Vol.25
それは5月の初め頃。
優太と衣にとっては思わぬ再会が、そして未散にとってはとうとうというかやっとというか、そんな出会いが待っていた。
「よし、終わった終わった」
ふんふんと鼻歌を歌って優太はいそいそと身支度をする。
学校としては定期考査1週間前なのだが、バスケ部は県大会出場のため今から普通に練習。
テスト週間が始まったというのに普通に練習ができるなんてこんなに嬉しいことはない。
「行ってらっしゃーい」
衣はそんな優太にかなり不満そうに手を振る。
「衣?なんか怒ってる?」
優太は荷物を肩にかけながら衣を気にする。
「やっぱり優太ってバスケが一番大事なんじゃん……」
テスト週間に入れば部活がない分一緒にいられる時間が増えると思っていた衣は、今朝、
「衣、聞いて聞いて。テスト週間だけど普通に練習するんだって!」
とそれはそれは喜んだ様子の優太から話を聞いてからずっと機嫌が悪かった。
で、優太は今頃やっと気づいた……というわけなのだ。
「わかったわかった、悪かったよ」
衣に謝りながら優太はきょろきょろとあたりを見渡した。
まわりは雑談する人もう帰る人で誰も優太と衣のことなんて気にしちゃいない。
「衣」
「何よ?」
優太の呼ぶ声に相変わらず拗ねた顔で衣は優太を見上げる。
と同時に……一瞬だけ衣の唇に何かがかすった。
それは多分――。
「なっ……!」
なにすんのよっ?!と叫ぼうとする衣に優太は人差し指を衣の唇に当てて「騒がないで」と合図する。
「これで許して」
「…………」
衣に微笑む優太に衣は顔を熱くなる。
「練習終わったら電話する。待ってろよ」
衣の唇から放した手で優太は衣の頭を優しく撫でた。
「……はい」
衣はおとなしくなるより他がなく小さく返事をする。
「よし。じゃ、またな」
衣の頭から手を放した優太はあっという間に教室から姿を消した。
――しょうがない、許してやるか。
こんなことで「自分は優太に愛されている」と感じてしまう自分を現金なヤツと思いながらも、優太のわかりやすい愛情表現にいつの間にか不満は解消されている自分に、衣は一人苦笑いした。
一方優太は廊下で一人、思い出し笑いをしながら歩いていた。
――やっべぇよなぁ……なんであんなにかわいいんだ?
練習が終わったら電話するから待っててと言ったあとの衣の「はい」という返事とそのときの自分を見上げた表情を思い出すだけで思わずにやけてしまう。
だがそのにやけ顔は相当なものらしくすれ違う人みんなが「なんだ並木のヤツ」と不思議そうな顔をして振り返るが、完全に一人の世界に入っている優太は気づくわけがない。
そしてその勢いのまま部室のドアを開けた。
「ちーす」
いつものように挨拶し、優太はドアを閉めまだ思い出し笑いが止まらないまま肩から荷物を下ろす。
……が。
部室の真ん中で座っている男を目にしたとき優太の思い出し笑いは驚きの笑顔に変わっていった。
「……嘘」
――え?なんでなんで?
「マジで?!すっげー久しぶりじゃん!」
そこまで優太の顔の表情を変えた彼の話し相手をしていた佳佑が「懐かしい人だろ」と優太に言いかけるや否や、ひゃー!と優太はよくわからない奇声を上げてその男に飛びつく。
「久しぶりだな優太。今日からよろしくな」
彼は「相変わらずちっちゃいな」と優太の背中をぽんぽん叩いた。
男バス部の部室がそんなことになっている頃。
未散はというと運悪く職員室で「ついでに」と雑用を次から次へと頼まれて帰るに帰れなくなっていた。
「あーもうっ!」
やっと職員室からてきた未散はぷりぷりしながら部室へ向かっていた。
体育館へ入ると全員すでに練習を始めていた。
――いくら『やめとけ』って言われてもやっぱりカッコイイなぁ……。
理と真面目な顔をしてホワイトボードを使って話をしている佳佑を未散の目はすぐに捉える。
優太と衣の世話ばかりで未散には浮いた話は1つもないのかというとそういうわけではなかった。
優太や衣に言ってないだけで未散は未散でこっそり淡い恋心を抱く男はいた。
その相手は……バスケ部主将、小田佳佑。
癒し系なのが大ウケし優太が入学してく前の2年間大ブレイクしていた男だ。
……だがそんな未散に水を注したのが彼の親友、福原理。
うっかり油断して佳佑を柄にもなく恋する乙女のような顔をして見ていたのをある日理に見つかってしまったのだ。
「ふーんそういうこと……」
含み笑いをする理に、
「ち、違いますっ!」
と否定したが既に時遅し。
「心配するな。誰も吉岡の惚れた男の名前なんか興味ないから」
誰にも言わないって、と理は未散の頭に手を置いた。
……しかしそのあと理はこう言ったのだ。
「だけど、もしも普通の恋愛したいなら佳佑はやめとけ。佳佑と付き合いたいなら命と引き換えだぞ。それでもいいのか」
何が言いたいのかわからない忠告に、
「……どういうことですか?」
未散は理に聞いたのだが、
「あいつの背負ってる過去を佳佑と一緒に背負う覚悟、吉岡にはあるか?あるなら教えてやってもいいし佳佑もお前のこと大事にすると思う。……どうする?聞くか?」
理はそう返してきたのだ。
そのときの理の表情は「中途半端な気持ちならやめろ」と言わんばかりで、未散はなんとなく怖気づいてしまった。
そして、
「……やめときます」
いともあっさり降参してしまったのだった。
――佳佑先輩のあの穏やかな笑顔の下にはどんな悲しみがあるのかな……?
理から話を聞いたあの日から、笑っている佳佑を見ているとふとそんなことを考えてしまう。
――あれ?あの人、誰……?
ふと佳佑の前を通り過ぎた男に未散は気を取られる。
初めて見る顔だった。
――大きい人……。
バスケ部には「未散より身長がある男」というと佳佑しかいなかった。
しかし彼はその佳佑よりもはるかに大きい。
――ダンクとか余裕そう……カッコイイだろうなぁ……あ、横顔きれい……。
さっきまでの佳佑への思いはどこへやら、未散は彼から目が離せなくなっていた。
ぼーっとぼんやり、彼を眺めていた。
だから……その彼がうっかりボールを飛ばしてしまっていたことも、そのボールが未散の方へまっしぐらに飛んできていることにも、未散は全く気がつかない。
「あぶない!どいて!」
誰かの声に未散は我に返り、声がした方へ顔を向けた。
しかしそれがいけなかった。
次の瞬間……未散の右の頬にそのボールがぶつかっていた。
そしてさらにボールに追いつけなかった大柄の男がそのまま未散に体当たりする。
ドタン!と音がし、未散はその彼と一緒に倒れた。
「痛ってぇ」
彼は腕をさすりながらも未散の顔を見た途端、
「ご、ごめんなさい、大丈夫ですか?!」
どこか痛くない?と未散を起こし、肩を触診する。
「あ、はい、大丈夫です……」
彼に言いながらふと見下ろすと、彼の膝の上に乗っていることに未散は気づく。
「あのっ、ごめんなさいっ、すみませんっ!」
未散は大慌てで彼の膝から降りた。
どうやら倒る瞬間に彼は未散の下敷きになってくれたらしい。
そのおかげで未散は直接床に叩きつけられずに済んだのだ。
「うわーほんとにごめんなさい、すぐ治るだろうけど」
未散の肩に異常がないことを確認した彼はボールの後がくっきりついた未散の右の頬に手を伸ばし、心配そうに触れた。
「こっちこそすみません、大丈夫なんでそんなに心配しないで……」
未散は言いながら彼の顔を見て言葉を失った。
――う、嘘でしょ?!どうしよう……。
実を言うと未散がぶつかってきた相手をまともに見たのはこれが最初だった。
その相手は……ついさっきまで未散が見とれていた彼だったのだ。
「あ、あのっ、ほんとに大丈夫なんでっ」
きれいな顔立ちしていると遠くから眺めていた男が今はこんなにも近くにいて、しかもありえないくらい紳士的。
これ以上こんなことされたら身が持たないと思った未散は立ち上がりその場を離れようとした。
……が。
「……痛っ!」
未散の右足首に激痛が走り、未散は顔を歪ませた。
「おいおいどうした」
「ちょっと大丈夫?!」
男も女もなくバスケ部員一同どたどたと未散たちに駆け寄る。
「ちょっとくじいちゃった。保健室行ってきます」
未散は右足を引きずって歩こうとした。
「……そんなんじゃ保健室着くまでに夜になっちゃうよ?」
よっ、と言いながら彼は未散の後ろから軽々と抱え上げた。
「すみません、彼女連れて保健室行ってきます」
彼はみんなにそう言うと未散を抱えたまま歩き始めた。
後ろでは優太と理を筆頭にみんなでおもしろがって冷やかし始める。
「もう!練習に戻ってくださいっ!」
未散は身を乗り出して注意するが誰も聞くわけがない。
「はいはい姫、暴れないで。落っこっちゃうよ」
今度は彼が未散に注意する。
「はい、すみません……」
彼にたしなめられた未散は静かになる。
「……もしかして、吉岡未散さん?」
「はい、そうですけど……なんで……?」
未散は突然自分の名前を言い当てた彼を見上げてたずねた。
「小田先輩だっけ、彼が言ってたから。『今年は女子も男子も来るはずのないプレイヤーがココに来てくれた』って」
「来るはずのないプレイヤー……?」
なんのこっちゃ、と未散は首をかしげる。
「優太と吉岡さんのことみたいだよ。……あとはまぁ俺のことも入れてくれたけど」
そう未散に返しながら彼は未散を抱えなおした。
「けど俺もびっくりした。まさか優太と吉岡さんがいるとは思わなかった。2人ともてっきりスポーツ推薦で私立に行ったと思ってたから」
彼は言いながら右へ曲がった。
「あたしはバスケに自分の全部を捧げる気がなかったから。優太は……バスケより好きなコをとったから、かな」
自分の事はともかく優太のことまでいいのだろうかと思いながらも未散は彼に喋っていた。
「……好きなコ?」
未散の答えに驚いたのか、彼は未散に質問を返した。
「そ。バスケもココに来たのも全て彼女に振り向いて欲しかったから。ようやく最近その願いが叶ったってとこ。……長かったよ、優太はそのコのことは小5から好きだったみたいで」
未散は彼の質問に答えた。
「……じゃ、俺も知ってるコかもしれない」
「……え?」
彼から戻ってきた意外な言葉に未散は彼を見上げる。
「小1から小4までだけど、優太とは同じ学校でクラスも一緒だったから」
「……そう」
これまた意外な答えに未散はあとで考えたらそっけなかったかもしれないという返事をする。
「……でも、それだけじゃないよね?」
「それだけじゃないっていうと?」
彼は未散を見下ろす。
「いや、なんていうか……『優太』てすごく言い慣れてる感があるっていうか……」
見下ろされたわけだから当たり前なのだが、未散は彼と目が合ってしまった。
その距離があまりに近くてドキドキしてしまう。
そのせいで話し方がしどろもどろになってしまった。
「鋭いね。……小4の終わりに俺が引っ越しちゃったからそれっきりになってたけど、それまでは毎日毎日何回もあいつの名前呼んでたから」
だが彼はそんな未散に気づくこともなく普通に応対する。
「……そう」
彼の答えに未散はまたそっけない返事をする。
「けど……俺が1番驚いてるのは入部初日からこんなことがあったことかな。あとでみんなに自慢できるよ」
彼は未散に笑いかけた。
「え、なんで?」
何を自慢できるんだ?と疑問を持った未散は再び彼に質問をした。
「中学のときは吉岡未散っていったら『県内男バス部員の高嶺の花』だったからね、まさかこんなことができるなんてね。……お会いできて光栄です」
彼は未散にまるでどこぞの令嬢に仕えている執事のように微笑んだ。
――あ、あたしが『高嶺の花』……?!
「それはどうも……」
あまりのびっくり発言に未散は愛想のないお礼を彼に述べてしまった。
「あれ、知らなかった?優太から聞いたことない?」
「優太はそういうの、疎いから」
「なるほど、あいつって自分の事もわかってなさそうだしなぁ……俺の憶測だけど、この前の総会のアレも、ホントは優太のことだったんじゃない?」
――この人、鋭い。
未散はまた驚いて彼を見上げた。
「まず立案者がバスケ部主将だったから被害者はバスケ部関係者しか考えられない。それにあのレベルで被害に遭うとしたらウチの高校だったら優太だけでしょ。……どう?当たってる?」
彼は未散の反応に答えるかのように自分の推理を述べ終わると未散を見下ろした。
「……当たり」
彼に見下ろされてなんだか恥ずかしくて未散はうつむきながら返事をした。
そこから未散は彼になにと話し掛けられても首を振るぐらいはしていたが黙りこくってしまっていた。
彼の「『中学時代の吉岡未散は県内男バス部員の高嶺の花』発言」のせいもあったが、それだけではない。
今まで出会った男とは明らかに違った。
身長ともともとの性格もあって今までは男と並んで歩いていても自分の方が男に見えることが多かったけれど、彼の腕の中にいる今は自分が女だということをイヤでも自覚してしまっていた。
自分が見上げなければならないほどの背丈。
自分がすっぽりと包まれてしまうくらい大きな手。
自分が寄りかかってなんともなさそうな広い胸と肩幅。
とても同級生とは思えない大人びた顔立ち。
そして……ぶつかったときもその後も完全に未散を女性扱いしてくれた上に、実にあっさりと気取ることもなく未散をお姫様抱っこして校内を歩き回ってくれる彼に、佳佑のことなんかすっかり忘れて未散が恋に落ちるまで時間はかからなかった。
彼の名前は、西倉聖という。
こんばんは、愛梨です。
ここからはやっと、未散のコイバナでお届けします……って前置き長すぎですよね(笑)。
それからこの回より登場したのは、未散の恋のお相手聖くん。
なかなか紳士的(?)な登場でしたが……色々面倒を抱えている男でございます。
その部分についてはおいおい明らかになっていきますし、そのせいで未散は随分泣く羽目にはなるんですが……おっと、予告はこのぐらいにしておきますね(苦笑)。
それでは。
引き続きご贔屓のほどよろしくお願いします。




