから考えてたことがあった。もしそれを並木がやってくれるならうちのチームは絶対優勝できると思ってる。だから気づいてくれよな?」
顧問は優太ににっこり笑って「ほら、早く行け」と手をしっしっと振る。
――うーん、何が映ってるんだろう……?
顧問の話は国語力がかなり乏しい優太にはほとんど理解できないままだったが、とりあえず見てみるかと職員室を後にした。
そして、そのビデオを見た時から、優太の逆襲(?)が始まるのだ。
球技大会小学生の部決勝戦。
ピ、ピーッ。
体育館のフロアにホイッスルが鳴り響く。
その音に優太はコートのド真ん中で、
「勝ったーっ!」
とバンザイし目をうるうるさせた。
チームのメンバーも優太のところに集まり「勝った!勝った!」と喜んだ。
あれから3ヶ月が過ぎていた。
どチビのためにまったくバスケで花が咲かずもうバスケを辞めようとしていた優太が、今ではムードメーカー兼司令塔にまで大出世していた。
もうバスケ部を辞めると言いに行ったあの日に顧問から借りたビデオで優太は変わった。
優太が見たビデオにはアメリカで活躍している日本人プレイヤーが映っていた。
彼はアメリカ人というか黒人の中にいるせいもあってひときわ小さく見えた。
しかし彼はチームには欠かせない存在だった。
とにかく足が速い。
チーム員が「いて欲しい」と思うところにいつの間にかいる。
パスを貰ってからは早いしドリブルも低いので誰も追いつけないし誰もカットできない。
で……あっという間にボールはリングをくぐる。
またよく彼を見てみると……試合に出ている選手の中で群を抜いていちばん走っている。
コートの中をいつも見てあっちへこっちへ走りまくる。
なのに試合が終了しチーム員だけでなく相手チームのプレイヤー全員もバテ気味の中で1人だけ「なんならもう1ゲームやりましょうか?」と言いたげな涼しい顔をいつもしているのだ。
――すげぇ!カッコいい!
優太はそのビデオを擦り切れるんじゃないかという勢いで何回も巻き戻しては見ては「すげぇ!」「カッコいい!」を連呼した。
――そうか、俺にしかできないのはこれだ!
優太はひらめいた。
イライラしながらビデオが全部巻き戻るのを待ち、巻き戻し終了と同時にせわしなく取り出しボタンを押す。
そしてビデオとテレビの電源を切り猛ダッシュで体育館に走った。
「せんせーいっ!」
体育館に着いた優太は投げつけるように顧問にビデオを返し、こう言った。
「先生、俺絶対にこの人みたいになる。先生が見たことない選手になってみせる、見ててください!」
顧問はいつもの元気で明るいキラキラした優太の顔を見て、目を細め深く頷いた。
……で、今日に至るのである。
どチビじゃなきゃできないんだよ、俺のやってることは。
デカい奴には絶対できない、俺のやってることは。
あの日から優太はそう胸を張って言えるようになった。
……でも。
友達クラスの女のコ達、学校中のみんなに「すごい」と言われても優太には何の意味もなかった。
衣に「すごい」と言われないなら意味がなかった。
だけどこのときの優太には衣が自分をどう見ているのかを確かめる術は何1つ持っていなかった。
――見ててくれているのかな、見ててくれるといいな……。
そうすがるしかなかったのである。
こうしてせっかくのチャンスを全く活かせないまま、一度も衣と口を聞けないまま優太は中学生になる。
だが、クラスメイトでありバスケ仲間でもある未散出会うことで大きく運命は変わっていったのだ。




