Vol.60
学校を出て40分後。
聖は隼が日和を目撃した現場である駅に程近い道路にいた。
隼の話によると駅から出てきたというので道路を挟んで駅の反対側で隼と待っていた。
そして……2人は見てしまった。
日和が聖の知らない男と手を繋いで笑い合っている姿を――。
「……な、どう見ても日和先輩だろ……?」
隼は聖を見上げ遠慮がちに聞いていた。
「隼、これ持ってろ」
突然聖は持っていたバッグを隼に押し付けると、見知ぬ男と手を繋ぎその男に笑顔を向ける日和に近づいた。
「お、おいっ!聖っ!」
怒りの感情が暴走し始めた聖に気がついた隼が慌てて声を掛け聖の腕を取ろうとしたが、紙一重で間に合わない。
「聖っ、バカっ!戻って来い!」
隼はつい大声を張り上げていた。
多分聖という言葉に反応したのか、日和らしき女性がこっちを見た。
そして聖を見た彼女――日和は目を大きく見開いた。
「どういうことですか、これは?!」
聖は掴み寄る勢いで日和を責めた。
「……………」
日和は何も言い返せないまま聖から顔を背けた。
「あーあ、作戦失敗かぁ」
そう発言したのは日和の隣を歩いていた男だった。
聖がちらと下を見ると、男は今もしっかりと日和と手を繋いでいた。
「言っとくけど日和は何も悪くないよ。俺と彼女の利害関係が一致しただけだった、それだけだから」
「なんだよそれ、どういうことだよ?!」
わけのわからないことを言う彼に聖は上から睨みつけた。
「つまりはこういうこと。バスケ部のマネージャーとして入部してくれた彼女を俺は好きになった。でも彼女には年下の彼氏くんがいた。だから一度は俺も身を引いた。けれど、君に会えない寂しさを誰かに埋めて欲しいかった彼女は俺に頼ってきた。……わかった?聖くん」
どういうわけか自分の名前を知っている彼は実にすらすらと事情を説明するとさらに続けた。
「俺は彼女にとってはあくまでも君の身代わり。今ココで手を引けと君に言われるなら、俺はすぐにでも日和をココにおいて帰るよ」
けど、と彼はそれまで笑っていた顔から険しい表情に変えた。
「日和がこんなことをするしかなくなる前におまえがなんかしてもよかったんじゃないのか?どうして日和がおまえにじゃなくて俺に甘えたのか、おまえ考えたことあるか?」
男は聖に詰め寄ると聖の胸ぐらを掴み自分に引っぱった。
「日和はおまえの負担になりたくなかったんだよ。本当はおまえに会いたくて会いたくてどうしようもなかった。けど、『最後の大会が近いから練習頑張っていて疲れているだろうし受験生だから勉強も頑張らなくちゃいけないから自分だけわがまま言えない』ってずーっとずーっと思ってた。だからおまえからのメールも電話もなんて返事したらいいのかわからなくてそのままになってしまった。……そういう日和の気持ち、おまえ全然わかんねーだろ?」
そこまで言うと彼は乱暴に聖から腕を放した。
「気づくの遅せーんだよ、バカ。根本的に運動部のマネージャーをやれる女のコってのはすごく気遣い屋なんだよ。自分の感情を押し殺してでも人のために動ける、そういう女にしかできない仕事なんだよ。そんなコはどこかでちゃんと息抜きさせてあげないと潰れてしまう。本当ならそれをおまえがやるべきなんじゃないのか?どうにかして時間作って会いに行くぐらい中坊の頭がありゃ思いつくことぐらいできんじゃねーのかよ?!」
どうなんだよ、答えてみろよ!と彼は聖を下から睨み返した。
「中坊言うんじゃねーよ!」
完全に馬鹿にされたと思った聖の怒りは爆発し、その勢いで男に拳を振り上げた。
「聖お願いやめて!大事な試合の前なの、怪我されたら困るの……!」
それは聖にとってはあまりに惨い光景だった。
日和が守ろうとしたのは聖じゃなかった。
聖じゃなくて、彼のほうだった。
日和は彼を庇うようにして聖の前に立つと聖の振り上げた腕を必死になって押さえていた。
――俺のことよりそいつの方が心配なのかよ。そいつの方がそんなに大事なのかよ……。
惨敗だった。
聖は振り上げていた拳を力なく下ろしていた。
ふと見ると目の前には涙目の日和がいた。
でもその理由なんて聖にはもうわかりたくなかった。
今更日和に何を言われても聖は聞きたくなかった。
「先輩すんません、気づいてあげられなくて」
考えて考えて考えて、聖はやっとそれだけを言いながらなんとか日和に微笑んだ。
けれどその笑顔は少しでも気を抜いたら消えてしまいそうだった。
血の味がするぐらい口の中を噛み締め涙が溢れないように目を閉じて深呼吸していた。
そしてもう一度日和に必死になって笑顔を作った。
「だけど、先輩がやってること、俺がガキなだけかもしれないけど、さんざんほったらかしたくせにって言うかもしれないけど、そういうの、俺は許せないから」
言いながら涙がこぼれそうになっていた。
聖はギリッと下唇を噛んだ。
そして聖は日和に精一杯の強がりを見せた。
「俺、この大会終わったらバスケやめます。日和先輩にはもう会いたくないから俺は……もう2度とバスケットボールは持ちません……」
それが聖から日和への別れ話だった。
聖は2人に「失礼します」と頭を下げると背を向け歩き出した。
――どうしてなんにも言ってくれなかった……そんなに年下って頼りないのかよ……?
今聖の頭の中で思い出していたのは、日和の隣にいた男だった。
仮に彼が高校3年生だとしても自分との歳の差はわずか3歳だ。
なのに「中学生」と「高校生」ではこんなにも違うのかとまざまざと見せつけられた気がした。
自分は始終冷静でいられなかったのに対して彼はずっと落ち着いていた。
それがきっと日和が聖をないがしろにした理由なのだろう。
その証拠に日和は自分が別れると言っているのに引きとめようともしなかった。
そして追いかけてきてくれることもなかった。
それはもう紛れもなく、日和が別れ話を承諾したということ――。
――なんでこんな話、俺がしなくちゃいけないんだよ……?!
自分が日和に別れ話をする日が来るなんて夢にも思ってなかった。
……いや、そうじゃない。
別れ話をさせられたというほうが正しかった。
確かに言ったのは自分だ。
でもそれは、日和が言わないから自分が言ったにすぎない。
自分から言えない日和が聖に言わせたのだ――。
「ちっきしょう……!」
もう笑うことなんてできやしなかった。
聖の口元はみるみる歪みだしていった。
もう誰が悪いのか何が悪いのか聖にはわからなくなっていた。
だけど今ここにある気持ちはたった1つだけ。
こんな現実を知るまでは誰よりも愛しい人だった日和が今はこんなにも憎い。
「なんでだよ……どうして……?!」
そう呟いたときには、もう聖には歩く力なんてなくなっていた。
着ていた学ランの左胸を握り締めながら聖は膝かられ落ちてしまった。
「聖っ!」
何もできずに立ちつくしていた隼は聖が動かなくなった瞬間に駆け寄っていた。
そして聖と一緒に膝をつきながらかろうじて聖を支えた。
「俺そんなに悪いことしたのかよ……なんで他の男といるんだよ……なんで俺じゃないんだよ……?!」
それを最後に聖はもう何も喋れなかった。
隼が痛さのあまり歯を食いしばってしまうほど聖は隼の背中を掴み、出てくる嗚咽と涙を堪え続けた。
けれどそれは全くのムダで、あとにも先にもこんなにも泣いたのはきっとないだうというくらい泣いた。
それでも聖が左胸から自分の手をはなすことはなかった。
そこには最後に会ったあの日に買った指輪が入っている胸ポケットがあったのだ――。
それから聖はまもなく携帯の番号を変えた。
部活引退後は優太や未散と同じようにスポーツ推薦の話も持ち掛けられたが全て断った。
通学路でうっかり会ってしまわないように日和の通う高校とは反対方向になるように学校を選んで受験した。
そして……今に至るのだ。
こんばんは、愛梨です。
聖と日和が別れたいきさつはこんな感じです。
まぁぶっちゃけ日和を弁護する猶予は……ここではありません(汗)。
けれどわざわざこんなタイミングで出てきたってことはなんかあるわけです。
はたして日和はなにをしだかすのか……まぁちょっと待っててください。
ということで、またです。




