Vol.70
予想していなかった佳佑の返事とその仕草に未散は硬直していた。
佳佑はモップから手をはなした。
モップはカシャン、と音を立てて床に倒れた。
佳佑のあいたその手は未散の顔に伸びていた。
そしてその手は未散の髪にかすかに触れた。
「佳佑先輩……?」
緊張でがちがちの未散は声が震えていた。
「なに?どうした?」
その様子を見て何を思ったのか佳佑はくすっと笑った。
「どうしたって言われても……だって……先輩いつもと違う……」
こっちはもうパニック寸前だというのに佳佑の方は余裕綽々。
未散の方は何か言わなきゃもう暴れそうになっていた。
「そう?でも俺は彼女にはいつもこんな感じだよ?」
手馴れた感じというかダテに歳は食ってないというか、佳佑はさらりと答えた。
――そんなの知らないよ、聞いてないよ……。
未散は瞬きすることすらもできなくなっていた。
意外な一面を見せてくる佳佑にかなり動揺しているけれど目がはなせない。
「吉岡、これから大丈夫?俺けっこう並木とおんなじタイプだから理性きかないよ?」
「どういう、ことですか……?」
まるで試すような佳佑の口ぶりに未散はごくっと唾を飲み込んだ。
「例えばね、こういうこと」
「え、や、あ、ちょっ、先輩あのっ!」
一瞬の出来事だった。
佳佑はいきなり未散に攻め寄った。
未散はその分後ずさりし、持っていたモップの柄を思わず床に叩きつけるように放り投げた。
しかしすぐに壁にぶつかり佳佑に見下ろされる状態で動けなくなった。
佳佑は未散の両手を取って壁に押し付けるとそのまま顔を未散に寄せた。
―嘘嘘嘘っ!待って待って待ってっ!
体中でそう叫ぶが声が出ない。
目もつぶれない。
「……どうした?なにしてんの?」
2人の唇が触れるまであと少しというところで、佳佑は目を閉じようとしない未散に不思議そうな顔をしたがまたすぐに微笑んだ。
「なにしてんの?って……先輩、なにしようとしてます……?」
そんなのは聞かなくてもわかってはいるが、未散はまるで空気の読めない女のような質問をしていた。
「なにしようとしてるって……見りゃわかるだろ、掃除の続きをやるように見えるか?」
ちょっとだけ楽しそうに佳佑はくすっと笑った。
「だって……ここ体育館ですよ……誰か来たらどうするんですか……?」
未散の心臓は今だけでもうはちきれそうになっていた。
まさに息絶え絶えに佳佑に言い返した。
「別にいいよ、誰かに見られたって俺は構わないよ?」
「…………!」
佳佑の言葉に未散の目は驚きで丸くなっていった。
その様子を見て佳佑はまたくすりと笑う。
「あれ……もしかして吉岡はこういう状況は初めてだったりする?」
緊張でかちこちの未散に佳佑はふとそんな質問を投げかけた。
「初めてじゃないです、けど……」
「ふーん前もこんなことあったのか?誰だろ?……あ、ひょっとして西倉?」
「な、なんでそれ……」
佳佑はあてずっぽうで言っただけに過ぎないということがこのときの未散には想像がつかなかったらしい。
佳佑が聖の名前を口にした途端反射的に未散の顔が赤くなった。
「ふーんそうかぁ。羨ましい限りだね、最近ってことじゃん」
実に正直な答えに佳佑は「このやろっ」と言いたげに笑うと未散の鼻を摘んだ。
「……佳佑先輩はないんですか?」
つい頭の中に浮かんでしまった疑問を未散は佳佑に口走っていた。
「なくはないけどもう2年以上前が最後だからなぁ、『ない』に近いかな……だから」
そこまで言うと佳佑は未散の手を掴んでいた手をそのまま自分の左胸に当てた。
「わかる?さっきからものすごい心臓バクバクいってんだよね……あ、違うな、目の前にいるのが吉岡だからかも」
「え……」
「吉岡はいつもの俺じゃないって言うけど、俺だって人間だよ?相手によっちゃ見栄も張るし暴走もするさ」
「…………」
「吉岡には俺がどう見えてるか知らないけど、今俺けっこういっぱいいっぱいだよ?」
そう言うと佳佑は照れ笑いした。
「いっぱいいっぱいって……佳佑先輩っぽくない」
未散も釣られて笑った。
「吉岡」
さっきまで笑っていた佳佑の表情が急に変わった。
今度はいつになく真剣な眼差しで未散を見つめる。
「……はい……」
未散も佳佑を見つめ返した。
「理からどこまで聞いた?」
「どこまでって……ほとんど何も聞いてないですよ。ただ『佳佑と付き合うなら命と引き換えだぞ』って言われたくらいで……」
なんでそんなことを聞いてくるんだろうかと思いながらも、未散は佳佑からの質問に答えていた。
「それ、わかりにくいかもしれないけどホントのことだから。でも」
何かを躊躇うように佳佑はそこで一瞬口をつぐんだ。
けれど意を決したように再び口を開いた。
「あんなこと言ってくれたの吉岡だけだから、俺も吉岡の抱えてる辛いこと一緒に背負ってやる。絶対独りぼっちになんかしないから……」
そこまで言うと佳佑は今までずっと握り締めていた未散の手をはなした。
その手は未散の少し涙で腫れた頬を優しく包み込んだ。
そして……そっと自分のおでこと未散のおでこをくっつけた。
未散は目を伏せて黙って頷いた。
その瞬間、未散の頬を涙が伝った。
佳佑は未散の額からはなれるとその涙に唇を優しく押し当てた。
そして――佳佑は未散の頬から手をはなした。
はなれたその手はかすかに未散の手に触れていた。
佳佑は触れた指先を未散の指に絡めた。
そして未散は目を閉じて佳佑を待った……。
こんばんは、愛梨です。
まだまだ夜は長い日が続きます。
暇つぶしにでもなればと思ってアップさせていただきました。
いかがでしたでしょうか。
さてさて。
佳佑くん、ついに爆走です(汗)。
まぁそりゃそうだよね、惚れた女にあんなこと言われれば。
……とは言うものの、年の功ってヤツでしょうか?聖よりははるかにスマート……つーかキザ?(笑)
うーん、このあとどうなっちゃうんでしょうかね。
このまま佳佑は未散とチューしちゃうのか?!
それとも邪魔(?)が入るのか??
答えは次回に回します(笑)。
ということで、またです。




