Vol.66
あの女は誰?
なにがどうなってるの?
なんであんなことになっているの?
あれを見たあたしに、どう解釈しろと……?
聞きたいこと言いたいことはたくさんあるはずなのに、それが言葉にできない。
「……あの人、今日練習試合に来ていた学校のマネージャーさんでしょ?衣に似てたから覚えてたんだ……」
未散が口にした言葉は思っていることとはまったく別のことだった。
「聖くん正直に答えてね……彼女のこと、聖くんは大好きだったよね……?」
未散は聖に背を向けたままそう口にしていた。
なぜそう思ったのかの理屈なんて未散にはなかった。
あの時の聖は腕の中にいた彼女だけが全てだったように見えた。
もうどこにも行かないで。
ずっとずっと、俺のそばにいて――。
聖の彼女への心の声が未散にも痛いくらいに伝わっていた。
自分と出会う前、どれだけ彼女に恋焦がれていたんだろう。
どれだけ彼女と辛い別れをしたんだろう。
彼女を思いどれだけ泣いたんだろう。
彼女を忘れるためにどれだけ苦しい思いを聖はしたんだろう……。
考えれば考えるほど未散の中には「あたしなんかかなうわけない」という諦めの気持ちがじわりじわりと込み上がってきていた。
自分という存在も自分との約束をも一瞬にして聖の中から消し去ることのできる彼女の存在の大きさを思い知らされた今の未散には、もうなす術はなかった。
だけど単に知りたいという好奇心の延長なのかそれとも身を引くために納得したかったからなのかそれを聞かれると答えられないけれど、聞かずにはいられなかったのだ。
「……吉岡の言うとおりだよ、彼女は俺の元カノ。別れた時は俺が完全に『二股かけられてた』って思ってて彼女に怒り狂ってそれに対して彼女は弁解してこなくて……別れた後はそれっきりだったんだけど、この前の練習試合の申し込みに来たときに再会して……そしたらさっきホントはそうじゃないことがわかったというか俺も悪かったってわかったっていうか……」
隠してもしょうがないと思ったのか、多少たどたどしい表現ながらも聖はすんなり答えた。
「……そう」
未散は相槌を打つと笑顔を作り聖に振り返った。
「聖くん、追いかけてきてくれてありがと。でももういいよ、もうわかった」
未散はそう言うと自分の腕を掴んでいる聖の指を外そうと空いている手でこじ開けようとした。
だがどうしてなのか聖は未散の腕を放すまいとして強く握り返してきた。
「聖くんお願い、もうはなして?」
もうなんで?と笑いながら未散は腕を振りほどこうとした。
だが聖ははなそうとしない。
「早く戻りなよ、知らない学校の部室に一人ぼっちなんてかわいそうだよ……?」
未散の微笑が徐々に困惑の表情に変わっていく。
それでも聖は未散を無表情で見つめたままさらに未散の腕を掴んだままだった。
「……どうしてはなさいの?!はなしてて言ってるでしょ?!」
聖の手がまだ未散の腕をはなそうとしないことにだんだん腹が立ってきた未散は、右に左に腕を振り始めた。
「お願いだから帰らせて。じゃなきゃあたし、聖くんになに言い出すかわかんないよ……?」
はなしてよっ!と未散は腕を引っぱり聖の手から逃れようとした。
だが聖は黙ったまま未散の腕から手を引こうとしなかった。
「さっさとはなせばいいじゃない!なんではなさないの?!」
聖の意図が全く読めない未散の怒りのボルテージはどんどん上がっていく。
「どうして?!どうしてあたしが平気な顔しているうちに帰してくれないの?!」
なんとか笑顔を作っていた未散だったがもう限界だった。
「黙ってないでなんか言いなさいよ!」
聖を睨みつけるとありったけの声で叫んでいた。
言いながら頼みもしていないのに未散の口元が歪み涙が頬を流れ落ちていく。
「『どうして』は俺が聞きたいよ。なんでそんなに物分りがいいんだよ、俺に対してなんにもないのかよ」
ずっと黙って未散を見ていた聖がようやく重い口を開いた。
「物わかりがいいんじゃないよ。あたしは別に聖くんの彼女じゃないんだから聖くんが誰と何をしようがあたしには聖くんにとやかくいう権利はない……違う?」
何を言い出すのかと思えば、と未散は自由になる手で涙を拭きながら馬鹿にしたように聖に笑った。
「なんでそんなにいいコぶるんだよ」
未散の返事が面白くないらしく聖は嫌味を返していた。
「……いいコぶってなんかないよ、全然」
未散は目をこすりながら言い返した。
「じゃあ言えばいいだろ?!『あの女は誰、なにしてるの?!』『人を待たせておいてなんであんなことしてるの』って言えばいいだろ?!」
未散の返してきた言葉になぜか聖はイラつきながら未散にまた言い返した。
――どうしてわかってくれないの?なんであたしがそれをしないのか、どうしてわかんないの……?!
どうにかおさまったはずの涙をまたぼろぼろとこぼしながら、すっかり腫れあがってしまった目で未散は聖を見上げた。
「そんなの決まってるでしょ?!『おまえウザい』って聖くんに思われたくない、それだけが理由よ!」
できれば言いたくなかった。
言う前に帰ってしまいたかった。
「こんなの見られたくないからに決まってるでしょ……?」
それだけやっと言うと未散の目からは悔し涙がとめどなくあふれ出した。
顔を聖から逸らして懸命になって掌でを拭き続けた。
自分が今どれだけ彼女に嫉妬しているのかを聖に知られるのが嫌だった。
聖を罵るのは簡単だけどそれをやってしまったら聖の自分に対しての目が間違いなく変わってしまうのが怖かった。
吉岡はいいコだよな――。
聖にはずっとずっと、そう思ってて欲しかった。
あの時、吉岡振って失敗したかなぁ――。
聖の心の中でそんなふうに綺麗なままでいたかった。
だから言いたいことは全部我慢した。
……なのに。
自分の醜い部分を結局さらけ出してしまった。
「あたしはただ聖くんに嫌われたくなかっただけ……聖くんが今でも彼女のことが好きでも彼女とやり直すんだとしても、それでもあたしは聖くんが好きだもん……」
言われた聖の方はどれだけ困るかなんてそんなことはわかっていた。
でも言わずにはいられなかった。
これが未散の跡形もなくすぐ消える聖に対しての……いや、今はすでに聖の心の中を占めている彼女への最後の抵抗だった。
「聖くんよかったね。指輪、受け取ってもらえて」
「指輪……?」
聖が「何を急に」と不可解といわんばかりの表情をしたがそんなもの、未散はもう見ていなかった。
聖の顔は涙で見えなくなっていた。
けれど胸元のチェーンだけははっきり見えていた。
最近聖が肌身離さずつけていたそのチェーンには指輪があるはずなのだ。
ついさっきまでその指輪は自分のもとに来るものだと信じて疑わなかった。
けれど今は違う。
その指輪は多分彼女の元にいったのだ。
だから今はきっと、聖の胸元には指輪は1つしかないわけで……。
「聖くん、あたしね、聖くんに嫌われたくないんだ。だから、もう帰らせてくれないかな」
しゃくりをあげながら未散は聖を見上げると話を続けた。
「あたし、これ以上聖くんの顔見てたら聖くんに嫌われるようなこと、きっと言っちゃう。だからもし、少しでもあたしに悪いなあって思うんだったら、もう、手、はなして……」
涙声ながらも笑って言う未散をもはや聖が引きとめることはできなかった。
聖はようやく未散からその手をはなした。
「じゃ、またね。ばいばい」
未散は聖に小さく手を振ると、校門に向かって歩き出した。
「……あ!」
少し歩いたところで未散は聖に振り返った。
そしてそこからいきなり何かを2つ投げてきた。
反応が遅れた聖は投げてきたそれを受け止めることができず、アスファルトに叩きつけられたそれはゴロゴロと鈍い音を立てて転がった。
「それあげる!寒いから2人で飲んで!」
それだけを言って聖に再び笑いかけた未散は、そのあとは一度も振り返ることなく歩き続けた。
――がんばった。あたし、がんばったよね……?
ゆっくり歩いたら立ち止まってしまいそうだった。
また泣き出しそうだった。
だから徐々に足早になっていった。
「……うっ……ふっ……」
気が緩んだのと少しだけ「もしかしたら追いかけてきてくれるかも」という淡い期待がモノの見事に外れた悲しさで嗚咽が込み上がってきていた。
「未散!」
どこかからか自分を呼ぶ声がする。
――え?誰?どこから?
ひっく、としゃっくりを上げながら未散はぐるりとあたりを見た。
「衣……優太……」
恐らく心配してだろう、2人はずっと近くのコーヒーショップで待っていたらしい。
未散の姿が店の中から見えたのか、2人で慌てて出てきたのが未散にもわかった。
「あれ?聖は?なんで未散1人なの?」
あとで来るのか?と優太はきょろきょろした。
「来ないよ、聖くんは」
「来ない……って、え?!なんで?」
未散の言葉に衣は驚いた声を出した。
聖くん元カノさんとヨリ戻すんだって――。
そう平然と言うつもりで未散は口を開いた。
……だけど。
言ってしまったら認めたことになる。
言ってしまったら自分の失恋が決定的になる。
そう思ったら口に出せない。
「ほんとは聖くんがずっと好きなのは衣なんだよ……元カノも衣にそっくりであたしなんか全然敵わなくて……」
気が触れたとしか思えないことを未散はなんの違和感も感じずに衣を見た途端呟き始めていた。
「未散……?」
衣が心配そうに未散の顔を覗き込んだ。
「なによ!来ないで!」
衣と目が合った瞬間突然未散は、怒りを露わにして衣を突き飛ばした。
不意を突かれたため避けることもできず衣は歩道に弾き飛ばされた。
「な、何だよ急に……」
眉間にしわを寄せながら優太は未散に文句をつけると、衣を起こして服を払った。
これがいつもならなんとも思わない光景だ。
というより、優太の起こした行動はいたって普通のこと。
なのにどうしてだろう。
今は腹が立って仕方がない。
「ねぇなんで?あたしと衣ってそんなに違うの?!なんで聖くんも優太も女としてみるのは衣だけなの?あたしだって女なのに!」
「未散……?」
ふと見た衣の表情が聖の元カノとぴったり重なり、言ってもどうしようもないことを未散は衣に当り散らしていた。
「ねえ衣、優太だけでいいでしょ?!贅沢すぎんのよ!聖くんまで取らないでよ!」
「……おい未散、おまえいい加減にしろよ!」
どう考えても八つ当たりになっている未散の言葉に優太がキレた。
優太が衣からはなれると未散に近づいた。
そして……なんのためらいもなく手を上げた。
パン!とあたりに優太の掌が未散の頬に当たった音が響き渡る。
「優太!なにすんのよ!」
「うるせぇ!おまえは黙ってろ!」
驚いた衣が優太を制しようとするが、優太の方は衣にまで大声を張り上げるとギロリと未散を下から睨みつけた。
「なんなんだよ、なんだって言うんだよ!よくわかんねぇけどさ、衣に当たるんじゃねーよ!」
優太はそう未散に怒鳴ると、未散のジャージの襟元を掴み無理矢理未散をかがませた。
「おまえさぁ、衣がなんにも気にしてないと思ってんのか?自分が親友の惚れた男の初恋の女だっていうことがどれだけ辛いかおまえにわかるか?わかんねーよな!」
「優太やめてってば!」
「いややめないね、だってこいつわかってねーもん!」
衣の悲鳴にしか聞こえない声を優太はまた押しつぶし、未散が今まで見たことのない形相で睨みつけたまま優太は乱暴に未散の襟元から手をはなした。
ゴメンね未散……あたしなんにもわかってなかった……あたしどうしたらいいのかなぁ――。
まだ聖と再会したばかりの頃、優太は一度衣を叱り飛ばしたことがあった。
そのときは未散に「謝りに行ってこい」と背中を蹴っ飛ばされたのだが、そのとき謝る前にコトの次第を優太が衣に説明した途端衣はその場で泣き出してしまったことと、何を言ってやればよかったのかわからなくて「わかったからもう泣くな」と言うのが精一杯であとは抱き締めてやることしかできなかった自分をふと思い出していた。
「そんなこと言ったってしょうがねぇだろ……おまえより先に衣が聖と出会った事も聖が衣を好きだったこともどうしようもないことだろうが……今更過去に起こったことなんか順番変えられねぇんだからさ……」
こんなこと誰も望んじゃいねーんだよ。
そんなのおまえなんかよりずっとずっとずっと衣が思ってるよ、バカっ。
そう悲しげな目をして優太は未散から目を逸らした。
それから30分間、再び未散は泣き崩れた。
「衣ごめんね」と馬鹿の1つ覚えのように繰り返した。
見かねた衣は未散に歩み寄り「あたしは大丈夫だからね、あたしこそゴメンね」と優太にぶたれた頬にそっと触れながら一緒になって涙した。
そして優太は……もうどうしていいかからず、道路に座り込んでしまった衣と未散を見下ろしていた。
どうもこんばんは、愛梨です。
すみません、更新が遅くなりました(汗)。
ここもだいぶ手直ししました。
そのため遅くなりました……すんません。
さてさて……。
ここなんですけど、最初にかいたときもそうなんですが、ものすごく時間がかかりました。
だって主人公が不幸のどん底に落ちるんですから(涙)。
主人公が不幸のどん底に落ちるときのほうが書きやすいという人もいると思いますけど私の場合は書いている自分までどよーんと落ち込むので進まない進まない(苦笑)。
けど結局書きたかったのは自分なわけですから頑張って書きました。
それはさておき。
あーぁ、とうとうこうなっちゃいました。
おまけに優太にははたかれるし……未散ちゃんまさしく踏んだり蹴ったりです。
このまま未散はおわってしまうんでしょうか?……って、終わっちゃったら話が終わるっつーの!←1人突っ込み(汗)
こうなるともう、衣も優太も助けてあげられません。
でも捨てる神ありゃ拾う神ありで手を差しのべてくれるジェントルマン(?)が登場しますよ。
久々にあの人が登場します。
……まぁカンの鋭い方はわかるでしょう、きっと。
ちょっと待っててくださいね。
一方、未散に缶コーヒーを投げつけられ置いてかれた聖くん。
彼はどうなったのか。
次回はそこをお見せしましょう。
ではまたです。




