Vol.78
最終話です。
日和先輩から指輪を貰っているはずなのでそれを持参の上体育館へお越しください。
もし指輪を家に忘れたというなら取りに戻ってから来てくれていいので。
吉岡が来るまで俺は待ってるから。
追伸。
実は今日、俺の誕生日です。知らなかったと思うけど。
テスト初日なのにも関わらずこの手紙を吉岡に読んでもらっている理由、どうか汲み取ってください。
唯一俺が吉岡に敵わない国語の力があればわかってもらえるとは思ってますが――。
衣から受け取った聖からの手紙にはそう書いてあった。
これをどんな顔をして考えて書いたのだろうかと想像すると、未散はおかしくてしょうがなかった。
未散は手紙を見て軽く噴出すように微笑むと、また折りなおしてスカートのポケットに入れた。
そのポケットには日和から昨日預かった指輪も入っていて、手紙を入れたとき未散の指にかすかに当たった。
だから本当のところはこの手紙を読んだらすぐ体育館に行くことは可能だった。
だけど聖がまた誰かに言い寄られているのを見てしまうのではないかという、大げさに言えばトラウマがあってなかなか足が向かなかったのだ。
行こうかどうしようか迷って50分。
――でも、こんな日に体育館に行く人なんかいないか。
テスト中に図書館に行く人は大勢いるだろうが体育館に行く人はまずいない。
それに気がついた未散は教室を出て走り出した。
体育館につながる廊下を走っていると誰かがボールを床に打ちつけている音が聞こえてきた。
――誰?誰誰誰?!
走るのをやめそっと体育館の中を窺うと、聖が壇上に学ランを脱ぎ捨てた姿で1人、リングのまわりで遊んでいた。
そして「あっちー」とシャツのボタンを外すと、ぱたぱたとシャツで扇いだ。
「テスト中なのに感心だね」
聖に近づきながら未散は聖に声を掛けた。
「まぁ……暇だし、寒いし」
聖は未散に顔を向けながらボールを床にバウンドさせた。
「暇だし……って勉強しなよ、今テスト中じゃん」
未散は聖からボールを奪った。
「まぁそうなんだけどさ……でも今回はもう無理、諦めた」
言いながら聖は未散からボールを奪い返した。
「吉岡にあんなの見られてカン違いされて好きだって言われて、そんなのばっかり頭に浮かんじゃってさ……英単語なんか入るかっての」
聖はなぜか楽しそうに笑うとボールを床に置いた。
「『カン違い』って……だって、聖くん否定しなかったじゃない」
未散はその場にしゃがむと、こっちに向かってゆっくり転がるボールに手を伸ばしながら聖に言葉を返した。
「そりゃそうだよ、吉岡が来るまでは日和先輩とやり直そうかなって考えたし」
「…………」
少し意地悪な笑みを浮かべて未散を見る聖に、未散は露骨に面白くない顔をした。
「でもさ……吉岡の顔見たら一瞬で日和先輩のことなんか放り投げてた。そこで俺の本音はもう出てたんだよね、きっと」
「え……?」
手は相変わらずボールに向いたままだったが、未散の顔は聖の言葉に振り向いていた。
聖は壇上の壁に寄りかかっていたものの未散の真正面にいた。
今の聖にはあの時のうろたえていた面影など微塵もなかった。
何も迷うことなくただまっすぐに未散だけを映していた。
「もし俺が今でも日和先輩とのことを終わってないって思ってたら、多分俺は今もバスケやってないと思うんだよ。でもそんな単純なことを俺はすっかり忘れてたっていうか」
「そんなことないでしょ、だって優太がいたからまた始めたんでしょ?」
偶然に再会した親友と好きなことがやれると思えば、その好きなことが元カノとを繋ぐものになるのだとしても払拭するのはそう難しいことじゃないだろう。
それに前々から聖があんな時期に入部した理由を未散は本人の口から聞いていた。
今俺んちさ、こっから電車で30分かかるからちょっと遠いんだよね。
だから慣れるまでは部活やるのやめようと思ってたんだよ。
けどさ、この前の総会で「もしかして優太がこの学校にいるのか?」って思って、それを確かめたら優太いるんだもん、そりゃやらないわけにいかないよね――。
もう半年ぐらい前の言葉なので一字一句違わずというわけではないが、とにかくそんなことを聖は優太に「なんで今なの?」って聞かれた時にそう答えていた。
だから未散は自分の記憶にあるその情報をもとにそう聖に訊ねていた。
「ごめん、それさ……」
「え?」
「嘘、なんだ、よね……」
ところが、唐突に聖は未散のその記憶が偽りだと言い出した。
当然未散は聖の「嘘」の言葉に目を丸くしていた。
すると、今まで未散を騙していたという後ろめたさだろうか、聖は未散から目を逸らした。
「優太がいるのを知ったのは入部してからだから、入部した理由は優太じゃないんだよ」
「じゃあ、なんで……?」
今までずっと「聖が入部した理由は優太がいたから」だと聞かされていたしそれを信じて疑わなかった未散なので、急に「それ嘘だから」と当の本人に言われても他の理由が想像つかない。
未散は疑問符を頭に浮かべた顔をして聖に質問していた。
しかし聖は……どうしてなのか手で顔を隠していた。
「あのさ……頼むから『怖い』とか『キモい』とか言うなよ?」
「……うん」
なんだろうその伏線は、と思いつつも未散は聖のお願いに頷いた。
「結論しか言わないからな」
「……うん」
「『え?』とか聞き返すなよ?!」
「……うん」
どれだけ前置きをすれば気が済むんだか、聖はしつこく未散に念を押した。
「俺がバスケ部に入った理由は……吉岡だったんだよ」
「あ、あたし?!」
未散思わず自分を指差し、目は驚きでさらに見開いた。
それを見てしまった聖はもう堪えられない。
とうとう未散から顔も逸らしてしまった。
「嘘……だって優太がこの学校にいるから入ったって言ってたじゃん……」
「だから!恥ずかしかったんだよ!『なんでこんな時期に?』って優太に聞かれたからさ、そう言っとけばいちばん無難だろ?!吉岡が理由だなんて言えるかよ……」
あれだけちゃんと言っているのに聞いていないのか、ぶつぶつ言い出す未散に聖はついついムキになって言い訳を始めていた。
「それならそうだって言ってくれればよかったのに……」
未散からしてみれば聖のせいで随分遠回りをさせられた感が拭えない。
思わず聖に文句をつけていた。
「それができる性質なら最初からやってるよ、それができないから苦労してんじゃん……」
「……はいはいそうですね、わかっております」
不満そうに口をへの字にする聖を見て、未散は小さく噴出していた。
「……あ、そうだ」
どうやらこの話はこれで終わりにしたかったらしい。
聖は何かを思い出したように呟くと、突然ずんずんと未散の方に近づいた。
そして未散の目の前で立ち止まると……おもむろに右手を出した。
「吉岡、出して」
「……え?」
未散には何を出せばいいのかわからない。
思わず聞き返していた。
「あれ?指輪貰っただろ?日和先輩から」
「貰ったよ、貰ったけど……」
未散は言いながらポケットに入っていた指輪を取り出した。
「これどうするの?」
「どうするって……なんで?」
不可解な質問をする未散に聖は答えるのを忘れて質問し返していた。
「もし捨てちゃうんだったら、貰っていい?」
「『貰っていい?』って……そんなのどうすんの?」
どのみち「それ捨てていいから」って言おうとしたのでちょうどよかったいえばよかったのだが、昔の女に買ってあげた指輪が欲しいなんていう未散の気持ちが理解できない。
聖は首をかしげていた。
「だってこれ、聖くんがずっとそこにしてた指輪でしょ……?」
言いながら未散はシャツの中から見えるチェーンを引っ張り出した。
けれど最後まで言い切れなかった。
というのも、チェーンにつるされている指輪は2つ……。
――え?あれ?なんで?
今度は未散が目をぱちぱちさせた。
「あのさぁ、俺そこまで無神経じゃねーぞ?これはあくまで日和先輩に買ったもの、第2ボタンの代わりだったの……っていっても、あげた日とこの前の2回しかしてもらったことないけどさ」
未散がその指輪を欲しがった理由を察した聖が半ば呆れたように言うと未散の手から指輪を回収し、そのままスタスタと近くにある外とつながっている引き戸に歩き出した。
そしてガラガラと音を立てさせて重い引き戸を開けると、……指輪を投げた。
「ちょっと!なんで捨てちゃうの?!さっき貰っていいって言ったじゃない!」
未散は大声を張り上げながら聖に走り寄ると、今はもうどこかへ消えてしまった指輪を探すように外を眺めた。
「ったくもう!なんでわかんねーかな!」
「……え」
聖は頭を掻き毟ると未散を軽く睨みつけた。
その気迫に押された未散は身を仰け反らせた。
「とにかく俺は、吉岡に気にして欲しくないんだよ。だからわざわざ指輪を吉岡に渡してって日和先輩に頼んだってば。多分先輩にはすっげーイヤな男に思われたとは思う。だってあんなの、わざわざ日和先輩に引導渡すようなもんだしさ」
それを言うと聖は不機嫌極まりない様子でぷいっ、と横を向いた。
「けど俺はそれで吉岡に日和先輩のことはもう俺の中では終わってる事だってわかってもらえるんだったらそれでいいって思ったんだよ。それに、……あの指輪をまだ日和先輩が持ってるとか俺が持ってたら吉岡イヤだろ?俺だって吉岡が持ってたらヤダよ、なんか気にされてるみたいで……」
なにかご意見ございますか?!と聖は相変わらずそっぽを向いたまま顔を真っ赤にして未散に少々ヤケクソ気味に聞いていた。
「……いいえ、ございません」
未散は納得したように微笑んで首を横に振った。
「あのさ」
「うん」
「……吉岡はいいのか、佳佑先輩じゃなくて」
聖は引き戸に手を掛けると、戸に顔を向けたままどうしても気になることを未散にたずねていた。
優太に強引に体育館に連れ戻されたあの日に見た未散が今でも脳裏から離れていなかったのだ。
普段は優太相手に本気で痴話喧嘩をしあの理にも口答えする勝気な女だけど、本当は誰よりもかわいくて仲間思いで――それまで聖は未散をそんな女だと思っていた。
だけど佳佑の前にいた未散はまるで知らない女だった。
いつもそばにいて抱き締めてやらなければすぐに消えてしまいそうな、どこか危うげで儚かった。
自分の前ではどんなことがあろうとも気丈に振舞っていた未散が、佳佑の前ではなんの抵抗もなくか弱い姿を曝け出していた。
それはつまり、佳佑にはそれだけ心を許しているということなのだろう。
だから聖にはこう思えてならなかった。
もしかしたら吉岡には俺なんかより佳佑先輩の方がいいのかな――と。
「きっと佳佑先輩は俺みたいなことは絶対しないと思うよ?先輩は大事なものを無くした痛みを知っているから吉岡を不安にさせることもないと思うし」
未散に顔を向けることができないままだったが、それでも覚悟を決めて引きどの取っ手を聖はぐっと握り締めた。
「なのに俺を選ぶんだよ?ホントに後悔しない……?」
わざわざ未散に言うのはものすごく勇気が必要だった。
しなくていい話なのかもしれなかった。
でも今ここで聞かなければこれから先きっと、自分は佳佑の存在に怯え続けることになる――聖はそう確信していたのだ。
佳佑がどんな思いで未散を諭し自分に説教したのかは聖なりにわかっていた。
だから余計にあんなにも自分を犠牲にできる佳佑が、そして今でもきっと未散を見守り続けている佳佑が何よりも怖かった。
でも未散が佳佑のことはもう過去の話だとそれさえ言ってくれるのなら、未散が自分のことをそうしてくれるように自分も未散を信じようと思った。
聖は言い終わると未散に向き直り意識して優しく微笑んだ。
「……あたしにとっての佳佑先輩は聖くんにとっての日和さんとおんなじ。だから佳佑先輩には『もう1回好きになってもいいですか』っては言った。でも……聖くんにはそんなこと言ってないでしょ?」
はにかむように笑い、未散は聖に返した。
「……だからさぁ、なんでそう吉岡は無防備なんだよ」
「そんなコト言われても……え、や、ちょ、ちょっと!」
1回目は泣いた顔で2回目は怒った顔だった。
そして3回目は笑った顔。
なんだ全部に弱いんじゃないの、と言われてしまったらそれまでなのだが、またもや聖は未散に心臓を鷲掴みされてしまった。
聖は未散の手を掴むと、そのまま引き戸に未散の背中を押し付けた。
「ちょ、ちょっと!な、なにするのよ!」
なんかこの前と同じようなことになってないか?と思いながら未散は「ここ体育館なのわかってる?!」と聖に目で訴えた。
「……今ようやくわかったよ、佳佑先輩の気持ち」
「気持ちって、なんの?」
羽交い絞めされている状態のまま未散はいきなり始まった聖の独り言に突っ込みを入れた。
すると聖は困惑した笑顔になった。
「吉岡見てるとここがどこなのか忘れる。あとで誰かに何か言われようがどうでもよくなる。この前は佳佑先輩がやってるのを見て『ようやるよ』って思ったけど俺も人のこと言えないわ」
「そ、そんなこと言われても知らないよ!なによ、あたしが悪いっていうの?!」
「正直に言っていいならね」
「なんなのよそれ……」
まるで「悪いのはおまえ」と言わんばかりの口ぶりに未散は呆れてモノも言えない。
「そういやさぁ、吉岡このあとなにされた?」
「え?」
「この前同じようなことされただろ、佳佑先輩に」
不意に嫌な記憶が聖の頭の中で蘇っていた。
佳佑は「なにもしてない」と言っていたものの聖は信じちゃいなかった。
というのも、聖が見ていたところからは佳佑の背中しか見えていなかったのであれではホントに何もしてないのかがわからなかったのだ。
「で、このあとは?!」
まるで警察の取調べの「やったのはおまえだな!?」と言うのと全く同じ口調で、聖は未散に問いただした。
「……多分あたしが泣いちゃったから可哀相だったからだと思うんだけど、ほっぺに、ちょっと……」
どうやら言いにくいらしい、未散は俯き加減でごにょごにょと答えた。
――なにが「なにもしてない」だよ!してるじゃん、充分に!
心の中で「佳佑先輩の大嘘つき!」とボヤきながら、聖は未散の顎に手を掛けると半ばムリヤリ上げた。
「どっち?!」
「え?」
「だから!右か左かって聞いてんの!」
「そ、そんなの覚えてないよ!」
「じゃあいいわかった」
ムッとした顔で聖はそう言い放つと、未散の両頬に唇を押し付けた。
「……ちょ、ちょっと!ちょっと待ってってば!」
未散は自由になっていた右手で聖の左腕を思いっきり叩いた。
「あれ、違うのか?」
未散が待てといった理由をわかっているのかわかっていないのか、聖はニヤリと笑いながら未散に聞いた。
「当たってる、当たってます!もういいでしょ!?お願いだからはなしてよ!」
未散は「そういう意味じゃない!」とは思ったものの、とにかく恥ずかしくてやめさせようと必死。
再び聖を叩こうと手を上げた。
しかし……あっけなく未散の腕は聖に捕らえられてしまった。
おまけに今度は足を使ってくるかもと先回りして、聖は未散の体を押さえ込んだ。
「ちょっと!なんなのよさっきから!くっつかないでよ!」
手も足も出せない未散が出せるものはもう1つしかない。
唯一動かせる口で抵抗をした。
「やなこった」
だが、相変わらず話を聞こうとしない聖にまたもや跳ね除けられた。
「だって腹立つじゃん、だから記憶摩り替えてやる……」
そしてやっと、聖が未散の手をはなさない訳を漏らした。
「そんなことに嫉妬心燃やさないでよ……」
それでもって未散は、またもや愚痴を呟いていた。
「で?このあとは?」
しかし聖は未散の文句に耳を傾ける気は毛頭ないらしく、また未散を問い詰め始めた。
「……まだやるの?」
「まだやるよ?」
「えーっ、もういいでしょお?!」
「ダーメ!はい、続きは?!」
「…………」
今の聖は完全に聞き分けのない子供そのものだった。
とうとう未散の方が根負けしてしまった。
「続きは……おでこくっつけられた」
こうなったら気が済むまで付き合うしかないか……そう半ば諦めて未散は聖に答えた。
「……こんな感じ?」
「……うん」
返事をしながら未散はいつのまにか目を閉じていた。
「で?それから?」
「あたしの手を掴んで」
「うん」
「で、佳佑先輩が顔を近づけてくるからあたしは目を瞑った……」
「うん、それから?」
「それからあとは……んんっ!」
本当なら「目を瞑った……でもね、そのあと佳佑先輩にデコピンされてそれで終わり」と言う筈だった。
しかし迂闊にも思い出すにつれて夢うつつになっていたので聖に隙をつかれ……またもや自分の唇に聖の唇がかぶせられていたのだ。
「な、なにすんのよ!」
ぶんぶんと首を振って聖から逃れると、未散は声をとがらせた。
「なにって、佳佑先輩の真似しただけだけど」
「真似になってないから!だいたいそんなことされてないし、佳佑先輩は今でも死んだ元カノさんが好きなんだから、あたしにそんなことするわけないでしょ!」
悪びれもせずそう言い返す聖に未散は声を荒げていた。
「吉岡おまえさ……」
「なによ?!」
「それ……本気で言ってんの?」
「こんなことで嘘ついてどーすんのよ?!」
「…………」
未散の怒鳴り声を聞いた聖の方は胸をなでおろしていたが、ちょっとだけ佳佑が気の毒に思えてしまっていた。
どうやら未散は佳佑の気持ちをこれっぽっちもわかっていないらしい。
だからだろう、未散の返事は見当違いもいいところだった。
「いや……もういい、わかった」
でもだからといってわざわざ佳佑の未散への『想い』を言う必要もないだろうし……というより言いたくないし、それにもしかしたら佳佑は未散にあえてバレないようにしたのかもしれないし――そう思った聖はもうこの話を打ち切ろうとした。
しかし未散の方はというとまだ言いたいことがあるらしい。
「もう!なんでこんなところでそういうことすんのよ!聖くんのばかっ!」
……と、顔を赤面させ聖にご立腹中だった。
「……てことは、こんなところじゃないならいいんだ?」
「誰もそんなこと言ってないでしょ?!屁理屈こねないでよ!」
なにも揚げ足をとって遊ばなくてもいいのに、聖がそんなことを言うからまた未散は癇癪を起こしていた。
――そういや、前も俺、吉岡に怒られたっけな……。
未散の怒った顔を見ているうちに聖はできることなら忘れておきたかった過去の失態を思い出していた。
恋愛における自分の学習能力の低さに聖は1人で失笑してしまっていた。
「……な、なによ!?」
ふと聖がこっちが怒っているというのに笑い出したのでさらに気分を害された未散は目を吊り上げた。
「いや……前も吉岡におんなじことしてそのときも吉岡に喚かれたな、って」
「だって……聖くんが結局あたしのこと好きなのかわかんないんだもん……」
「…………」
「日和さんの事だって、もしあたしが部室に行かなかったらどうしてた?きっとあたしが昇降口で待ってたことなんてずっと忘れてたでしょ?!」
「…………」
聖は自分の犯した失敗に閉口してしまっていた。
なにも未散に思い出させなくていいことを思い出させていた。
そして今、未散は自分を見上げて睨みつけているはずなのにその目はやりきれなさだけが映っていた。
「……きっとそうだったとは思う。だから吉岡に俺はあんなところを見られたんだろうしね」
もう今は日和に未練はないと言い切れる。
けれどあのときは未散ではなく日和を選んでいた自分が確かにいた。
それを考えれば今ここで真っ向から日和のことをなんとも思っていないと否定しても未散はきっと信じないだろう。
そう思った聖は未散の自分に対しての疑惑に素直に答えた。
「…………」
思ったとおり未散は自分の言葉に狼狽していた。
かすかにだったが未散の目は明らかに聖からそむけてしまっていた。
「だけど……遅かれ早かれ俺は気づいたと思うよ、『あの日の俺は間違ってた』ってね」
そう言いながら聖は腕を首の後ろに回していた。
「もしかしたら……最悪な状況になってからだったかもな」
「最悪、って?」
首の後ろで指先を動かしながら聖がそう言うと、未散は逸らした目を戻して聞き返してきた。
「……吉岡が佳佑先輩の所にいっちゃってから、とかね」
言い終わったところで聖が首の後ろに回していた腕の動きが変わった。
その腕は指先でチェーンを持ちながら前に戻っていった。
「でも仮にそうなっちゃったとしても、俺は佳佑先輩がいないのをいいことに奪還を考えただろうけどね」
「日和さんはどうするの?」
自分を佳佑から奪い返すなんて言い出すものだから、未散は驚いていた。
でもそのとき日和はどうなるのか――単純にそう思った疑問を未散は聖に投げかけた。
「……どうするって決まってるだろ、頭下げて頼んだと思うよ?『俺と別れてください』って」
「せっかくそこまでしたのにあたしがなびかなかったらどうするの?だって相手は佳佑先輩だよ?勝てると思ってんの?」
意地の悪い質問をしているなとは思ったが、聖がどう返してくるのかを未散は知りたかった。
試すかのように未散は聖に含み笑いをしていた。
「……多分勝てなかっただろうね。だから俺は……少なくとも吉岡と顔を付き合わせている限り忘れることもできなくて、何もかも失ったって後悔し続けてたんじゃないかな」
そう話しながらも聖の手は、いつの間にかチェーンから指輪を外していた。
そして指輪を持っていない手は未散の左手を取っていた。
「でもそんなの部活辞めればいいだけの話じゃない?まぁ……みんなに大騒ぎされるだろうけど」
あたしの左手なんか持って何をするんだろう?とつい自分の左手に目を向けながら未散はまた嫌がらせのような質問を聖に向けていた。
「まぁそりゃそうだ……けどさ」
未散が自分の手元を見て明らかに目をみはったのに気づかないフリをして聖はさらに続けた。
「そんなことしたって結局吉岡とは会おうと思えば会えちゃうだろ?だから無駄なんだよ、そんなことしたって。それに……今の俺には辞める度胸はないからなぁ……」
「どうして……?」
「だって、こんなものまで買ったのに今更引けるかよ。しかも貰い手がいないのに捨てられないんだよ俺は。けっこう女々しいのは自分でもわかってるからさ」
「…………」
「それに、俺に気がないってわかっててもバスケにさえやっていれば理由なんかなくても吉岡の傍にいられるだろ?そりゃそれはそれでしんどいけどムリヤリ忘れようとする方が俺には辛いからさ」
前の恋がそうだった。
日和とただの先輩と後輩の関係だった頃はそれはそれで切なかった。
だけど、日和に絶縁状を叩きつけたあとの方がもっと胸がつぶれる思いだった。
自分の気持ちに正直でいるほうが自分には合っている――それが聖の中にある結論なのだ。
「……ということで、ものすごい遅くなったけど誕生日プレゼントね」
聖は未散に左手が見えるように持ち上げた。
未散の目に映ったのは……薬指にちょうどよくおさまっているシルバーの指輪だった。
「まぁ、いらないって言うなら自分でとっちゃいな?」
そう言うと聖は未散から手を放した。
すると未散は指輪を隠すように右手を自分の左手に重ねると、まるで指輪を取られまいとするかのように左手を自分の体のほうへ引き寄せた。
そして何度も何度も首を横に振った。
「ありがと……大事にする……」
俯いてはいたものの、少し涙声にはなっていたものの、それでもはっきりと未散は聖に言っていた。
「でもさ」
未散は顔を上げるとじっ、と聖を見据えた。
「なんか……モノでごまかされた気がするんだけど」
「そ、そんなことねーって!」
口にできないからそうしたのであってごまかしたわけではないのだが、妙に鋭い未散に聖は慌てふためいた。
「じゃあ、あたしのこと好き?」
「……え」
「だから!あたしのことが好きかって聞いてんの!」
「…………」
これは未散からの挑戦状なのか?――聖は言葉に詰まった。
頷けばいいのか?――そう考えて聖は首を縦に振ってみた。
しかし未散の頬はみるみる膨れた。
「ちょっと!誰が首の運動しろって言った?!」
「首の運動って……」
まさかそんな返しが来るとは思わず、聖は思わず突っ込んでいた。
しかしそれを未散は流してしまった。
「貰っといて文句言うのは忍びないんだけどさ、あたしはせっかくだったら聖くんからの誕生日プレゼントは『好き』っていう言葉の方がいいんですけど!」
「……吉岡って経済的な女だな」
絶対俺を困らせようと思って言ってるよな――そう思ってしまった聖はついつい出た言葉が嫌味になっていた。
しかし未散が怯む様子はまったくなかった。
「もう2度と言わなくていいよ、だから1回ぐらい言ってくれてもいいでしょ?!」
「…………」
涙目で見上げる未散に聖は心底困ってしまった。
実は聖、惚れた相手に『好き』ということを言ったことが今まで一度もなかった。
なぜ言わずにすんだかというと、元カノである日和は聖はそういった甘い言葉は一切言えない性格だと半ば諦めていたようで強要することがなかったのだ。
「あのさ……俺そういうの今まで言ったことないんだけど……」
もし日和にも言ったことがないとわかれば諦めてくれるかなと淡い期待をして聖は未散にやんわりと断りを入れてみた。
しかし、全く効き目がなかった。
それどころか助長してしまっていた。
「だったらなおさら言ってよ!1個ぐらいあたしにしかやってないことやってほしいんですけど!」
「…………」
聖からすれば『日和にはやっていないが未散にはやったこと』は当然のことながらある。
だが、恐らくそれを並べた所で回避できる可能性は皆無に等しいだろう。
それがわかる聖にはもう言い返す気力がなかった。
「……わかったよ、でもその代わり」
仏頂面で聖は未散を睨むように見つめた。
「1回しか言わないからな。『聞こえなかった』とかナシだからな……あと」
そこまで言うと聖は……未散に近寄ると背中に腕を回した。
「顔見てなんか絶対無理だから、これぐらいは勘弁しろよ」
「……いいよ、わかった」
自分の腕の中でしてやったりの笑みを浮かべている未散がその返事で手に取るようにわかった。
――くっそぉ、絶対2度目はないからな。
決して口にできない小言を心の中で呟きながら、なるべく小さい声ですむように聖は未散に顔を向けた。
そして――。
とある高校生達の、そんなそんな恋の話。
このあとどうなったのかは2人の秘密、ということで。
どうもこんばんは、愛梨です。
なんだかんだで約1ヶ月ぶりです。
やっと、ほんとにやっと終わりました。
やっとアップできました。
やっと……完結です。
こんなところまで読んでくださり、ありがとうございました!
どうしようか悩んで考えて早1ヶ月。
もしや今まで読んでくださった方にまで「もうコイツなんか知らん!」って思われてしまったのではないかと今とってもビクビクしてます(汗)。
ホントはもっとさくっと終わらせようと思ってたんですけど、結局いちばん長くなりました。
これっていいのか?よくないのか??
……正直わかりませんが、とにかく今はいいや、書ききったことを素直に喜びます(苦笑)。
最後の最後なんですけど、最初は聖はちゃんと言えたというところで終わりにしてました。
でも……今までの聖を考えると不自然?
でも最後だからこそ言ったというのもアリ?
あ、でも待てそれだと衣と一緒になっちまうなぁ……。
ってあれこれ考えた結果、「まぁ、言えたかどうかはみなさんのご想像にお任せ!」っていう、実はいちばん安易でズルい結論にしちゃいました(笑)。
「や、やっぱり無理!」って聖が言うと「無理じゃない!」って未散が怒る、その繰り返しを延々続けるのか、それとも「俺も未散が好き」って、おいおいおいついさっきまで吉岡だったのにいきなり未散呼ばわりですか?!っていう展開になるのか……あとは、ま、皆さん自由に妄想してください(笑)って最後までいい加減な作者ですみません(平伏)。
さて、未散と聖、そして優太と衣を中心に描いてきた今作はこれでお開きですが、次回からは前々から予告していた通り、佳佑と理を中心に綴っていこと思います。
作品名はこれと大して変わりません。
『こんな恋の話 2nd Season』と題してお送りします。
未散たちが入学する前の2人やその2人が恋に落ちた未散以外の姫様たち、それから大学生になった2人をご覧いただければと思います。
それから……今回は主にお笑い担当(?)だった理がほとんどお笑いをやりません。
また、佳佑の過去のこともありますから2nd Seasonの方は基本的にはシリアスな感じになると思います。
さらには……こちらの方では佳佑たちがそれぞれ片思いをしてそれがどうやって成就していくのかというだけでなくその先も書いたりしますので、まぁ多少は今作品以上のお色気シーン(?)も少々入ったりすると思います。
あ、でも、15禁にしなくてはならないレベルで入れるつもりはないのでそこはご安心下さい……って、誰ですか、今「ちっ」って言ったの(笑)。
ああもう、またすみません。
本編も長かったのにこんなのまで長かったら鬱陶しいですよね(汗)。
ここまで辛抱強く読んでくださったそこのあなた、本当にありがとう(涙)。
ということでひとまずお別れですが、近いうちにお会いしましょう。
次回作は「あれ?なんか違うくない?」「同じ人が書いてるようには思えないんだけど」って思われるような冒頭になるよう頑張ります。
それでは、またです。




