Vol.6
――そんな表情、しないで……。
優太の顔を見た途端、衣は足から力が抜けてしまいへなへなと座り込んでしまった。
力が抜けてしまった理由は優太の瞳だった。
衣の知っている優太の目はいつも笑っていた。
だけど今は違う。
怒っているような泣いているような……衣の知らない瞳――。
だからだろうか、座り込んでしまっても優太の瞳からはそらせず衣は優太を見上げていた。
「衣、1回しか言わないからよく聴けよ」
ドアから手を離さないまま優太は少しずつ腰を下ろし、衣と同じ目の高さに合わせた。
「俺にとってはバスケは大事だよ。すっげー大事」
だけど、と優太はちょっと間をおいて続ける。
「だけど、バスケは2番目なんだよ。……練習試合だろうがなんだろうが、そういうの全部放り出してでも大事にしなきゃなんないものが、俺には1個だけあるんだよ」
「…………」
「未散に『衣が来てる』って聞いたから、お前をここまで追いかけてきた」
「…………」
衣はもう優太のオーラに呑まれてなにも言い返せない。
ただ黙って優太の言うことを聞いていた。
「女にヘラヘラするような男だって他の女にはそう思われたって構わない。だけど、衣にだけは『あれはただの演出だ』って言い訳したかった……どうしてかわかる?」
優太は衣に問いかけた。
――あたしが欲しい答えが返ってくるの……?
衣の心臓の鼓動はどんどん大きくなる。
俺にとって、と優太は口を開いた。
「俺にとって1番大事なのは衣だから。だから……『好き』って言ったのも『愛してる』って言ったのも全部ホントなんだよ、衣はいっつも本気にしてくれないけど」
優太の言葉が真実であるを証明するかのように、言い終わった優太の顔は真っ赤になっていた。
――嘘っ。嘘嘘嘘っ。
衣の方はというと、いざ言われてみるとにわかに信じがたくてそれこそ落ちそうな勢いで目を見開いた。
「……もう無理、限界。衣かわいすぎ」
衣から目を逸らす優太の手はドアからはなれた。
そしてその手はあっという間に衣の背中に回り、強引に優太の胸へと引き寄せられる。
「優太っ、ちょ、ちょっと!」
突然の優太の行動に衣は動揺を隠せない。
「いいからおとなしくしてろ!」
何も聞かれたないかのように優太は怒ったように声を荒げた。
「…………」
衣は衣で優太の勢いに押され黙ってしまった。
――なんか熱い。なんでこんなに熱いの……?
少し時間がたって余裕が出てきた衣は周りを見渡す。
……そこで大変なことに気づいてしまった。
ユニフォーム姿なので当たり前なのだが、今の優太の姿は思っている以上に優太の体温が衣に直に伝わってくるのだ。
――お願いだからもうはなして……恥ずかしい……!
でも一方でこのままでいたい自分もいるわけで、衣は一人「ばかばかばかっ、ナニ考えてんのよっ!」と葛藤していた。
「衣……」
その時だった。
優太の腕の力がふと緩んだ。
さっきとは違う、静かで優しい声。
「…………」
葛藤はどこへやら、優太の声に衣の胸はきゅうっと締め付けられる。
「大きい声出してごめんな?」
そう言う優太の手は、衣のまつげに伸びる。
「目、腫れてる……どうした?誰かに泣かされたのか?」
そう衣に聞きながら、優太の指は腫れぼったい衣の目の下にそっと触れる。
衣は小さく肩を震わせた。
「衣」
自分の名を呼ぶ甘い声に衣は操られるように優太を見上げる。
見上げるとあったのは、優太の愛しい女を見るあたたかい眼差し。
それに衣は射抜かれた気がした。
もう首を振ることさえできないくらい、衣の全てが優太に奪われて動けない。
……しかし。
その間に優太の手が衣の髪に触れていく。
――ナニ?何するの?!
優太の手が自分の頬に回った途端、衣は急に酔いが覚めた気がした。
めくるめく展開にだんだん怖くなってきて衣は思わず目をぎゅっ、と閉じた。
「衣、いいの……?」
優太は衣が目をつぶった理由を完全に誤解した。
優太は手を衣の肩に置くと、少しずつ少しずつ衣に顔を寄せていく。
それを衣は空気で感じ取った。
――ダメダメダメ、もう耐えらんないっ!
衣はバッ、と目を開けた。
すると目の前にあったのは……目を閉じる寸前の優太、だった。
――こんなところで無理無理無理っ!!
「は、はなしてっ!」
あまりの恥ずかしさに衣は優太を突き飛ばした。
「おわっ!?」
不意打ちだったため優太は思いっきりひっくり返ってしまった。
「……あ、あたし帰るっ!」
――こんな優太目の前にしてたら、あたしの心臓いくつあっても足りないよ……!
衣はその場から逃げ出そうとするかのように立とうとした。
……が、腰が抜けてしまったらしくて立とうとしてもすぐに尻餅をつく。
それでも足だけジタバタと動かしてなんとか後ずさりし、手をガタガタと震わせて後ろ手でドアを開ける。
そして開いたと思ったらくるりと向いて荷物を抱えて転びそうになりながら教室を出た。
後ろで「衣待って!」と優太が叫んでいたが、衣は聞こえないフリをしてしてひたすら走った。
昇降口に着いて上履きを脱ぎ、投げように靴箱に入れ靴を引っ張り出し、履いたかどうかのうちに再び走る。
普通ならこんなに喜ばしいことはないのだが、好きな男に好きと言われるわ抱きつかれるわ髪やら顔やら触られるわ自分が目を瞑ってからは優太が自分に何をしようとしていたのか何となくわかるわで、あまりにいろいろありすぎて衣の頭はさっきのたった数分間の出来事だけがぐるぐると回っていた。
そんなわけで「衣どうしたの?!」という未散の声を聞いたような気がしたが、……衣に振り返る余裕はなかった。




