Vol.35
聖の朝は通学・通勤ラッシュとの戦いから始まる。
ホームに立っていると電車がやってきてドアが開き、どやどやと人が降りる。
降りる人がいなくなると今度はぞろぞろと人が乗る。
その中で聖はなるべく最後に乗り窓側をキープする。
電車から押し出されそうになるのを何とかこらえているとドアが閉まった。
電車は今日も超満員。
人より背が高いことが幸いして顔を押されることは避けられているが足は必ず踏まれる。
しかも日によっては自分の足を踏んでいるのがヒールの高い靴だったりして、そのときは脂汗をかきながら我慢する。
しかし電車に乗って20分もすると今度は必死になって窓の外を見る。
――いた。
電車からの景色を眺め、聖は一人微笑んだ。
入学3日目から聖には朝の電車の中での日課が1つあった。
それは、線路沿いの道路を歩く一人の彼女を見つけること。
電車はあっという間に彼女の前を通り過ぎ、彼女は後ろへと消えていった。
聖はそれを自分の視界から消えるまでずっと目で追いかける……。
その彼女は同じ学校に通っているがクラスが違うので朝から顔を合わせるのはなかなか難しい。
それでも授業が終わる7時間後には彼女に会えるし話だってできるが、もしもここで見過ごしてしまうと丸1日近く彼女の顔を見ることができないのだ。
――よし、よしよしよしっ!
無事に彼女の姿を今日も発見できた聖は心の中でガッツポーズをした。
西倉聖の人生の中には、
「できれば2度と会いたくない女」
と、
「会いたいけれど再び会うのは無理だろうと諦めていた女」
がいる。
前者にはついこの間までは衣も入っていたのだが、衣が聖についての記憶が欠落していたのと聖の念願だった彼女への謝罪が完了したため、今はもう「昔好きだった女」というカテゴリーに移り今はそれ以上の感情はない。
ただひとつ、自分の説明不足により今も自分が衣に恋焦がれているという大いなる勘違いをされてしまっていることが今は悩みの種。
……そして。
後者の女は高校の同級生という形で巡りあわせが来た。
彼女は中3のときは、本当の彼女の性格を誰も知らないということもあって県内の男バス部員の憧れの的だった。
聖も例外なく一瞬で目を奪われた。
彼女の名前は吉岡未散。
……そう。
未散が聖のことを知るのは高校生になってからだったが、聖の方は未散のことをもう1年近く前から知っていたのだ。
中3の6月――。
聖は県大会の会場にいた。
「聖、すっげー美人がいる。見に行こうぜ」
中1から中3までの聖のことをいちばん知っている男、園田隼が聖を誘った。
「いいよ別に、めんどくさい」
聖は目の前でやっている試合を見ながら隼の誘いを断った。
「なんだよなんだよ、『もう女はこりごり』ってか?」
隼は聖の隣に立ったまま腕を組んだ。
実はこのとき聖は半年近く付き合っていた彼女と別れたばかりだった。
そのいきさつは人によっては女性不信にも発展しかねないものだったのだ。
「見に行くだけだしさ、いい目の保養になると思うよ」
隼は聖にもう一度誘いをかける。
「……そんなにイイ女なのか?」
ちょっとだけ好奇心が芽生えた聖は隼を、ちら、と見る。
「……と思うよ。だって今、みんなこっそり見に行ってるし」
「ふーん……」
隼の答えに聖はかったるそうに隼に返事をした。
「わかったよ、行けばいいんだろ、行けば」
しょうがねぇなぁ、と聖はやる気なく立ち上がった。
「そうこなくっちゃ、行くぞ聖」
隼は聖の腕を引いて軽やかに歩き出した。
「……で、どこにいるんだよその美女とやらは」
聖はダラダラと歩いて隼についていく。
「えーとえーと……あ、いたっ!」
「あ?」
「ほら、あの背の高いコ!」
隼は見つけられない聖に背の高い彼女を指差して教える。
「どうよどうよ、聖の元カノとは系統違うけどイイ女だろ?」
綺麗なコだよなぁ、と隼は目じりを下げる。
「…………」
聖は顔の表情1つ変えずに彼女を見ていた。
「名前なんていうのかなぁ、知りたくない?」
隼の顔はどんどんしまりのない笑顔になっていく。
「……知るか、んなもん自分で聞いてくればいいだろ。バカバカしい、俺は帰る」
聖はユニフォームのポケットに手を入れて回れ右をし、来た道を戻った。
隼には興味のないそぶりをしていたが本当はそうじゃなかった。
――まずい……やられたかも……。
彼女の姿を捉えたとき、これ以上黙っていられない感覚に襲われた聖は隼を置いて戻ってきてしまったのだ。
――あんな女初めて見た……『美』とか『凛』という言葉が似合いそうな女……。
しばらくの間聖の脳裏から彼女が離れなかった。
そしてその5分後に聖は隼から聞いて、彼女の名前が吉岡未散だということを知るのである。
だがそれ以上の手がかりは聖にはなかったし、もう会うこともないだろうという諦めもあって、いつの間にか日常に流され彼女への記憶は薄れていった。
時は流れ、聖は高校生になった。
入学2日目。
聖は人生初の電車通学というものを経験する。
みんなが乗る時間なので当たり前なのだが、とにかく乗っている間はぎゅうぎゅう詰め。
――これ、これから毎日続くのかよ……。
自宅から自転車で15分のところにある受験候補だったもう1つの高校を思い浮かべ、「やっぱりあっちの高校にすればよかったかなぁ」とすでに後悔していた。
だが聖のその後悔はそのまた次の日には覆されることになるのだ。
今日も乗車率500パーセントぐらいの勢いで電車は超満員。
おまけにやたら香水をつけいる人がそばにいるようで聖の鼻に匂いが漂ってくる。
そのせいで聖はすでに半分乗り物酔いしていた。
――あーもう早く着かないかな……。
人ごみのおかげで倒れずにすんでいるがすでにフラフラになりながら立っていた。
――空でも眺めてるか、しょうがない……。
気を紛らわそうと窓に目を向けた聖の眼差しが一点に集中した。
――嘘、だろ……。
聖は思わず身を乗り出していた。
そこには聖の通う高校の制服を着てすぐ脇の道路を歩いている未散がいたのだ。
最初は他人の空似かと思った。
というのも未散はバスケットボールの選手として優秀だという話はちらりと聞いたことがあったから、なんで別にバスケが強いわけでもないこんな公立高校にいるのかの答えが聖の中で出てこなかったのだ。
しかし次の日も、その次の日もそのまた次の日も、聖が電車に乗った20分後あたりで正面にある道を未散が歩くのを聖は見つけていた。
――もう絶対に会えないと思っていたのに。
間違いなく彼女が未散だという確信を持てたとき、聖の目は少しだけ潤み手の甲で口元を抑えながらも微笑んでしまっていた。
さらにその日の放課後、聖はさりげなく体育館に足を運んだ。
そのとき見たのは……部員と練習をする未散の姿だった。
そこで聖は彼女が高校でもバスケを続けていることを知るのである。
それまで聖には高校でバスケをやる気は微塵にもなかったのだが、5月になったらまたバスケを始めようとこのときすでに決めていた。
そしてバスケ部が県大会に向けて練習する初日に、聖はバスケ部の部室のドアをノックしたのだ。
こんばんは、愛梨です。
もしも自分の恋い慕う人が実は自分よりもはるか昔から自分を見ていたとしたら……って考えたら、もう言葉では言えません。
もう、「ぎゃあ~!!」って感じです←そうなのか?(苦笑)
ちょっとちょっとなによこれ!って思っていただけたのなら嬉しい限りです。
なのでよかったら……優太と同じ気持ちでハラハラしていただければと思います(苦笑)。
で、次回ですが。
前に未散視点で聖とぶつかったときのエピソードを書きましたが、今度は逆です。
初めて目の前で見た未散は聖にはどう見えたのか。
こっちは男の子なんでちょっとだけ下心つき(笑)の聖にご注目下さい(苦笑)。
ということで、またです。




