Vol.31
気乗りしないまま聖は優太と歩いていた。
行き先は衣の家の近くにある公園。
「あ、俺飲み物買ってくる。聖先に行ってて」
「いやいいよ、俺買ってくるよ」
優太が自販機へ走り出そうとするのを聖は制する。
「いいからいいから。俺は毎日でも衣に会えるけど、聖はそうじゃないんだからさ」
多分あそこに立ってるのが衣だから、と優太は公園でぴょんぴょん跳ねながら大きく手を振っている女の子を指差すとそのまま自販機へ行ってしまった。
――うわーやだなぁ……。
「西倉くーん!」と笑顔で手を振っている衣がはっきり見えてくるにつれ、聖の心は罪悪感でいっぱいになる。
「久しぶりだね。……やっぱり5年て大きいね、優太が一緒じゃなかったらちょっとわかんなかったかも」
へーへーと言いたげな顔で、衣は聖を見上げる。
「……そんなに変わった?」
きょろきょろするフリをして、聖は衣に目を合わせないようにする。
「だってこんなに大きい人が来るなんて思ってもみないし、顔もちょっとだけ面影が残ってるかなあって程度のような気がする。……まぁ、あたしや優太が変わらなさすぎなのかもしれないけど」
衣は楽しそうに聖に笑いかけた。
衣は忘れたフリをしてくれているのだろうか、その後も普通に聖と話をしてくれていた。
だが聖の方はというと、9年前の苦い思い出が頭をよぎって言葉が少なくなっていく。
「……西倉くん、どうしたの?なんか変だよ?」
何を話しても「うん」「いや」しか言わない聖を衣は心配そうに覗き込んだ。
「あ、いや、頼むから動かないで、あんまり近づかないで」
聖は衣に目を逸らし手で壁を作る。
「……変なの」
不自然な聖の態度に衣は腑に落ちない顔をした。
「……小橋さ、俺に気ぃ遣ってるよね?」
これはもう衣に聞くしかないと思った聖は意を決して衣に口を開いた。
「え?なんで?」
何を言っているんだろう西倉くんは、という顔を衣はする。
「……本当のこと言うとさ、小橋にだけは合わせる顔がないって思ってた。優太のゴリ押しで結局来ちゃったけど正直言って会いたくなかったっていうか……」
聖は衣に言っても今更どうしようもないことを言い始めていた。
「え?なんで?」
しかし衣の方は聖の言っていることがさっぱり理解できない。
きょとん、と聖を見上げた。
「……いや、もうわかった。小橋覚えてないみたいだし、いいよ。忘れて、俺が今言ったこと」
聖は衣にかき消すかのように手を振った。
「昔のことって?なんかあったっけ……?」
あったとしたら小1か小2の時だよねぇ……と衣は真面目に考え始めた。
「あったよ、大アリだった。少なくとも俺にとってはね」
衣が考えている間に聖は答えを言ってしまっていた。
「まだ小1のときさ、俺は小橋がすっげー好きで……でも俺は小橋のこと毎日いじめて泣かしてた……最後には小橋に思い切りビンタされて、大っ嫌いって振られた」
衣を直視することができず、聖は前を見たまま自嘲気味に衣に話していた。
――あーとうとう言っちゃったよ……。
聖はすでに言ったことを後悔していた。
けれど一度開いた口は閉じることはなく、自分の意思とは反対に聖は話を続けた。
「ほんとはずっと謝りたかった。だけど、もうなんて話しかければいいのかわかんないし、口きかないままのほうがいいのかなって思ったし、それに……俺転校しちゃったし……」
――ばかばかばか、もうやめろって。
言えば言うほど墓穴を掘ってしまっている気がしていたが、今思ったことをそのまま全部聖は衣に話してしまっていた。
「もういいよ、昔のことだし。……たしかに男の子達に意地悪されてたのは覚えてるけど、それが西倉くんだったかまでは覚えてないんだよね」
「……ほんとに?」
「優太に助けてもらってたことは覚えてるんだけどね」
衣は聖に笑った。
「あれからずっと好きだったんだろ?よかったな……まぁ驚いたっちゃ驚いたけど」
聖はやっと衣を見て笑えた。
「……ありがと」
衣も聖に微笑んだ。
「あーでもよかった」
聖はそばにあったベンチにどかっと座った。
「もうさ、小橋に『大っ嫌い!』って言われちゃった反動でさ、小橋のこと忘れらんなくてずっと気になってたんだよね」
「西倉くん、それってどういう……」
衣は何気に言われたその言葉の真意を聖に聞こうとした。
しかし衣の言葉が聞こえていない聖は衣の質問を遮った。
「あーすっきりした!」
聖は笑いながら大きく伸びをした。
「…………」
聖の笑顔に衣は口をつぐんだ。
聖は1人、電車に乗っていた。
あのあと優太が戻ってきて、1時間くらい喋っただろうか。
9年後にこんな形で2人に会えるとは思ってもみなかった。
――それにしても小橋に謝れたのはよかった……。
肩の荷が下りたというか胸のつかえがとれたというか、今の聖はそんな気分だった。
……しかし。
小橋に大っ嫌いって言われた反動でさ、小橋のことずっと忘れらんなくて気になってたんだよね――。
「……あ」
ふと自分が言った言葉を思い出していた。
――ちょっと待てよ……これって……まだ俺が小橋を好きみたいな言い方じゃん……。
「うわーやっちゃったよ……」
聖は独り言をつぶやいた。
聖としては今もまだずるずると失恋の痛手を引きずっているわけではなくただ衣に謝れなかったのでずっと忘れられず気になっていただけなのだが、あの自分の台詞は普通なら、
「俺は今でも小橋が好き」
と受け取るだろう。
――しまった、言葉足りなかったか……。
聖は優太に釈明をしようと携帯を取り出すが番号を聞いてないことに気がついた。
――ま、いいか、明日でも。小橋だって優太に喋るとは限らないし。
聖はそんなふうに呑気に構えていた。
だが、聖の知らない間に話はよからぬ方向へ動いてしまうのだ。




