Vol.36
聖がドアをノックすると「はいはい」とドアの向こうから聞こえガチャリとドアが開いた。
「すみません、入部したいですけど」
ドアを開けてくれた男に聖は声を掛ける。
「もしかして、西倉聖?確か……県内だったか地区だったか忘れたけど、中学生の中で一番でかい男」
「まあ、一応去年はそう言われてました……」
立ち姿だけでずばり聖だということを言い当ててきたその男に、聖は正解である事を伝えた。
「うわー!すげー!西倉も入ってくれるってよ!」
ウヒョー!とその彼は部室中に触れ回った。
――なんだなんだ?
聖は1人大喜びして部室を走り回る男を見て瞬きを3回した。
「理、西倉がびっくりしてるぞ。……ゴメンな変なヤツで、どうぞ」
すると今度は奥からそこそこかっこいいのにかなりボーッとした男が出てきた。
そしてその男は聖を見て穏かに笑うと中に入るように勧めた。
説明するまでもないだろうが一応説明しておくと、部室を駆けずり回ったのは理で、聖を部室に案内したのは佳佑である。
「しかし今年は大豊作だなぁ」
聖を椅子に座らせたあと自分も聖の正面ある椅子に座り、理はそれはそれは嬉しそうにうんうん頷いた。
「そうだな。本来なら来るはずのないプレイヤーが3人もいるもんな。並木に吉岡に、それと西倉。こんなこと、あと10年先ないだろうね」
ベルトを外しながら佳佑も心なしか楽しそうだ。
「女子は逸材が吉岡一人だから限界あるだろうけど、男子は2人いるし今年は県大会もいいところまで行くんじゃない?」
「今年は何なら全国行っちゃう?」
「おう、行くかぁ」
半分冗談半分本気で他の部員も淡い希望に夢を馳せる。
小さいことが優太の武器なら聖の武器は正反対だった。
それは……現在187センチあり、今も尚伸び続けているこの身長。
高校生であっても185センチ以上の選手はそんなに多くない。
ましてや中学生となればほぼ皆無。
そのため優太ほどではないのだが、聖もそれなりに有名人なのだ。
――あれ?今『並木』って言ったよな……?
佳佑の話に聖は耳を疑った。
「すみません……さっきの『並木』って、並木優太のことですか?」
信じられない名前が出てきて聖は思わず佳佑がまだ着替え中なのも忘れて振り向いた。
「他に誰がいるんだよ、だから今年は大豊作なの」
理は「よろしく頼むぞ西倉」と聖の肩をばしばし叩いた。
――こんな偶然あるもんなんだな……。
聖の顔は自然とほころんだ。
というのも、こっそりバスケ部を覗きに行ったあの日は未散いるかどうかを見ていただけだったので実を言うと……男子の方は全く見ていなかった。
そのため優太がいるなんてことは気づきもしなかったのだ。
「まぁ同い年としてはあのレベルのプレイヤーと同じチームでやれるなんて夢みたいな話だろ」
俺達もそう思ってるけど、と佳佑はバッグに脱いだ服をしまった。
「いえ、それだけじゃないんです。……優太は小4の終わり以来会ってなかった親友で……もしかしたらそう思ってるのは俺だけかもしれませんけど」
聖は椅子に座りなおしながら佳佑にそう答えた。
そしてその言葉を聖が言い終えた3秒後、
「ちーす」
と言って優太が部室に入って来て、荷物を置いたとたんに奇声を上げた優太に抱きつかれるのだ。
そしてこのあと45分後。
いよいよ聖は未散と出会うことになる。
それは紅白戦の最中のことだった。
――あ、やべ。
聖が投げたボールは思っている以上に左へ反れた。
そのせいで受ける側が誰もいなくて、ボールは廊下のほうへ飛んでいった。
――やばい、あのコにぶつかる!
ボールが飛んだ先には立ち止まっている背の高い女のコがいた。
聖は反射的に立ち上がり駆け出した。
「あぶない!どいて!」
聖は走りながら彼女に避難警告を発した。
しかしそのときには既に遅く、ボールは彼女の頬に激突していた。
さらには聖はボールを追いかけてきた自分の勢いを制御できない。
――俺までぶつかるっ……!
聖はとっさに彼女の体に腕を回し自分が下になるように彼女と倒れた。
間一髪彼女の体は床に叩きつけられずにすんだが聖の方は背中やら腕やらが痛い。
「痛ったぁ……」
聖は彼女の下敷きになった自分の腕をさする。
――あ、あのコは?!
「ご、ごめんなさい、大丈夫ですか?!」
聖は自分の上で突っ伏している彼女を起こしながら声を掛けた。
「あ、はい、大丈夫です……」
聖の腕に支えられて彼女は起き上がった。
そしてそれと同時に彼女は顔も上げた。
「…………」
その顔を見たとき、聖の心臓は一瞬止まった。
――本物の、吉岡未散だ……。
本物の彼女は聖の記憶の彼女よりも小さかった。
そして華奢で肌の色が白くて……綺麗だった。
――どうしようボールぶつけちゃったよ……おまけになんにも知らないでだけど抱きついちゃったよ……。
感動半分だけど困惑と動揺半分で聖は彼女から目が離せない。
まわりに誰もいなかったことと自分の肌の色が少し浅黒いことが幸いだった。
もしそうでなかったら顔色が明らかに変わっているのがバレてしまっていた。
――あーかわいそうなことしたなー痛そうだな……。
未散の頬を見るとくっきりとボールの痕がついていた。
聖は思わず彼女の頬に手を伸ばしていた。
「うわーほんとにごめんなさい。すぐに治るだろうけど……」
最初は本当に「痛そうでちょっと見ていられなくて」というのが嘘偽りない気ちだった。
だけど……実際に触れてみると未散の頬は柔らかくてすべすべしていて感触が良すぎる。
――ばかっ、いい加減はなせって。
必要以上に触っていては変なヤツに思われてしまう。
だがわかってはいても手がいうことをきかない。
図々しくも聖は未散の頬を指先で触れるだけでなく掌全部で包み込んだ。
――神様、もう少し、もう少しだけお願いします……。
未散になんと思われているのかとビクビクしながらも、聖はその心地よさに動けなくなっていた。
……が。
「あ、あの、ほんとに大丈夫なんでっ」
まるで聖の下心を見透かしたかのように未散は逃げるように立ち上がる。
――俺のバカ。
手持ち無沙汰になった手を引っ込めながら聖は心の中で自分の浅はかな行為を悔やんだ。
だがすぐに神様は聖に味方した。
「いったっ」
歩き始めた途端未散は悲鳴を上げたのだ。
――チャンス。
そう思ってからの聖は早かった。
未散が足を引きずりながら保健室に行くと言い出すとすかさず、
「そんなんじゃ夜になっちゃうよ」
とわざと呆れた口調で言いながら未散を抱き上げ、そのまま保健室まで歩いた。
そして「もしかして、吉岡未散さん?」なんてまるで今日初めていたのを知ったかのようなフリをし、なぜこの高校にいるのかまで教えてもらい、最後には未散を背負って玄関までではあったが家にまで行ってしまった。
だから聖としては「初日にしてこれだけの幸運に恵まれた」と言っても過言でない状況だったのだ。
……ところが。
じわりじわりとその幸運が尽きてきたのは衣との再会からだった。
衣に会うのはできれば避けたかったのだが、優太の大きなお世話……いや、再会を一緒に喜びたいという小さな親切心から会うことになってしまった。
はじめはもっと気まずいかと思ったがそれはまったくなかった。
というもの、いじめていたことを覚えているのは聖だけだったからだ。
そして最後は無事に長い間果たしたかった彼女への謝罪も無事に終わり、安心しきっていた。
しかしそれがいけなかった。
安心したあまり誤解を招くことを口走り、衣と優太に大喧嘩をさせてしまった。
それはとりあえず未散の活躍で収拾がついたのでいいとしても、今困っているのはどういういきさつでなのかわからないが未散にまで誤解されてしまっていることだ。
早く違うと言わなきゃとは思っているものの、なんかどうも機会を失いいまだに言えていないのだ。
――まずいよなぁ……いい加減言わないとなぁ……。
自分でまいた種ではあるが刈り取りがこの上なく厄介。
「あーくっそぉ!めんどくさいなぁ!」
そう言ってはがりがりと頭をかく日々を最近の聖は過ごしていた。




