Vol.22
総会から1週間が過ぎた。
理の恐怖政治が功を成して衣には再び平和が訪れていた。
しかし『幸せ』の方はというと……まだ取り戻せていなかった。
「だから、もう大丈夫だって」
もう何十回とこの言葉を未散は衣に言って優太とヨリを戻すように促しているのだが、衣の方は頑として首を縦に振らない日々が続いている。
「……そうやって意地張ってると優太どっかに行っちゃうよ?いいの?」
もちろんそんなわけはないのは未散は知っているが、わざと衣に危機感を持たせようと半分脅迫まがいのことをも言ってみた。
「優太も『やり直そう』って言ってくれてるんでしょ?なんでその好意に甘えないかなぁ」
「…………」
未散はまた言ってみるが衣の答えはやっぱり変わらない。
頑なに口を閉ざし俯いたままだ。
――ダメだ。もうお手上げ。
何を言ってもだんまりの衣に未散は隣でため息をついた。
衣は衣で葛藤しているんだとは見ていればわかる。
衣、前におまえが言ったこと、撤回してくんないかな――。
見た目とは裏腹に案外男らしい優太は総会があった日の放課後に衣にそう言ってくれた。
だけど。
またあんなことがあったら怖い……。
衣の思考回路はその繰り返しで止まることを知らない。
そんな状態なのだ。
「未散、もういいよ。優太と付き合うなんて贅沢すぎる夢だったんだよ」
ありがとね、と衣は未散に微笑む。
「…………」
未散にはもう衣に返す言葉が見つからない。
そんな衣に優太はいよいよ賭けに出る。
「衣、10分でいい、話聞いて」
帰る支度をしている衣の前に優太は立っていた。
「あたしはなんにもないから」
衣は優太と目を合わせようともせず立ち上がり帰ろうとする。
「衣」
優太はとっさに衣の腕を掴む。
「なによ、はなしてよ」
衣は優太の手をほどこうとする。
だが衣にはわかっていた。
優太の手を振りほどくことなんかできないことを。
「なによ、なんなのよ、お願いはなしてっ……」
半分泣きそうになりながら衣は力なく腕を振る。
「もう、今日で最後だから。もうこんなことしないから。頼むから、話、聞いて?」
「……最後?」
最後、という言葉に反応してしまった衣は思わず優太の顔を見る。
――なんでそんな顔するの……?
衣が見た優太の顔は悲しそうな笑顔。
優太のその表情に衣の腕の力は完全に抜けていた。
「俺のせいで衣にはひどい目に遭わせた。けど、俺は謝らないから」
優太はまっすぐ衣を見る。
「俺と一緒にいたら衣はもっと辛い目に遭うかもしれない。……けど、それでも俺は衣にはずっと隣にいてほしい。また学校中の女が衣の敵になるんだとしても、俺は衣しかいらない。これからは俺が何が何でも守るから」
約束する、と優太は掴んでいた衣の腕をさらに強く握る。
「……明日、試合なんだ。もし、俺とやり直す意思があるなら応援に来て。でも……明日1日待って衣が応援に来てくれなかったときは、もう諦めるから」
優太はそう言うと衣から手をはなした。
「じゃ、練習行くわ」
優太はニッと衣に笑いかけると、席に戻り荷物を肩に引っ掛けた。
「……あ」
「え?」
優太の声に衣は優太に振り向いた。
「さっき、諦めるって言ったけど……あれ取り消していい?」
「どういうこと?」
「俺が諦めるのは『衣とやり直すこと』だけでいい?」
俺さ、と優太は続けた。
「5年も衣のこと好きでいたからそんなに簡単に諦めらんないっていうかどうやったら諦められんのかわかんないからさ。あ、でも衣は気にしなくていいからな。他の誰かを好きになるのも、他の誰かと付き合うのも、それは衣の自由だから」
こんなこと衣の顔を見てなんか言えっこなくて、優太は衣に背を向けたまま言葉を口にしていた。
「衣」
優太は顔を横に向ける。
「俺が他の誰かを好きになれるまでは、衣のこと好きでいさせて。それぐらいは許してくれよな」
「…………」
「じゃ行くわ」
衣に一度も振り返りもせず優太は教室を出ていった。
廊下に出た途端必死で堪えていた涙が溢れ出し、優太はそれを乱暴に拭った。
俺が他の誰かを好きになれるまでは、衣のこと、好きでいさせて。それぐらいは許してくれよな――。
そう言いながら寂しそうに笑った優太の横顔が衣の目に焼きついていた。
――やだよ……そんなのやだ……優太があたしじゃない誰かを好きになるなんてそんなのやだよ……。
一度も自分を見ることなく教室を出て行った優太の後ろ姿を見つめたまま衣は徐々に込みあがってくる嗚咽を止めようと唇を噛み締めていた。




