Vol.68
月曜日、放課後。
一番乗りで部室に来た優太は着替えを済ませると、開いたままのロッカーのドアに手を掛けて意味もなく揺らしていた。
一昨日未散と聖に何があったのかはあのあと落ち着いた未散から全て聞いていた。
でも聖からはなにも聞いてなかった。
というより……聖から連絡が来なかったのをいいことにほっといていた。
未散にもそうだったのだが聖にも何を言ったらいいのかわからないのだ。
でもだからといって何も喋らないわけにもいかない。
「あーどうすっかなぁ……」
身体の奥がなんだかむずむずする優太はロッカーのドアをぐらぐら揺らす。
「ちーす」
他の所はどうだか知らないが、ここの部員は代々部室に入るとき何時だろうがそう挨拶して入る。
「あーおつか……」
ロッカーのドアから優太は顔を出して入ってきたその人に挨拶をしようとした。
だが相手の顔を見て優太は固まってしまっていた。
何の心の準備もできていないまま聖とご対面してしまったのだ。
「…………」
「…………」
2人の間に実に気まずい沈黙が流れる。
聖は優太と目を合わせないように目を伏せると自分のロッカーを開け、バッグをロッカーに投げるように入れた。
「……なぁ聖」
黙ったまま着替え始める聖に優太は声を掛けた。
「俺さ……今回の件に関しては無関係でいていい?」
別に悪いことをしたわけでもないのにまるで聖のご機嫌を伺うかのようにおどおどした目で優太は聖を上目でちらり、と見た。
学ランを脱ごうとした聖の手が優太の予想外の意見に止まった。
「……え?」
聖は優太を見て今思っている感情のまま実に間の抜けた返事をした。
「もうさ、俺どうしたらいいかわかんねーんだ。聖にも未散にもなに言ったらいいかわかんねーし……だから俺は降りる」
不自然に慌てて目を逸らしながら優太はいい訳じみたことを口走ると「ごめんな」と優太は意識して聖に笑顔を向けた。
「いや……そのほうが俺はありがたいよ」
学ランを脱ぐ手を再び聖は動かし始めると意識して明るく優太に返した。
「ちゃんと答えは出すから……ごめんな」
聖も優太に言い返し、やっぱり作り笑いを向けた。
「じゃあ俺は今まで通り聖と未散のダチということで、2人のことはなぁんにも気にしないでいくわ」
よし決まり、と優太は勢いよくロッカーを閉めた。
「先行ってるわ、早く来いよ」
頼むぞ相棒、と優太は聖の背中をバシッと叩いて部室を出て行った。
――優太って案外気がきく奴だな。
聖は部室を出て行く優太の背中に微笑んだ。
すると聖は突然思いついたようにカバンを開き携帯を探し始めた。
3日後――。
今となっては珍しい男が1人、バスケ部の練習を遠目から見ていた。
前バスケ部主将、佳佑だ。
久しぶりにみんな……というのはタテマエで本音は未散なのだが、顔を見たいと思った佳佑は補習が終わったと同時に体育館に足が向かっていた。
部活をしていた頃はもっぱらコンタクトだったが最近は面倒でメガネをかけている。
そのためか後輩達は誰も気がつかない。
――あれ、どうかしたのかあの2人は。
佳佑は未散と聖を見て首をかしげた。
2人のなんだか避け合っている空気を感じ取ったのだ。
――多分本人達じゃ口を割りそうにないから、ここは正直者の並木にでも聞いてみるか。
「おーす!久しぶり!」
優太だけ呼ぶのは不自然なのでまずはみんなと話そうと、小休止に入ったところで佳佑はひらひらと手を振った。
「あ!佳佑先輩!」
部員全員、佳佑を見て駆け寄った。
あっという間に佳佑のまわりは後輩達で賑やかになった。
しかしここはさすが元主将、
「はいはいもう練習に戻れ、休憩終わりだろ」
佳佑は時計を見て後輩達を厄介払いするかのように追い払った。
基本的に後輩達は「佳佑先輩が大好き」なため全員「えーっ!」と渋い顔をしたがすぐ「はーい」と不満そうに返事をしながらも従順に練習に戻っていった。
「あ、並木、ちょっと」
佳佑は練習に戻ろうとする優太を呼び止める。
「はい!」
優太は「なんですかご主人様!」とまるで飼い主に呼ばれた犬コロのようにニコニコ顔で佳佑に駆け寄った。
「あのさ……なんかあったのか、西倉と吉岡」
「なんでわかるんですか?!」
「しーっ!声でかい!」
多分優太はこの質問にでっかい声でびっくりするだろうとは思っていたが、佳佑の想像を遥かに超える優太の声のでかさに佳佑は思わず優太の口を塞いだ。
「まぁ一応元主将ですから。それに……あの2人はわかりやすいんだよね」
本当は未散を見ているから聖も気になるだけなのだが、そんなことが優太にバレてしまっては多分優太があたふたする。
それがわかる佳佑は優太の口を塞いだ手を外ながらその場しのぎの理由を述べた。
「……ほんの1週間ぐらい前からややこしいことになっちゃったんですよ」
佳佑に話してもたいした影響はないだろうし口は堅そうだしと思い、優太は話し始めた。
「……ふーん、小橋さんによく似た元カノねぇ」
佳佑は相槌を打った。
「別に聖は衣を引きずってるとかそういうのはもうないと思うんですよ。聖が今好きなのは未散なのはあいつ見てるとわかるし。けど、元カノと別れた理由がただ単に聖が勘違いしてただけだったらしくて……だからやけぼっくいに火が付いたみたいな、そんな状態になったみたいで……おまけにそれを未散はまともに見ちゃったみたいで……」
優太の割には随分冷静にかつ簡潔明瞭に佳佑に説明した。
「なるほどねぇ」
佳佑は再び頷いた。
「けど俺もうどうしたらいいかわかんなくて。そりゃ俺は聖と未散がうまくいってくれれば嬉しいけどそんなに好きだった元カノにヨリを戻そうって言われたらそりゃ悪い気はしないだろうし……だから俺は今回はもう放棄しました……でも、俺薄情でしたかね」
優太はまるで悪いことをして叱られる覚悟の上で親の前に立っている子供のような顔を佳佑にした。
「わかるよそれ、俺もそうしたことあるし。……昔理がさ、そういうことあったから」
それも正解だよ、と佳佑は優太に安堵感を与える笑顔を向けた。
「……理先輩が?」
そっちに興味が湧いてしまった優太が今度は佳佑に質問した。
「なんだよ、理だってそんな話の1つくらいあるに決まってるだろ、失礼な奴だな。あいつはあいつで壮絶な過去があるんだよ……でもこれ以上は秘密」
佳佑はまた優太に笑って人差し指を口元に持っていった。
「ふーん……理先輩ってそういうの、そつなくやれそうなイメージだけど」
そうなのかぁ、と優太は心底感心したように腕を組みながら唸った。
「……よしわかった、じゃあ一肌脱いでやるよ」
佳佑は大きく伸びをしながら優太にニッ、と笑った。
「え、でも勉強は」
優太は不安そうに佳佑を見た。
「大丈夫大丈夫、これは息抜きだから。ちょうど勉強ばっかりで飽きてたしそれに……そんな話聞いちゃったら気になって勉強できないし。この部にとって西倉と吉岡は中心人物なんだからその2人が調子悪いと部全体に影響が出る。元主将としてはそれも困るしね」
優太にはそんなことを言いながら佳佑はまた笑って片目を閉じた。
佳佑には聖の心の状況はもう見えていた。
でも聖は多分今は自分の本音にまだ気がついていない。
このままいけば聖はきっと間違った選択をする。
だけど聖もそんなに馬鹿じゃない、すぐに自分の選択ミスに気がつくはずだ。
その時被害を被るのは恐らく――。
――あんまりやりたくないけどしょうがない、やってみるか。
人の心を強引に動かしたり相手が気づくように仕向けるのは正直性分じゃない。
だけど今は、とにかく未散を助けてやりたいという気持ちが佳佑の心の全てを占めていた。
だから今だけはこじつけだろうがなんだろうが収集をつかせる理を見習ってみようかと思ったのだ。
「並木、今度吉岡が掃除当番なの、いつだ?」
佳佑は優太にそうたずねた。




