Vol.5
その時だった。
「衣っ、どこだっ!衣っ!!」
――え?
一瞬びっくりして衣の涙が止まった。
――優太……?
衣は立ち上がり振り返るが誰もいない。
――いるわけないよね。今から練習試合が始まるのに。
冷静になった衣は涙を手のひらで拭ってまた歩き始めた。
「おいっ、衣待てっ!」
しかし衣が2歩も歩かないうちに、後ろからダダダダという足音とびんびん響く自分を探す優太の声がこだましてきた。
――なんで来るの?なんでなんで?!
一度は落ち着いたはずの頭が優太の声でまたパニックなり始める。
――帰ろう……帰らなくちゃ……帰りたい……!
とりあえず結論を出し衣は教室へ走り出していた。
だが相手はバスケ部の、すばしっこさだけがとりえの男。
あっという間に「衣っ!」と優太の叫ぶ声はすぐ後ろまで来ていた。
――どうしよう……こんな顔見られたら、優太はきっと『衣どうした、誰に泣かされたっ?!』て聞いてくる。『あんたのせいよ!』なんて言えない……!
衣も衣で全速力で逃げた。
なんとか教室までたどり着き、席に戻って荷物をひったくるように掴んで教室を出ようと左ドアに向かった。
その瞬間――。
ダンッ!
大きな物音が右から聞こえ、衣はびくっとし、足が止まる。
ビクビクと衣が物音がした右方向を向くと、教室のドアは思いっきり開いていて、そこにちょっともたれかかって肩でぜーはーと息をしているユニフォーム姿の優太がそこにいた。
「なんだよ、帰っちゃうのかよ。俺の勇姿を見ていけよ
言いながら優太は衣に1歩1歩と近づく。
「こ、来ないでよっ!ってか、早く戻んなさいよっ!」
練習試合始まるんじゃないの?と衣も1歩1また歩と後ずさる。
「……ふざけんじゃねーぞ」
俺から逃げられるわけねーだろっ!と優太は一気に机を払いながら衣を捕まえに速攻をかける。
「来ないでったら来ないでよっ!」
衣も衣で精一杯走って教室のドアを開けようと手を伸ばす。
だが、追いついた優太が衣の後ろから乱暴にドアに右手を押し付けた。
「俺のことなんだと思ってんだよ、おとといの体力測定の50メートル走で校内トップ取った男だぞ、観念しろ」
またぜーぜー言いながら、優太は衣が逃げられないように今度は左手をドアに置いた。
「なによぉ、なにしに来たのよぉ」
優太との距離が余りに近すぎるのといつになく真剣な優太の口調に衣は振り向けない。
荷物を前に抱え、優太に背中を向けたまま必死で悪たれを言い放つ。
「なにって、お前が体育館から消えたから追いかけてきたんだろうが」
「……なにそれ、バッカじゃないの?!」
返事の意味がわからない衣は半分バカにしたように言いながら優太に向き直り睨みつける……はずだった。




