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Vol.24

 試合会場がそんなことになっている頃、衣は……まだ家の玄関にいた。


 もうとっくに出かける準備もしていた。

 もっと言えば優太が出る最初の試合に間に合うように出ることも可能だった。

 けれど……やっぱり足がすくんでしまう。

 またなにか嫌がらせを受けてしまうかもしれない。

 誰が書いたのかわからない手紙が何個も下駄箱や机の中に入っていたり、上履きに画びょうが入っていたりたずら書きされていたり、体操着がなくなっていたと思ったらずたずたに切り裂かれて戻ってきたり、正体不明のシミがついて机の上においてあったり……。

 理の働きかけがあったので今はおさまってはいるもののやっぱり怖いものは怖い。

 だけど衣が恐れているのはそれだけではない。

 それを知った優太が今度はどう出てくるのかなのだ。

 中学生のうちはまだ先生にゲンコツの1つでも貰えばそれで済んでいた。

 だが今はもう中学生じゃない。

 下手をすれば停学処分を食らってしまうだろう。

 そうなれば優太はバスケを取り上げられてしまうかもしれない。

 そうなってしまったらもう、優太に合わせる顔がない……。

 だけどどこに自分が座ろうとも、

「衣見てろよ、絶対勝つからな!」

 まわりに人がいるのも気にしないで大声を張り上げ自分にだけ笑いかけてくれる優太に今日も会いたい自分が確かにいる。だけど……。

――電話?

 突然携帯電話の着信音が鳴った。

 相手は、未散だ。

「……はい」

 衣はボタンを押し電話に出た。

『ちょっと衣、どこにいんの?!最後の試合始まっちゃうよ?!』

「……うん」

 言われると思った言葉に衣は頷く。

『ねぇ衣、何がそんなに心配なの?何度も言ってるでしょ、もう大丈夫だって。また同じことがあっても、みんな助けてくれるって』

「……でもなんか悪いし」

 気持ちはありがたいのだが申し訳ないという思いのほうが先になってしまい、衣は遠慮の方向で返事をする。

『じゃあ何?総会のときのウチの先輩たちの努力、全部無駄にしたいんだ。それはひどいんじゃない?』

「……別にあたし頼んでないし」

 つい心にもないことを衣は言ってしまった。

『ちょっと衣、あんたいい加減にしなさいよ』

 さすがに頭にきたらしい、未散の口調が明らかに変わった。

『並木優太って言ったら学校中のアイドルでしょ?そんな男の愛情を一身に注いでもらうんだから学校中の女にやきもち妬かれて当たり前でしょ?!こんなことぐらいで負けてどうすんのよっ?!』

「み、未散?」

 衣は未散の始まった暴走にびっくりしているが未散には知ったことではない。

 未散は構わず続けた。

『衣がこんな目に遭わなくてすむ方法は優太とよりを戻さないっていうのもあるけど、もう1つあるでしょ?』

「……もう1つ?」

 衣が聞き返すと「ああっ、もうっ!」と未散は電話の向こうでまた1人で怒る。

『まわりが「あのコが彼女じゃしょうがない」って諦めるくらいのイイ女に衣がなればいいだけの話でしょ?!』

 衣は、と未散は少しだけ落ち着きを取り戻しながらまた口を開いた。

『衣はかわいいし頭もいい、運動はダメだけどまぁそれもいい。けど、優太のことになるとちょっとのことですぐ弱気になるのが衣の唯一の弱点。みんなそこを狙ってきていたんだから跳ね返すぐらいになんなきゃ』

「…………」

 ちょっと衣聞いてんのっ?!とうんともすんとも言わない衣に未散はまくし立てた。

「……はい」

 未散に思いっきり痛いところを突かれた衣は涙を浮かべてやっと返事だけする。

『それに、また衣になんかあっても絶対に先に気づくのはあたしとかまわりだから、優太の暴走は絶対止められる。それは保障するから』

 それも心配してたんでしょ?と言う未散は口調はようやくもとに戻った。

「なんで知ってるの……?」

 未散にはそんなことは一言も言っていないのに見透かしたようにそう口にした未散に衣は驚きを隠せない。

 そんな衣に「あたしのことなんだと思ってんのよ?!」と未散は笑いながらこう答えた。

『佳佑先輩……ほら、衣が昇降口で会った先輩いたでしょ?彼が教えてくれたの。衣が優太に何の前触れもなく突然別れようって言った理由をね』

「…………」

 衣は未散に言葉を返せなかった。

 未散もそうだけど理といい佳佑といい、どこまで人がいいのかわからないくらいお人よしのバスケ部の面々に涙が出る。

『今どこにいるか知らないけど家なら今から出れば間に合うから。……じゃあね、待ってるからね』

 未散は最後に言うだけ言って電話を切ってしまった。

「…………」

 電話が切れた後の音をぼんやり聞きながら衣は考える。

 ぱたんと携帯を閉じてカバンにしまった。

 並木優太って言ったら学校中のアイドルでしょ?!そんな男の愛情を一身に注がれるんだからやきもち妬かれて当たり前でしょ――。

 未散が言っていたそんな当たり前のことをすっかり忘れていた。

 自分が惚れた男はあの並木優太なのだ。

 本人には一切自覚がないけれど、いつでもどこでも女のコたちの注目の的だった男なのだ。

 そんな男に彼女ができたとなれば誰からも祝福されるわけがないってこと、どうして今まで気がつかなかったんだろう……。

――未散の言うとおりだ。あんなことぐらいで泣きべそかいて白旗を簡単に揚げちゃったあたしもあたしだ……あたしがこんなんじゃダメだ……強くなんなくちゃ……。

 こんなところでいじいじしている自分が急に情けなくなった。

 衣はごしごしと涙をシャツの袖で拭いた。

 そして靴を履きバッグを持って玄関のドアを開けた。

――お願い、間に合って……!

 衣は玄関を左に曲がると全速力で走り出した。


 決勝戦開始5分前。

「なんだよー来ないのかよー」

 半分いらいら半分そわそわしながら理は観客席を見渡した。

「先輩もういいです……それより……あそこまでしてもらったのにすみませんでした」

 弱々しく言いながら優太は理に頭を下げた。

「いや俺は別にいいよ。まぁ謝るなら知られる必要がなかった人にまで俺に過去をバラされた佳佑に謝りな」

 もういいからやめろ、と理は優太の姿勢を元に戻してやった。

「おい吉岡、どうなってんだよっ?!」

 衣ちゃん来ないじゃんかよっ?!とすぐ後ろにいる未散に理は怒鳴る。

「多分ですけど、来るのは試合開始ギリギリだと思います」

「なんで?」

「あたしの電話を切った後に衣は家を出ていると思うんです……だからすみません、もうちょっと待っててください」

 未散は理に申し訳なさそう笑った。

 ピーッ。

 試合開始のホイッスルが鳴ってしまった。

――間に合わなかったか。

 理はがっくり肩を落とした。

「理先輩、俺勝ちに出ますから。約束だから県大会連れて行きますんで待っててください」

 優太は精一杯理に笑いかけた。

「……わかったよ」

 さぁ行って来い、と理は優太の頭をぐりぐりと撫でてやり切なく笑った。


 それからすぐだった。

「……あ」

 コートに入ろうとした佳佑が観客席を見て声を上げた。

「佳佑どうし……あ!」

 佳佑に釣られて理も観客席を見て声を上げる。

「ちょ、ちょっと、未散、あれ」

「なんですか?……あっ!」

 未散より先に気づいた女バス部の先輩が未散に教え、教わった方に目を凝らして未散も叫んだ。

 バスケ部員が見ていたものは一緒だった。

 それは観客席の一番前を人ごみを掻き分けながら走る衣の姿だった。

「優太っ!」

 衣は優太の後ろ姿に力いっぱい優太の名前を叫んだ。

――衣……?

「衣っ!?」

 優太は衣の声が聞こえた気がして観客席を必死で探す。

「優太っ、後ろ、後ろだってばっ!」

「並木っ、そっちじゃねーって!」

 バスケ部みんなはもう衣を見つけていたのだが優太だけ衣を見つけられない。

 部員みんなで優太にわーわー叫んで衣の居場所を教えようとした。

 だが優太にはもう誰の声も聞こえていなかった。

 たったひとつだけ、衣の声を除いては。

――どこ?衣どこ?!

 右に左に優太は振り向いた。

――いた。

 自分に気づいて欲しくて何度も何度も自分名前を叫び続ける衣がそこにいた。

「衣……」

 優太の目に映る衣は自分と目が合うと笑顔になった。

 その笑顔は優太が一目惚れした、あの愛くるしい笑顔だった。

「優太っ、負けたら承知しないからね!」

 なんか言いなさいよっ、と衣はいつものようにちょっとだけ怒る。

「…………」

 優太はちょっとだけ衣に笑った。

 そしていつものようにすっと衣に指すと声を張り上げた――。


「……優太……」

 その言葉に衣の、優太の笑顔を映すは涙でどんどんぼやけていった。


「うわー並木って佳佑並みにかゆいヤツ」

 優太の台詞に理は首を掻いた。


――並木、それはそれで結構だけど俺たちのためにも勝ってくれよな……。

 佳佑は優太に苦笑した。

   

――ちょっと、優太の癖にカッコいいんじゃない?

「……やるなぁ、優太」

 見ていた未散は腕を組みながらふっと笑った。


「衣、見てろよ、絶対勝つからな!」

 その勝利宣言は今だけは変わっていた。

 それは。

 

「衣、見てろよ、お前のために勝つからな!」


 ずっとずっと言えなかったけれど、試合で衣が来てくれるたびに思っていた優太の本当の気持ち。

 随分時間がかかったけれど、やっと衣に伝えられた瞬間だった。


 こうして人騒がせな2人はようやくここでめでたしめでたし、と相成った。

 こんばんは、愛梨です。

 

 これにて優太&衣のコイバナは終了となります。

 いかがでしたでしょうか。


 ここから思いっきり私のどうでもいい話になるんですが、私はまず書きたい内容を映像化しそれを言葉に置き換える、という方法で書いてます。

 なので……いつの間にか優太と衣に関してはこの芸能人で動かしてしまう、というのがありました。

 その人とは……。


 優太は小池徹平くん。

 そして衣は長澤まさみちゃんか榮倉奈々ちゃん。

 ……です。

 まぁ確かに彼らの実年齢を考えたらかなり無理がありますけどね(汗)。


 さて。

 次回からはやっと(?)未散のコイバナが始まります。

 それに伴い新キャラも登場します。

 また、前回の最後にちょっとだけ暴露された佳佑の本音の部分もどこかで大きく関わってきますのでそのへんを楽しんでいただければと思います。


 それでは、またです。

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