Vol.57
初めはかなりイヤイヤだった日和の自宅までの送り届けも、気がついたらもう今日で最後という日になっていた。
今日は日和たちの代が引退する日だった。
このときの聖にとって日和と帰ることはもう苦痛だった。
だがその苦痛は同じ苦痛でも1年前の苦痛とは違うものだった。
明日からはもう帰る時間は同じではなくなる。
そうなれば一緒に帰る理由なんてない。
だから明日からは帰りはいつも1人……。
2年生になってからはこの日が来るのがとてもイヤでイヤで、だから日和たちの引退が遅くなるように勝とうと必死で練習した。
けれど残念ながら聖たちのチームは地区大会ベスト16で終わってしまったのだ。
「こうやって送ってもらうのも今日が最後だね……ありがとね、毎日毎日1年間」
あと100メートルも歩けば日和の家に着くというところで日和は聖にお礼を言い出した。
「いえ、通り道でしたし……」
感謝を述べられるといよいよこれが最後なんだということをイヤでも思知らされ、聖は気のきいた言葉はなに1つ思い浮かばない。
「明日からは西倉たちの代だね。頑張ってよ、副部長」
聖の気持ちをさっぱりわかっていない日和はバシッと聖の背中を叩いた。
「あ、雨貝先輩こそ受験勉強頑張ってください……」
おー痛ってぇ、と小さく呻きながら聖は日和にそう言いながら背中をこすった。
そんなことをしながら歩いているうちに日和の家の前に着いてしまった。
「ありがと。……じゃあね、気をつけて帰ってね」
石段を後ろ足で上りながら日和は聖に手を振った。
「はい。じゃあ、失礼します……」
明日からはなかなか会えなくなるというのに聖は昨日と全く同じように日和に返して軽く頭を下げると、姿勢を戻して回れ右をし聖は歩き出した。
――あー終わっちゃったよ……。
だったら今から家に入ろうとする日和を掴まえて言いたいことがあるなら言えばいいのに、臆病者の聖は振り返る勇気がない。
はぁ、と聖は肩を落とした。
そのときだった。
「西倉っ!」
後ろから日和の声がした。
聖はびくびくっ、としながら後ろを見た。
「ねぇ西倉、あたし、明日から西倉が部活終わるまで図書室で勉強して待ってるから、明日も一緒に帰っていい?」
あたしイヤなの、と日和は近所迷惑になるのも忘れて聖に大声で話しかけた。
「西倉と一緒に帰れなくなっちゃうのも、あたしじゃない他の女のコと西倉が一緒に帰るのもイヤなの」
そこまで言うと日和は立ち止まったままの聖に駆け寄ると聖の腕を掴んだ。
「あたしずっと西倉が好きだった。でも、そのときは理由がわからなかったけれど西倉はあたしのこと嫌いなんだろうなって思ってた。だからその理由を知りたくて顧問の先生に『一緒に帰ってくれる子は誰がいい?』って聞かれたときも『西倉がいい』って言った。初めて一緒に帰った日にあたしを西倉が避ける理由知って絶望的だって思った。だけど西倉はそれでも毎日一緒に帰ってくれたからあたしはどんどん期待してた……でも、気のせいだった。西倉は頼まれたら断れないからそれで送ってくれてただけなんだよね……」
突然の日和からの愛の告白だった。
「…………」
一気に捲し立てられ聖の頭はパンクしそうだった。
――どうしよう、何言ったらいいんだよ……。
考える余力がない上に日和の涙があふれている目で見上げられてさらに聖は動けなくなる。
――なんか言え、なんか……っ。
せき立てる自分がいるものの、あせってしまってかえって言葉が出てこない。
「…………」
聖は何も言えないことが申し訳なくて俯いてしまった。
「やっぱりそうなんだ……わかった……ごめんね、今の聞かなかったことにして」
聖が俯いた訳を「自分の告白が迷惑だったから」と誤解した日和は聖に謝った。
聖の袖を掴んでいた手をはなし、家に戻ろうと聖に背を向けようとしていた。
「先輩、待って」
間一髪、聖は日和の腕を捕らえていた。
日和は聖に振り返った。
振り返った日和の頬には、いくつもの涙が零れたあとが残っていた。
それをまともに見てしまったのがいけなかった。
聖は日和の腕を引っぱっていた。
「に、西倉……?」
突然の聖の行動に日和は目を泳がせる。
――なにしてる俺は……ど、どーすんだよこの状況……?!
日和を抱き寄せてしまった聖はもうすでにこのあとどうしたらいいのかと焦っていた。
どうやら昔から口より先に手が出てしまい後悔するのは変わっていないらしい。
「……す、すんません!」
傍目から見たら「やるじゃん聖くん」という感じだが、当の本人はというとあたふたしまくっていた。
もうどうしていいかわからず謝りながら慌てて日和からはなれた。
「ああああ、あの、俺は、えっと、その……あーっ!」
返事をしようと思っても何から言えばいいのかわからず、最後には頭を掻き毟った。
それを見ていた日和ははじめは唖然としてしていたが、だんだんおかしくなってきて「ふふっ」と噴出し始めた。
「西倉」
「はははは、はいっ!」
「……あはははは!」
聖に質問しようと思って日和は聖に呼びかけたのだが、直立不動で返事をする聖に日和はとうとう大笑いを始めてしまった。
――ななななな!どうすんだよ!笑わせてる場合か!
これでは色気も何もないわけで、どう考えても返事どころじゃない。
本気で腹を抱えて笑っている日和を見ながら相変わらず聖は硬直したままだった。
「……わかった、よくわかった。あたしが悪かった、ゴメンね」
あぁおなか痛い、とまだ笑い足りないらしい日和は「ど、どうしよう」とぶつくさ呟く聖の顔を見て
笑いを堪えながら謝った。
「いや、あの、そんな、謝られましても……」
なんで日和が謝ってきたのかがわからない聖はぶるぶると両手を振った。
「西倉、質問していいかな」
「……え」
話を急に振ってきた日和に聖の両手はぴたりと止まった。
それを見てまた笑いそうになりながらも日和はあのね、と言葉を続けた。
「西倉は今まで自分から女の子をぎゅっとしたことってある?」
「め、滅相もないですよ!さっきのが初めてっていうか……あ、す、すんません!」
最初の日和の質問に聖はまたわたわたと手を振ると、はっとしたように今度は謝りはじめた。
「別に謝らなくていいんだけど……じゃあね、もしも今ここにいるのがあたしじゃなくて他の女の子だったら西倉はどうしてた?」
またもやかちこちの聖に笑い転げそうになるのを我慢して日和は2つ目の質問を聖に投げかけた。
「どうって……謝るだけですよ、『すんません、そんなこと言われても困ります』って」
「目の前で泣かれちゃっても?」
「そうですね、そんなことされたら俺逃げ出します、多分」
「うわぁ、西倉って冷たーい」
少しだけ責めるように言いながら日和はわざと腕を組んで笑いながらも軽く聖を睨んだ。
「だってしょうがないじゃないですか!泣かれたからってどうこうできないし!」
これこそまさしく逆ギレ、聖はムキになって日和に言い返した。
「……西倉」
「……はい」
組んでいた腕をほどきながら日和は真顔で聖を呼んだ。
聖もそれに釣られてか表情を元に戻していた。
「あたしが彼女だと今年はクリスマスもバレンタインもきっとないよ?それでもいい……?」
日和は意を決したかのように聖を見ると、聖にそう聞いていた。
「わかってますそんなこと、全部わかってます」
聖の返事は即答だった。
ほんの少しだけ辛そうに笑いながらも聖は頷いていた。
「先輩以外の女とクリスマスやるくらいなら先輩と勉強してる方がいい。先輩以外の女からチョコ貰うくらいなら俺が先輩にチョコあげます……俺はそっちのほうがいいから」
聖は日和に歩み寄るとしゃがんで日和を見上げると、腕を伸ばして日和の頬についた涙のあとを拭いた。
「今度のクリスマスもバレンタインも俺はいりません。明日からも先輩と一緒に帰れるならそれでいいです」
それが聖からの精一杯の日和への告白だった。
「西倉、ありがと。ありがとね……」
日和は聖の言葉に笑っていたがすぐにその笑顔は崩れてしまい、首にしがみついて泣きじゃくり始めた。
「先輩こんなところで泣かないで下さい、俺困ります……」
そう言いながらも、もう聖が慌てふためくことはなかった。
日和の背中に右手をそっと手を置き、もう1つの手は髪を聖はあやすように優しく撫でていた。
そしてほどなく聖は『あの雨貝日和を落とした男』として君臨することになる。
それは日和が卒業するまで語り継がれていったのだ。
こんばんは、愛梨です。
やるな、中坊聖……なんてね(笑)。
それにしても……今までを見てても思う方はいると思いますが、案外聖はこういうときは全然冴えない。
よっぽど優太の方がしっかりしてます(苦笑)。
まぁでもまとまったんでヨシとしてください(笑)。
次回は今作品では最初で最後の聖と日和のラブラブモードをお送りします。
そしてその次からは……いよいよ聖が「バスケはもう2度としない」と決めてしまった理由が明らかになります。
きっとこれ、大人だったら絶対ありえません。
まだ恋愛慣れしてない世代だからこそ起こってしまう悲しい話です。
もうある程度恋愛経験を積んでいる人であれば、
聖……気持ちはわかるけど許してやって欲しかったなぁ……。
日和……おまえバカだなぁ……そんなに強くならなくていいのに……。
……って思う人が多いんじゃないかなぁと思います。
あとそうそう、みなさん覚えてますか?
久しぶりに「彼」も登場しますよ。
中学時代の聖を語ろうと思ったらなくてはならない「彼」がまたもや物語を動かします。
ということで、ちょっと一気に読んだ方がいいと思うのでしばらくはここはお休みしますね。
どうぞ一気にいっちゃってください!
ということで、またです。




