Vol.42
中途半端に推敲しては保存してたので読みにくい時間があったと思います。
すみませんでした。
部室にひとりになった未散は嗚咽を堪えようとして下唇をギリ、と噛んで大きく肩を震わせた。
優太に聖をなんとかしてくれと頼まれたあのときからわかっていたはずだった。
今日まで苦楽を共にした仲間たちにどれだけ慰められても立ち直れなかった。
そうなってしまった聖の笑顔を取り戻せるのはたった一人、聖の想い人――衣だけだ。
だけどいくら優太でも自分の彼女を差し出すわけにはいかない。
だから半分おせっかい、でも半分はなんとかしてほしくて未散に頼んできたのだろう。
――引き受けるんじゃなかった……戻ってこなきゃよかった……電話になんか出なきゃよかった……。
もしあの時電話にさえ出なかったら、自分がこんな目に遭うことはきっとなかった。
ちょっぴり辛いけど、でもまだ明日からも聖と他愛もない話をして笑っていられた。
けれど明日からはもうそれすらも叶わない。
謝った聖に対して許さなかった自分。
それは紛れもなく『絶交』を未散から聖に突きつけてしまったようなものに違いなかった。
――なんで……なんであんなことしたのよ……?
わからなかった……いやそうではない、わかりたくなかった。
必死になって「頼むから聞いて?」と訴えてきた聖の顔が何度も何度も未散の頭の中で浮かぶ。
もしかしたら聖の言い分を聞いてあげてもよかったのかもしれないと一瞬は思うのだが、次の瞬間にはその考えはいともあっさり握り潰される。
その理由はただひとつ、聖の、
「ごめん」
という言葉だった。
謝る時というのは当然だが相手に対して「悪いことをしたとき」だ。
その聖が未散に対してやってしまった「悪いこと」とは、今の未散には思い浮かぶものが1つしかなかった。
それは……未散を使って衣の面影を聖は探していた、ということ。
それを聖から聞くことだけはどうしてもイヤだった。
だから……未散は聖が口を開くことを許さなかったのだ。
優太に置いていかれひとりになってしまったとき、「衣じゃなかったら誰が来たって嬉しいわけない」とわかっていながら部室に入るのは億劫で仕方がなかった。
そして案の定聖は「帰れ!」と未散を見もしないで怒鳴りつけた。
その聖の姿そのものは当然刃となり、未散の心をズタズタに切り裂いた。
なによ!人が心配してるのに!――と怒鳴り返しそうになった。
いや……あの時の未散にはもうそんな力はなかった。
何も言えずめそめそ泣きながら部室を出てしまっていたかもしれない。
だけど……そこは惚れた弱みでつい頑張ってしまった。
「帰れないよ……そんな聖くん置いて帰れないよ」
怒りも悲しみもグッと押し込んで必死で笑顔を作った。
「じゃあ勝手にしろ、俺は帰る」
そう自分に吐き捨て聖は部室を出て行ってしまうかもしれない――自分を拒絶する聖の空気に呑まれ、一度はそこまで考えた。
けれどそのときはきっと、今度は自分が部室から動けなくなっていた。
誰にもすがることもできず1人で泣いていたかもしれない。
いや……もしかしたらもうそんなことをする気力もなかったかもしれない。
聖はどうするのだろうか……顔は笑っていたが内心はヒヤヒヤしっぱなしだった。
するとどうだろう、聖はこう返してきたのだ――何で誰も俺を責めない、と。
そのとき未散は気がついた。
きっと聖はみんなに「おまえが外したせいで負けた」と言われるとばかり思っていたのだ。
ところがそんなことを言う者は誰一人としていなかった。
それどころか感謝された。
いつもなら地区大会予選第1回戦で敗退のこのチームが県大会ベスト4まで残った。
もしもインターハイ出場ともなれば目指す大学によっては浪人覚悟で受験しなければならなかった。
人によるだろうがこの2つのうちのどちらかの理由でみんなありがたく思っていた。
けれどそれは聖にとっては余計に辛かったのだ。
みんなに気を遣わせてしまった――そう思ってしまって申し訳なかったのだ。
「…………」
未散は静かに立ち上がっていた。
聖はきっとキレるだろうとわかってはいた。
こんなこと言われたら自分だって怒り狂う。
けれど誰かがやってあげなかったらきっと聖は今日のこの失敗をいつまでも引きずり続ける。
そうなってしまえばせっかく誕生した佳佑命名の『ゴールデンコンビ』は次の大会では機能しなくなってしまう。
そんなことはきっと誰も望まない――。
未散は覚悟を決めたかのように深呼吸した。
そして腕を組むと上から目線で聖を毒舌で斬った。
「あと5秒もあったのにまっすぐ走っちゃってさ、焦って博打みたいなことしてしてバッカじゃないの?!」
もちろんこれに聖は憤慨した。
お前に何がわかるんだよ!と本気で聖に肩を押された。
本当はそのままの勢いで聖が部室を出て行ってくれればよかったのだ。
そうすれば多分あとで優太かそれとも理か佳佑あたりが自分をフォローしてくれるだろうからそれで話は丸くおさまる――そんな可能性もあったのだ。
だが、ロッカーに打ちつけられた肩は予想以上に痛かった。
そして何より……引きちぎられそうなくらい心が痛かった。
だからつい「痛い」と顔に出してしまった。
別にそれだけならよかったのだが、……間の悪いことにそれを聖に気づかれてしまった。
「もういいよ……俺のためにそんなに頑張るなよ……ごめんな……痛かったよな……」
あのときの聖の優しい声とあたたかくて大きな掌に、未散の中にあった「聖を元気づける任務」という名の張り詰めていたものが崩れていった。
もう2度とこんなことがなくてもいい。
だから今だけは……。
そう思っただけで聖の着ていたジャージを掴む手が震えた。
そしてこのあと未散は、目を閉じている間に聖が自分にしてきたことに動けなくなった――。
ずっと思っていた。
――聖くんの瞳に今映ってるのはあたし?それとも、やっぱり衣……?
聖が今どんな表情をしているのかを見るのが怖かった。
だから目を開けるときは恐るおそるだった。
勇気を出して聖を見ると……聖はなんだか困惑していた。
そして最後にこう言った。
ごめん、と――。
謝られたとき自分は衣の代わりにすぎなかったんだと思い知らされ、胸が張り裂けそうだった。
未散、好きな女の唇っていいぞぉ――。
いつだったか言っていた、優太のあの言葉を未散は思い出していた。
あの時は「何を言ってるんだコイツは」とかなりむずがゆい思いで聞いていたが、今は確かにそうだなって思う。
思う、けど……。
聖はきっと目の前にいる女を自分とは思っていないのだ。
衣は来るわけないしあんなことはどう逆立ちしたってできっこない。
きっと聖からしてみたらここに来た女だったら誰でもよかったのだ。
この瞳さえ閉じてしまえば、目の前に衣がいないということから解放される。
そうすれば目の前にいるのは衣だという幻想を見ることができる。
そんなうたたかの夢を見るために、聖はたまたまこの場所に来た自分を利用したに過ぎないのだ。
誰かに、この寂しさを埋めてもらうためだけに。
――あんなふうに思えるときなんて、相手も自分のことを想ってくれているときだけだよ……。
聖の「ごめん」というあの言葉で現実に引き戻された今は「結局自分は衣の代わり」と言う事実だけを突きつけられ、それを受け入れる選肢しかないことだけがどこまでもはてしなく虚しい。
それなのに。
聖のあの瞳が、抱きしめてくれた腕の強さが、聖の唇が重なったときの甘い痺れが、未散を捕らえてはなさない。
――聖くんずるいよ……あんまりだよ……。
未散はドアに寄りかかったまま天井を見上げた。
これ以上涙がこぼれないように目を閉じたが、未散の目尻はすぐに濡れていった。
こんばんは、愛梨です。
誤解とはいえ、聖と違って「自分が恋い慕う人には想い人がいる」と思っている未散。
これは大人であっても大混乱です(汗)。
でもかわいそうなのは未散の思考回路が偏っているというか何というか、悲観的なところ。
だから逃げてしまったわけです。
もし未散が勇気を出して聖の言い分を聞いていればまとまった話なのに……。
まぁ、まとまらないから話を続けることができるんですけどね(苦笑)。
さて、未散に追い出されてしまった聖くん。
今度は優太に説教を食らいます。
でもちょっと切ない話が続いたので、説教は説教でも優太らしい方向でいこうと思います(どういう方向だ? 笑)。
ということで、またです。




