Vol.74
2日前と同じように、聖はもう1年以上足を運ぶことがなかった場所にいた。
中学3年間のうちの2年間分の喜怒哀楽全部の思い出が詰まったこの場所。
そう、日和の家の前だった。
何時に彼女が帰ってくるのかなんてさっぱりわからないので「これは待つしかないな」と腹を括り、制服のズボンに手を突っ込み肩を竦ませ足踏みしながら寒さをしのいでいた。
本当は今日から定期考査1週間前なのでこんなところで寄り道している場合じゃないのだが、今の聖には定期考査なんてどうでもよかった。
仮に今回全教科全科目赤点を取ったって聖には何の問題も起こらないし、もしそのとで追試やらレポート提出やらがあったって別にそれでもいい覚悟だった。
――どうせテスト勉強なんて今回はやれそうにないし。
世の大人が聞いたら憤慨しそうなことを今の聖は平気で思っていたのだ。
待つこと1時間半。
角を曲がってこっちに向かってくる日和を見つけた。
「日和先輩!」
聖は会釈をした。
「…………」
日和の方はまるで鳩が豆鉄砲を食らったような、そんな表情になる。
「すいません、びっくりしましたよね?」
日和が立ち止まってしまったので聖のほうが歩み寄った。
「あの、この前、すみませんでした」
「……ううん、わざわざありがと」
聖は日和を部室に1人にしてしまったことを謝った。
日和の方はなんで謝られているのかすぐにわからず少しだけ言葉を返すのに時間がかかった。
「今日は……この前の返事をしに来ました」
「……はい」
わかっていたかのように日和は返事をし「どうぞ」と聖にかすかに微笑んだ。
聖はそんな日和に軽く頭を下げた――。
その翌日。
3年生の教室が集まる3階の廊下を理はふらふら歩いていた。
すると、
「……西倉?」
3年生にはいない大男が廊下をきょろきょろしているのが理には見えていたのだ。
「おう!なんだどうした?誰か探してんのか?俺か?」
本当は誰を探しに来たのかはとうに検討がついていた理だが、そこはわざと外して聖に声を掛けた。
「あ、理先輩……お久しぶりです」
聖は理を見つけるとホッとした笑顔を見せながら会釈した。
「あの……佳佑先輩って何組ですか?」
姿勢を戻して聖は確実に佳佑の居所を知っている理に質問した。
「佳佑?……ココだけど」
理がそう親指を立てて指したちょうど先に、全開のドアから見える佳佑の誰かと雑談している姿があった。
「佳佑!お客さん!」
どう声を掛けようか困っている聖を見かねた理が佳佑を大声で呼んだ。
佳佑の方はというとはじめは相手が理という理由で「なんだよ」というちょっと嫌そうな顔をしてこっちを見るが、その隣に聖がいるのを見て表情がガラリと変わり「ん?んんん?」という顔をする。
「なになに?どした?」
この前の取っ組み合い寸前の言い争いなんてまったくなかったかのように、佳佑は聖に寄ってきていつもの笑顔を向けて話しかけた。
「……佳佑先輩に謝りに来ました」
「……うん」
なにやら不安そうな聖に佳佑は「続きどうぞ」という笑顔のまま頷いた。
「俺、元カノとはヨリは戻しません。一昨日彼女にもそう言ってきました……だから」
ここまでは少し俯き加減で佳佑に話していた聖だったが、顔を上げ佳佑の瞳を捉えた。
「吉岡は佳佑先輩にはあげられません、すみません」
いつもならここで頭を下げるのがいつもの聖だが今回だけは違った。
「すみません」なんてホントはこれっぽっちも思ってないのかもしれない。
それにここで頭を下げるのはなんだか違うというか、かえって佳佑に失礼に思ったのだ。
「……いいよ、わかった」
呆れたようにため息をつくと、それでも笑って佳佑は聖に頷いた。
「西倉さ、1つ聞いていい?」
佳佑はそう言いながら教室のドアに寄りかかった。
「なんで俺にだけは吉岡くれないの?理だったらいいわけ?」
「……くれる言われても俺はいらんぞ」
「バカ、例え話だって」
聖に聞いているのになぜか理が口を出すものだから、そんな理に佳佑は腕を組みながら軽く睨んだ。
「……先輩は多分、吉岡の中にある俺の記憶、きれいさっぱり忘れさせちゃうと思うから。そんなの、悔しすぎる」
聖はそう言うと、いったん佳佑から叛けた目をまた佳佑に合わせた。
「……そっか」
「じゃ、俺戻ります。すんません、忙しいのに」
佳佑の言葉を聞いた後聖はそう言い、律儀にまたお辞儀をして2人に背を向け歩き出した。
「……随分カッコつけちゃったんじゃないの?佳佑くん」
聖の背中を見ながらも理はちら、と佳佑を少し見た。
「……いいんだよ、これで」
腕を組み直し、佳佑は聖の背中から目を逸らさずに理に答えた。
「またまた、無理しちゃって」
ぷぷ、と理は軽く噴出した。
「吉岡は男に負けないぐらい元気だからいいんだよ、そんな娘に俺みたいなの背負い込ませらんないよ。だから……これでいい」
でもなぁ、と佳佑は急に伸びだした。
「西倉のヤツ腹立つよなぁ……あいつのせいで惜しいことしたよ、西倉さえ出てこなかったら俺と吉岡付き合えたのにさぁ」
「まぁねぇ……って、おい。おまえ本気でその気あったのかよ」
予想だにしなかった佳佑の重大発言に、理は聞き流せずに漫才の突っ込みのごとく手の甲で佳佑の胸を叩いた。
「さぁ、どうでしょうねぇ」
ちょっと痛い胸をさすりながら佳佑は理を見下ろすと意味深に笑った。
「……なんて嘘、そんな気ないよ。もともとこうなるのわかってたし、……それに」
「それに?」
微妙に間が空いたのがとても気になった理はつい佳佑に相槌を打った。
「西倉が元カノとヨリ戻しちゃったら吉岡がかわいそうじゃんか」
「かわいそう……って、佳佑がそのあと請け負うつもりだったんだしそんなのいいだろ」
そうなのだ。
理が唯一理解できないのがそこだった。
なんで佳佑は手に入ったはずの未散をみすみす手放したのか。
それだけがどうにもわからない。
だからつい理は「なんで?」と言わんばかりの言い方をしていた。
それに対して佳佑は理の顔を見ることなく回答し始めた。
「どのみち俺はあと半年もしたらここからいなくなる。その頃には西倉は自分が犯した選択ミスに気がついているはずだから、今度という今度はヨリを戻した元カノを傷つけてでも俺がいない隙を狙って吉岡を奪いに来る。当然吉岡は……俺に対しての良心の呵責と一度は閉まったはずの西倉への想いとで苛まれる……俺はそんな吉岡、見たくないから」
「……だから最初から矯正をかけたわけか」
ようやく佳佑の意図を解読できた理は納得したように腕を組んだ。
「かなり荒療治だったけどね」
いやー疲れた疲れた、と佳佑はわざと自分で肩を揉み始めた。
「……けど」
「けど?」
まだあるのか、と言いたげに理は佳佑を見上げ、佳佑はそれを気にせず寄りかかっていたドアに軽く頭を当てた。
「久しぶりだった……睦月が死んでからは初めてだった」
佳佑は傾けていた首をそのままに再び口を開いた。
「初めから吉岡には最後までなんにも言わないでおこうって思ってた……けど、『あたしでいいなら先輩の過去一緒に背負います』って吉岡が言ってくれたところから俺の中の計算が狂い始めた。今までそんなこと言ってくれるコいなかったからね」
「……なるほど」
言いながら理はふっと微笑んだ。
しかし理のそんな反応に構うことなく佳佑は続けた。
「バレてないとは思うけど実は吉岡に俺の本音大暴露しちゃってた。おまけに『あわよくば……』って本気で思ったし」
同じ姿勢のまままだ見える聖の背中に佳佑は1人でおかしそうに笑った。
「まぁ結局最後の最後で俺が怖気づいちゃったし、吉岡が俺と付き合う前の睦月に見えちゃった時点でダメだったけどさ」
「…………」
「それに西倉もある意味『俺の生き写し』だろ?それわかってて無碍なことができるオニには俺はなれなかったってことかな」
「…………」
どこまで人がいいんだかね、と佳佑がいつもと変わらない笑顔でポツリと呟くものだから、理にはもう返す言葉が見つからないまま佳佑をまた見上げた。
理は佳佑の独り言を黙って聞いている間に思い出していた。
それは……今から2年以上前、彼氏がいる年上の女に恋をした佳佑のことだった。
恋をしたそのときは彼女――睦月に彼氏がいることを知らずに恋をした。
しかし……佳佑が想いを睦月に告げたとき、睦月が隠していた『「彼氏がいる」という事実』を知り自ら身を引いたのだった。
けれど心までは身を引くことができず耐え忍び、一方で実は睦月も佳佑への恋心を封印して彼氏と付き合い続けた――。
あえて聞かなかったが、佳佑のいう「未散が睦月に見えた」というのはそんな彼自身の昔の恋を髣髴とさせるような出来事が目の前で起こったからなんだろうと理は思った。
そして今は睦月亡き後もこうやって生きていく中で残酷な現実を佳佑は知ってしまった。
それは――人間というのは失くしてしまったものをいつか忘れてしまうということを。
どうしてなくしたかなんて関係ない。
失えば過ぎていく時間と共に愛した女は風化されていくもの。
そしてもう幻でなければ見ることのできないものよりも、この手で掴もうと思えばつかめるものを人は探し始めてしまう。
それをわかっている佳佑は自分の気持ちを押し殺してまでも聖に気づかせ未散を聖の元へ戻らせたのだ。
自分が味わった苦しみや睦月が抱えた悲しみを2人にさせないために――。
「おまえ、よくやるよな……俺には絶対やれねぇ」
「え?」
「……いや、なんでもない」
ここで佳佑を褒めたらこの損な役回りをいつまでもしそうな気がする。
理はふと出てしまった「褒め言葉」を佳佑に聞かれる前にかき消した。
「今回は西倉っていう『逃げ道』が俺にはあったからな。でも、それがなかったらさすがに観念するのかな。だけど……その前にまた出てきてくれるかだよね、吉岡みたいなことを言ってくれるコがさ」
「……なんだよ、聞こえてんじゃん」
佳佑が言い終わって理が軽く舌打ちをするとちょうどチャイムが鳴った。
佳佑は教室の中へ戻り、理も自分の教室へと向かった。
佳佑の『つかの間の休憩』はこうして幕を閉じた。
こんばんは、愛梨です。
前回あたりからラストに向けて動き始めてます。
多分あと3?4?話で完結です。
よかったら最後まで見守っていただければと思います。
前回は隼でしたが、今回は佳佑と理がクランクアップしました。
でも、ま、佳佑&理コンビは次回作では出ずっぱりですけどね。
ここも最初に書いたときから比べるとだいぶ修正をかけました。
特に聖が去ってからのシーンはかなり加筆しました。
だって……これ最初に書いた頃はスピンオフなんて考えてなかったし(汗)。
ちなみにここでやっと佳佑が一線(ていうのか?)を越えなかった理由をかなりはしょりましたが述べさせていただきました。
まぁ……つまりはいろんな思いが交錯してたわけです、一言で言ってしまうと。
もうこんなところで書いてたら普通に小説の一部になっちゃうんでこれ以上はやめます。
なので……もし「もっと詳しく知りたいわ」という方は……スピンオフ読んでください←ちゃっかりCM中(笑)。
さてさてさて次回ですが。
久しぶりに優太&衣のバカップルぶりをお見せしたいと思います。
そして……論争第2弾いきます。
誰と誰なのかはここでは秘密です……って、すぐわかりますね(苦笑)。
それでは、またです。




