Vol.53
その日の夜。
聖はしばらく自分の机の上にある小さな引き出しをジッと見ていた。
その引き出しはある日を最後に一度も開けられることがなかった。
その日は言葉では言い表せないくらい苦しくて辛かった。
今でも覚えているのだが、半べそで家に帰ってきて早々にその引き出しの中のモノをゴミ箱に投げ捨てた。
でも……情けないことに、想いを断ち切れなくて結局捨ててから5分もしないうちにゴミ箱からまた拾って後生大事に引き出しにしまっていた。
しかしいつの間にだろう、その引き出しはもちろんその引き出しの中身の存在もすっかり忘れていた。
だからこうやって引き出しを眺めるのは久しぶりのことだった。
――あれから1年半か……。
聖はその引き出しに手を伸ばし取っ手を引っぱった。
出てきたのはシルバーのチェーンと、そのチェーンに通された男物のシルバーの指輪だった。
チェーンは引っ越すときに優太がくれたものだった。
そして指輪は、中3になる前の春休みに買ったものだった。
でも指にはめたのはたった1回だけだった。
聖はそっと指輪を持つとチェーンから外して左手の薬指にはめた。
どうやら指は成長してないらしくぴったりはまった。
――しょうがない、モノに頼るか……。
左手をかざしなら聖は1人苦笑した。
2日後。
聖は優太を連れてあっちこっちの店を覗いていた。
「聖ぃ一体なんだよぉ、俺もう疲れた」
やたら指輪を見ては自分の小指にはめてくる聖に優太はげんなりしていた。
「ごめんな。しかも優太にあげるわけじゃないのに」
申し訳なさそうに聖は優太に笑った。
「当たり前だよ、聖から指輪なんかいらねーよ!」
おお気持ち悪っ、と優太は身震いする。
「誕生日プレゼントにしようと思って」
はい指貸して、と聖は優太の手を取った。
「……あ、そういうこと」
優太はようやく納得していた。
「で、指輪あげんの?……うわー聖ってキザ」
俺には真似できん、と優太は聖の顔を見てニヤニヤした。
「俺は優太みたいに言えないからこれしか方法がないんだよ」
うーんどっちがいいかなぁとぶつぶつ言いながらも聖は優太に答えた。
「でも、なんで俺の指にはめてんの?」
大丈夫なのかそんなんで、と優太は少し心配になる。
「大丈夫、だからさっきわざと3人でコーヒー飲みに行ったんだよ」
「……どういうこと?」
「優太のどの指が吉岡の薬指と同じ太さかを観察するために行ったようなものだから」
俺って頭いいだろ、と聖は優太に笑って片目を閉じた。
「……学年トップはやることが違うわ」
優太は感心する。
そう。
つい30分前まで聖は優太と未散を誘って学校の近くのコーヒーショップにいたのだ。
で、聖が知りたかった未散の誕生日と薬指の太さは何気ない会話の中で見事に聞き出した。
入学以来学年トップの座を守り抜いているこの男はどうやらこういうことにも頭が回るらしい。
11月17日。
未散がこの世に生まれた日を、聖なりに彼女にとって人生で一番幸せな誕生日にしてあげようと思っていたのだ。
翌日。
女バス部の部室は大騒ぎになっていた。
「ちょっと見た?西倉の首」
「見た見た、あれって指輪だよね?」
「しかも2つってところが超意味深」
「彼女でもできたのかな」
もう気分はオバサンたちの井戸端会議。
着替えながら言いたい放題が始まっていた。
今日も例によって男子は練習中暑くてほぼ全員がTシャツを脱いだのだが、その時に「西倉なんだよそれ?!」と男の声がどよめいた。
その声に女子も「なになに?」と見ると……部員の1人が聖の首にかかっている指輪を指でピンとはじいていたのだ。
「決まってるだろ、聞くな聞くな」
聖はそう言いながら指輪を手にとって、ふふふんと笑いながらそっと唇を押し当てたのだ。
それを見ていた男共は「西倉カッコつけすぎ!」「聖なにそれわざと?!」と実に様々な眼差しで聖を見、女子の方は「あれ、あたしがほしい!」と浮ついた声を上げていた。
未散はそんな中、1人聖から目を離せなかった。
ごめんな、もう少し待ってて――。
聖はまわりに気づかれないようにしながら、女物の指輪を親指と人差し指とで挟みながら未散に向けて翳すと確かにそう言った。
――もう少しって何?待ってろって、一体いつまで……?
聖の言葉に未散は笑顔を作る余裕なんかなかった。
「ねぇ、未散は知ってるんじゃないの?」
未散の隣のロッカーを使っている先輩が不意に未散に話を降ってきた。
「知ってるって、何をですか?」
まわりは聖の話でまだ盛り上がっていることなどわかっていなかった未散は真顔で先輩に質問を返した。
「だから、西倉の指輪をあげたい相手のコのこと」
未散西倉と仲いいみたいだし、と先輩。
「いやぁあたしはそれはちょっと……」
自分だと言ったらどうなるんだろうとは思ったが言う勇気のない未散は言葉を濁した。
「もしかして未散だったりして」
「え、なにそれ」
「ちょっと、どういうこと?!」
ところが1年生の誰かが爆弾発言をしたことにより終わりかけていたはずの話が再び盛り上がり始めようとしていた。
すかさず全員がその爆弾発進源の彼女を見た。
彼女はニヤリと未散に不敵な笑みをこぼすと口を開いた。
「だって文化祭のとき未散のこと助けてたじゃない、あれはただの親切心とは思えなかったな。ナンパ男相手に本気で怒ってたもん、あの時の西倉」
どうなんですか吉岡未散さん?と彼女はジャージをたたみながら未散に含み笑いをする。
「あぁそうそう。そんで確かさぁ、そのあと西倉、未散連れ去っちゃってたよねぇ」
別の1年生のコがシューズを脱ぎながらまた言い始める。
「あーそういえば、2人ともしばらく戻ってこなかったよねぇ」
また別の誰かが言い出した。
「一体どこで何してたんだか」
スカートを穿きながらまた別のコが未散に、ムフ、と笑った。
「どこって……逃げ回ってただけだからなにもないよ……」
未散は努めて冷静にそう言い返しながらも、咄嗟に左手でまるで隠すように自分の首筋の左側を押さえていた。
というのも……自分の首筋をなぞった聖の唇を思い出してしまっていたからだった。
あの時はホントにどうなっちゃうんだろうって思った。
もし自分が「もうやめよう」って言わなかったら多分聖は――。
なんとなくその続きを考えてしまった未散の顔は一気に赤くなった。
おまけにあの時、最後に聖は、
「今日はこれで許してやる」
とのたまっていて、それに対して未散は、
「うん、わかった……」
なんて言っていた。
言ったそのときはなにも考えずに言ったので特に何も気にならなかったのだが、今こうやって客観的に自分の言ったことを聞いているとなんだかとんでもないことを言ってしまったような気がした。
あの返事は聖からすれば「次は今日以上のことをしていただいてかまいません」と半ば言われているようなもの。
ということは……。
――うわー!バカバカバカっ!なにをあたしは……!
未散は心の中で首をブルブル振った。
「ふーん……?」
みんなはそんな未散にそれ以上は何も言ってはこなかったのだが、めいめい勝手に妄想しているのは明らかだった。
――あれ……なんかあたし、自分で暴露しちゃった……?
部員全員の無言の笑顔に未散はもう愛想笑いをするしかなかった。
そんなわけでハッピーエンドへのカウントダウンは始まっていたように見えていたのだが、それは気のせいだったということに気がつくのは間もなくのこと――。
こんばんは、愛梨です。
前回と今回でお互いの気持ちが交錯するように書いてみたんですけど……なんかやんなっちゃう(笑)。
このもじもじ感というか中途半端感というか……恐らくですが悪いのは……聖です(苦笑)。
でも、腹の探りあいをしているのではなく単に自分のことでいっぱいいっぱいなのが高校生らしいかなと思ってます(笑)
さて、次回ですが……いよいよラスボスの登場です。
どんな人物なのかは……次を読んでのお楽しみ、ということにしておいてください。←やっぱりこのパターン(苦笑)
ということで、またです。




