Vol.44
6月中旬――。
「それじゃサイズの確認をお願いしまーす」
クラス委員が言いながら順番にビニール袋に入った服を一人ひとりに渡していった。
明日は文化祭。
文化祭をやるのは学校によるだろうが、未散たちの学校はちょうど今の時期に行なう。
2週間前ぐらいから何をやるとか何を用意してとか忙しくしていた。
未散たちのクラスはベタに『メイド喫茶』。
男の客には女が担当し、客のことを「ご主人様」と呼ぶ。
女の客には男が担当し、客のことを「お嬢様」と呼ぶ。
……という実におバカ丸出しの企画だ。
で、今から貸衣装のサイズの確認を始めるところなのだ。
「ちょっとちょっと、本物の男よりカッコイイよそれ」
着替え終わった未散を見て一人が感想を言う。
「へへーそう?」
未散は意識して男らしく立ってみる。
「ねー未散、言ってみて言ってみて」
着替えながらまわりの女のコたちもはしゃぐ。
「いらっしゃいませ、お嬢様。どうぞこちらへ」
未散は丁寧にお辞儀をした後、すっ、と手を差し伸べる。
「……どう?こんな感じ?」
「キャー未散カッコイイ!惚れるっ!」
未散の振る舞いに女子更衣室は大騒ぎ。
女子はメイドの格好をするのだが、未散だけはメイドの格好をするには背が高すぎて合うサイズがないだろうということで男子と同じ格好をすることになったのだ。
それが今、見ていたクラスの女子にウケまくっていたのだ。
――未散はメイドさんのほうが絶対いいと思うんだけどな。
……ところが、1人だけ納得いかない顔をして声にならない声で異論を唱えているのが、すでに着替え終わった衣。
――確かに背は男並みだけど、その分足も長いからこのスカートはいたら絶対かわいいし、胸がないってわけでもないし顔だって綺麗なのに……。
衣はスカートを広げて口をへの字にする。
「衣、どうどう?カッコイイ?」
「……ねぇ未散」
みんなに褒められウキウキの未散は衣にも賛同を求めるが、衣はそれをおいていきなり未散にメイドのスカートを突き出した。
「こっち着てみようよ」
「……い、いいよいいよ!絶対似合わないから!」
衣にスカートを持たされそうになった手を未散は慌てて引っ込める。
「でも、ここでちょっと着てみるだけならいいでしょ?」
衣はいたずらっぽい目で笑いながら、「ね?」ともう1回スカートを未散の目の前でひらひらさせた。
「……ほんとに着るの?」
未散は顔をしかめる。
「もし笑われてもココだけの話で終われるでしょ?」
はい、と衣は強引に未散に衣装一式を手渡した。
「なになに?未散そっちも着てみるの?」
隣で着替えている女のコが興味津々で未散を見る。
「だってどっちも着れるなんて未散くらいしかいないからもったいないでしょ」
未散が「衣が着ろって言うから」と言い出しかねないと思った衣が先回りして彼女に答える。
「そうだね、なんかそっちの未散も見たいかも」
着てみて着てみて、と彼女も未散にけしかける。
「……ほんとに着てみるだけだよ」
持たされた衣装を置きながら、未散はもたもたと着替え始めた。
10分後。
「衣……やっぱりいいよ……やめようよ……」
衣に壁になってもらって着替え終わった未散はかなり恥ずかしそうに衣を見る。
「どれどれ拝見しましょ……」
未散に背中を向けていた衣は未散に振り返る。
――思っていた以上だ……。
衣は未散の姿に言葉が出ない。
「……嘘、やばくない?それ」
ぽかん、としている衣が気になった一人が衣の視線の先を辿り……それを見てポツリと呟いた。
「……うん、かなりヤバいよそれ」
未散の姿を見た一人がまた呟く。
「なに?なに?!なんなのみんなして!やっぱりヘン?!」
口数が極端に少ない女子の面々に未散の不安は煽られる。
「未散、それ犯罪だよ」
「世の男性の目の毒だわ」
「そうだね、みんな鼻血噴いて倒れちゃうかも」
未散の姿を見た女子はみんな未散を見たまま会話する。
「もーだからなんなのよっ?!」
ヤバいだの犯罪だの言われても意味の解釈ができない未散は、
「お願いだからまともな意見言って!」
とせわしなく足踏みした。
――これはちょっと男性陣にも見てもらおうかな。でも、いきなり全員は未散絶対嫌がるだろうから……。
衣はメイドの格好をしたまま教室内に作った女子専用の更衣室を出て男子用の更衣室の前に立った。
「優太!ちょっと出てきて!」
「はいはいなんで……おわっ!」
更衣室の玄関のカーテンを引いて優太も白いシャツに黒のズボン、そして黒の長いエプロンを巻いて出てきた。
優太はまさか衣がメイドの格好でここにいるとは思っていなかったのでそれはそれは驚いた。
「……衣かわいいっ!」
「ちょ、ちょっと優太やめてっ!」
優太はみんなに見られるかもしれないのも忘れて衣をぎゅっ、と抱きしめ頬ずりし始める。
衣は顔を真っ赤にして優太から離れようとするがいくらどチビでも男は男、やっぱり力ではかなわない。
「あー始まった始まった」
「またやってるよ並木のヤツ」
「出た出た、我がクラスのバカップル」
優太の大声に男子は一斉に更衣室から覗き込んでヒューヒュー言い始める。
「どうだっ!うらやましいだろっ!でもお前らなんかにやんねーよ!」
「いいからもう放して!恥ずかしいっ!」
「いいねぇ、小橋のその嫌がる仕草そそられる」
「小橋ィ、もうちょっと観客にサービスしろ」
見せびらかしたい優太と見せびらかされるのがイヤな衣の姿は第3者にはからかいの対象でしかなく、しばらく2人はクラスの男子の玩具になる。
だが1分もするともう見飽きてきて、
「はいはいもうどうぞご勝手に。もう疲れた」
男どもはぞろぞろと退散していった。
「ほんとかわいい……うちに連れて帰りてぇ」
彼女バカの優太はまだ衣からはなれようとしない。
「もーいい加減はなれてよっ!別にこれを優太に見せるために来たんじゃないんだからっ!」
「え、そうなの?」
何だよチェッ、と優太は舌ちして衣からはなれた。
「はいはい、なんですか?」
優太はぶすっとして衣に用件を聞く。
「今から優太にいいもの見せてあげるよ」
衣はこっちこっちと優太に手招きした。
「いいものって?」
「プリティウーマン」
「……は?」
「まあいいから楽しみにしてて」
意味不能な返事をする衣を不思議そうな顔で見る優太に対して、衣は優太がどんな顔をするのか想像するとおかしくてしょうがない。
思わず「んふふふふ」と笑いを漏らしてしまう。
「未散出てきて。大丈夫、今は優太しかいないから」
「……ほんとにヘンじゃない?」
未散は覚悟ができていないのでまだもじもじしている。
「んもう、顔だけ出してどうすんの?!ちゃんと出てきて!」
衣は未散の手を引っ張って更衣室から引っ張り出した。
「おいなんだよもたもたすんな、未散早く出てこい……」
やっぱりやだ優太に見られたくない、としり込みする未散を見てイライラしてきた優太は衣と一緒に未散を引っ張ったのだが、未散を見た瞬間言葉を失った。
――未散ってもしかして、本当はすっげーイイ女……?
優太は瞬きもせず呆然とした顔で未散を見る。
「ね、ね、優太、どう思う?ヤバいでしょ」
優太の反応が想像通りで、衣は笑いをこらえて優太に聞いた。
「……なぁ、ちょっとみんな来て!未散ヤバい!ヤバすぎる!」
優太は更衣室にいる男子を呼んだ。
「何だよ並木今度は……うわっ!」
「……やっぱり吉岡って女だな、いいじゃんそれ」
「……てより、吉岡入り口に立たせただけで男の客相当来るんじゃね?」
優太の呼びかけにやる気なく出てきた男子だったが、未散を見て一瞬だけなにも言えなくなったのだが、そのあと全員男として実に正直な感想を述べ始めた。
「未散にそっち着させてもカッコいいんだけど、これもこれでいいでしょ?どっちがいいと思う?」
衣はクラスの男子に意見を求めた。
「俺は絶対こっち」
「俺もこっちにしてほしいわ」
「ギャルソンも見てみたい気はするけど、俺たちよりカッコよかったらけっこうショックだしなぁ」
「俺はギャルソン見たくないね、こっちだけでいいよ」
「えー!ヤダよ恥ずかしいよ!」
「なにが『恥ずかしい』だ、本来お前はこれ着るんだぞ?!」
いつの間にかクラスの男子と未散は言い争いを始めていた。
「あ、そうだ。優太、ちょっと……」
衣は優太を手招きした。
「これ、西倉くんに見せようか?」
「これって?」
優太がに聞くと、衣は「あれに決まってるでしょ」とまだ男子ともめている未散の後ろ姿を指差した。
「だって、あれから2人ってまともに話してないんでしょ?きっかけ作ってあげなくちゃ」
あたし頭いいでしょ、と衣は偉そうに優太に笑った。
衣の言うとおり、未散と聖はあの日以来相当気まずいようで挨拶以外はまともな会話を交わせていない。
事の真相が明らかになってから優太は衣にだけは本当のことを話した。
衣は衣でかなりホッとしたのだが、気がかりなのはやはり、
「でも、未散は知らないんだよね……」
ということ。
話の辻褄が合わなくなるので衣はまだまだしばらくは何も知らないフリを続けなくてはならないが、未散は自分たちのことで3年も余計なことを言わず黙って見てててくれてたんだからこのぐらいやってあげなくちゃ、と衣としては思うのだ。
相変わらず女の子の格好をして褒めちぎられている未散を見て、衣はこう考えたりしていた。
――いっそのこと明日は男の子たちに声をかけまくられる未散を見た西倉くんが、やきもきして勢いあまってホントのこと言っちゃえば全て丸くおさまるのにな。
……と思ったときにふと浮かんだ案だったのだ。
「よし、連れてってみるか……未散!ちょっと行くぞ!」
優太は未散を呼んだ。
「どこ行くの?」
「いいから、行くぞ!」
聖のところ、は禁句だ。
優太は黙って未散を連れ出し聖の教室へ向かった。




