Vol.48
メイド姿で控え室で待機していた女のコが衣をつつく。
「ね、あれ、バスケ部の人だよね?誰だっけ?」
同じく休憩していた衣は彼女の指差す方に目を向けた。
そこには1人で入り口の前をおろおろする聖がいた。
「……あぁ、西倉くんかぁ」
未散でも探しているのだろうかと思いながら衣は彼女に答えた。
「それにしてもイイ男よね、浴衣姿がセクシーって感じ?」
「イイ男って言えばさ、さっき来た会長の連れの人もカッコよくなかった?」
「小田先輩でしょ?あたしは彼のほうが好み」
「あたしは会長さんも捨てがたいかな」
「そうやって考えるとさ、男バス部ってなんかすごいね」
「衣には悪いけど並木も未散ぐらい背があったらもっと大変だったろうし」
「でも並木は性格がなー。バスケやってるときは惚れた!って思ったけど教室で見てるとただのやんちゃ坊主よね」
「ちょっとちょっと、彼女がいるのにダメだってそんなこと言っちゃ」
「えーいいでしょ、ベダボメして衣を不安にさせるよりは」
控え室は女の子特有の話題で一気に賑やかになった。
……その頃。
噂の人となっていることなどつゆ知らずの聖は入ろうかどうしようかまだ迷っていた。
すでに未散がニヤついた男性客に言い寄られて泣きそうになりながら丁重に断りの申し出をしている姿を10分もしないうちに3人ぐらいにしている姿を見て、今すぐにでもこの部屋からその男どもを摘み出してしまおうかと思うほどはらわたが煮えくり返る思いでいながらも、やっぱりこういうところに1人で入るのはどうなのかとまごまごしていた。
――なにやってんだあれ。
入り口で挙動不審の浴衣姿の大男がとても気になった優太は、おそらく聖だろうと思いながらも入り口まで行き、
「お客様、どうかなさいましたか?」
と言ってみた。
「……あぁ、優太か」
優太の顔を見てホッとしたのか聖は安堵の笑みを浮かべた。
「あれ、1人?」
「うん。友達みんな店番してるか彼女と回ってるんだよねだから入りにくくて」
言いながら聖は中の様子をガラス越しに伺った。
「なんだよ、入ればいいじゃん」
ほら、と優太は聖の腕を引っ張ると強引に喫茶店の中へ促した。
「よし、聖座れ」
優太は椅子を引き聖を無理やり座らせた。
「この席未散担当だからさ、あとは任せるけど上手くやれよ。昨日みたいなことすんじゃねーぞ」
優太は二ッと聖に笑って「少々お待ちください」と礼をしてテーブルからはなれた。
「え、ちょっ、優太?!」
優太を捕まえようと聖は手を伸ばしたが、優太はさりげなくかわして奥へと行ってしまった。
――うわーやめてくれよー勘弁してくれよ……。
もう逃げられない聖は両手で顔を隠した。
所戻って女子控え室。
「ちょっとなにあれ、クールそうに見えてあのくしゃくしゃ笑顔は。あれ、違反でしょ」
「なんか並木ムカつく。並木、はなれろっ!」
「クラス違うから全然気づかなかったな。同じ学年にあんなクールビューティがいたとは」
「でも西倉くんてなんか怖そう。背が高いからかもしれないけど」
「そうそう、なんか聞いた話だけど女の子から声掛けられるの全然ダメみたいだよ。変に気安いと怒るんだって」
「えーそれやだなぁ」
「そう?照れ屋さんて感じでなんかカワイイじゃん」
中に入ってきた聖を観察しながら、また女のコたちの会話が始まった。
「ねぇ衣、西倉くんて彼女いるの?」
控え室にいる1人がまた衣に聖のことを聞いてきた。
「いないけど、多分無理だと思うよ」
「え、それどういうこと?!」
「あ、いや、えーとぉ……」
――あたしのバカッ、余計なことを……。
いない、で終わりにすればよかったのに未散のためなのかはたまた彼女を思ってなのか、衣はつい口を滑らしてしまった。
「……まさか、西倉くんて『類は友を呼ぶ』で衣のこと好きなんじゃないでしょうね」
「ちちちち、違う、断じて違う!」
彼女のジトッ、とした視線を感じながら衣は全身全霊で否定した。
「あーっ!ちょっと!」
「信じらんない、並木のヤツ、なんでそこに座らせる?!」
「ずるーい、今だけ未散代わってー!」
聖を観察していた面々が今度は聖の座ったテーブルのことで話の花を咲かせた。
――なんでそこに座ってるのぉ……?
未散への嫉妬の嵐が控え室で吹き荒れている頃、フロアで一緒に接客をしていた男子に「吉岡、後ろいるからな」と言われてテーブルを見るとそこにいるのは、浴衣姿の聖。
――もうやめてよ……顔見れないよ……誰よココに座らせたの……?
昨日は気が動転してあまり見てなかったのだが、今日も着ている浴衣姿に未散の心はちっとも落ち着かない。
外の景色を頬杖をついてぼんやり眺める聖の横顔を見るのがもう精一杯だ。
――どうしよう……聖くんめちゃめちゃカッコいいんだけど……やだやだやだっ、こっち見たっ……。
未散の視線に気づいたらしい聖が未散を見て微笑んだ。
――行くしかないよね、もう……。
はぁ、とため息をつくと未散はテーブルへ足を運んだ。
「いらっしゃいませ、ご主人様」
「どうも」
お辞儀をして顔をあげると、聖は微笑んだまま上目遣いで未散を見る。
――うわーん!誰か助けて!お願いだからその表情やめて……。
誰に何をどう助けて欲しいのかわからないけれどもう未散の頭の中はパニックに陥っていた。
――どうしよう、なんか喋んなきゃ、なんか……。
相変わらず頭の中は上手く回らないけれど無言なのもどうかと思った未散は必死になって会話のネタを探した。
「……いいね、浴衣姿」
やっと会話ネタを見つけてメニューを見る聖に未散は話しかけた。
「そう?ありがと。でも」
メニューから目を外した聖は未散を見上げる。
「吉岡には負けるよ」
「なんで?」
「だって、昨日その格好見てあっさりK.O負けしたもん、俺」
聖はそこまで言うとメニューに目を戻した。
――今、聖くんなんて言った?『K.O負け』ってそれ……。
褒め言葉と解釈していいのだろうかと考えると、今度はそればかりが頭の中を駆け巡る。
「聖くん、あの……」
未散が聖に真意を確かめようと口を開こうとしたそのときだった。
「吉岡、ちょっと!」
入り口にいた男子が未散を呼んだ。
「はい」
なんだろうと思いながら未散は入り口に向かった。
「ねぇまだ終わんないの?俺ずっと待ってるんだけど?」
――げ、げげげっ!
相手の顔を見て未散はこれでもかというくらい顔から血の気が引いていった。
それはつい2時間前にしつこくしつこく未散をナンパしてきた、いかにも「顔はいいけど軽そうな男」だったのだ……。




