EP 5
千里眼神官の煩悩ショートと、正座用座布団へ射出された侵入者
どれほど人知を超えたユニークスキルや透視魔術を操る犯罪者であろうと、覗き見や盗撮という行為は、刑法および迷惑防止条例に照らせば単なる「不審者事案」であり、現場の風紀を乱す最も下劣な不祥事に過ぎない。
前世のビルメンテナンス主任時代、女子更衣室の換気口に小型カメラを仕掛けようとしていた悪質な業者を、防犯カメラの死角割り出しとセンサーライトの増設で現行犯逮捕へ追い込んだ俺にとって、相手がどれほど強力な魔術神官だろうが、防犯のセオリーは何一つ変わらなかった。
午後一時過ぎ。
晩秋のからりとした日差しが降り注ぐポポロ村の上空三千メートル。
大気圏の境目に浮かぶ不可視の魔導気球の上で、純白の豪奢な修道服をまとい、妖艶な笑みを浮かべた美女――仮面結社ナンバーズの幹部、ナンバー4『千里眼』のフォー(大聖堂一等神官シーナ/二十五歳)は、両手で抱えた特注の超高精度水晶玉を愛おしそうに撫で回していた。
「うふふ……あぁん、たまらないわ……♡ 神聖なる大聖堂の祈りよりも、他人の秘密の寝室や、隠された金庫の奥底を覗き見る背徳感こそが、私にとって至高の蜜の味……!」
シーナの双眸が、怪しくドロドロとした黄金色の燐光を放つ。
ユニークスキル『千里眼』。
あらゆる物理障壁、魔導結界、地下岩盤を透過し、対象の構造と生体反応を網膜へ丸裸に映し出す絶対透視能力。
彼女の視界は、雲海を突き抜け、ポポロ村の境界ゲートから村長公邸、そして木造モルタルアパート『ポポロ・コーポ』の敷地へとゼロ距離でズームインしていった。
「さあ、見せてごらんなさい。ゴルドスマイル銀行の金庫の鍵の構造……そして、地下シェルターに眠る純金百キロの保管庫の座標を……! ついでに、あの作業着の中年男の粗末な管理人室の箪笥の奥まで、ぜーんぶ丸裸に覗いてあげるわぁ……♡」
シーナの視線が、コーポの敷地と畑の土中へと一気に潜り込んだ――その刹那だった。
――ビビビビビビビッッッッ!!!!
「……へ? な、何これ……!?」
突如として、シーナの網膜に、理解不能な極彩色のノイズが超高密度で雪崩れ込んできた。
それは、清らかな魔導結界の抵抗などでは断じてなかった。
ポポロ村の境界フェンス沿いに二十メートル間隔で埋設されていた、奇樹ネギオ特製の変態地下野菜――『防犯用たまんネギ(超高感度成人雑誌電波受信型)』から噴き上がった、怒涛の煩悩パルスだったのだ!
『うおおおおっ! 先月号の袋とじ、透視してくれぇぇぇ!』
『水着グラビアの解像度を四倍にアップコンバート希望!』
『もっと卑猥な角度で土壌菌を刺激してくれぇぇぇッ!!』
土中から直撃する、数千個のたまんネギが放つドス黒いまでの思春期の煩悩テレパシー!
さらにそこへ――
「みーつけた……♡ 私の健太さんのアパートを、いやらしい目で覗いてるの、だぁれ……?」
ドクン……ッ! ドクン……ッ!
ポポロ村の濡れ縁から、月兎族の第43代村長キャルルの研ぎ澄まされた超聴覚が、シーナの興奮した心拍数をピンポイントで逆探知。
マッハ1の精神干渉波となって、シーナの鼓膜へ向けて重力波のごとく叩きつけられたのだ!
「ぎゃあああああああああっっ!?!? 頭が……脳みそがエロ本とウサギの激重ヤンデレ怨念で破裂するぅぅぅッ!!」
バチバチバチッ! ドガァァァンッ!!
抱えていた特注水晶玉が許容量オーバーで派手に粉砕。
シーナは両鼻から大量の鮮血をブシャァァァッ!と吹き出し、白目を剥いて気球のゴンドラへ仰向けにぶっ倒れた。
そこへ――
ズッダァァァァァァンッッッッ!!!!
女子棟(B棟)の屋上から、ピンクのツインテールを風になびかせたメガゴッドチューバー天使キュララが、愛用の魔導スナイパーライフルを構えて満面の笑みを浮かべた。
「はーい、上空三千メートルの覗き魔さん、ヘッドショットいただき〜☆ 超長距離ペイント弾、発射ぁ〜♡」
パシュゥゥゥンッ!
撃ち出された蛍光ピンクの特殊ゴム弾が、気球の気嚢を正確に撃ち抜き、フォーの乗ったゴンドラは悲鳴とともに山奥の肥溜め目掛けて錐揉み回転で墜落していったのだった。
ナンバー4、秒速での無力化完了である。
*
一方――上空での騒動とほぼ同時刻。
ポポロ村の境界フェンスの外側、鬱蒼とした木立の陰。
「……チッ、フォーの奴、連絡が途絶えやがったぞ」
金色の装身具をジャラジャラと鳴らし、脂ぎった顔を歪めた肥満男――ナンバー3『テレポート』のスリー(ギリルク/四十歳)が、忌々しそうに舌打ちした。
その隣には、両手に血染めの包帯を巻き付け、骨の軋む音を鳴らしながら獰猛な笑みを浮かべる巨漢――ナンバー1『破壊』のワン(ナナシ)。
そして背後には、黒いゴスロリドレスの裾を握りしめ、ガタガタと震えている十四歳の伯爵令嬢――ナンバー2『コピー』のツー(ルルシア)の姿があった。
「へっ、あの覗き魔の女神官なんぞどうでもいいですよ!」
ワンが破壊の神気を両拳に漲らせ、邪悪に嗤う。
「村の中の構造なんざ、俺のユニークスキル『破壊』で手当たり次第に粉砕すりゃ済む話だ! ギリルクさん、さっさと銀行の金庫とやらの座標へテレポートさせな! 邪魔する村人は全員ミンチにしてやりますよ!」
「あ、あの〜……やっぱりやめませんかぁ……?」
ルルシアがおずおずと二人の服の裾を引く。
「私、血を見るの本当に苦手なんですぅ……。それに、さっきから村の方からすっごく嫌な予感が――」
「うるせぇ小娘は黙ってろ! 行くぞ、空間跳躍ッッ!!」
フッ……!
ギリルクが指を鳴らし、三人の足元に空間跳躍の幾何学陣が展開された。
狙う転移座標は、ゴルドスマイル銀行ポポロ村支店の地下大金庫のど真ん中。
空間を折り畳み、鉄壁の金庫内へ一瞬で滑り込み、現金を強奪して即座に離脱する――これまで帝都の数々の一等銀行を血祭りにあげてきた、完全犯罪の鉄板パターン――
……のはずだった。
――ガチィィィィィンッッッッ!!!!
「……ぶへっ!?」
転移の狭間で、スリーの空間跳躍ベクトルが、目に見えない「超巨大な見取り図の枠線」に真正面から激突した。
虚空に浮かび上がったのは、純金の金算盤『十露盤』を弾く三毛猫耳商人ニャングルの冷笑のホログラム。
『へい毎度! 当アパートおよび村有財産への無断転移侵入は、ポポロ村管理規約第4条「共用部への不法投棄および無断侵入」に該当しまっせ! 座標差し押さえ結界、発動や!』
シュバッ! スポンッッ!!
三人の転移座標が、強制的に九十度捻じ曲げられた。
光のトンネルを抜け、ドサドサドサッ!と吐き出された先は――
ひんやりとした金庫の中などでは断じてなかった。
六畳一間のい草の香りが漂う和室。
磨き上げられたちゃぶ台の前。
整然と並べられた、三枚の紺色の【正座用座布団】のど真ん中だった!
「な……っ!? な、何だここはぁぁぁッ!?」
スリーが尻餅をつき、ワンが跳び起きる。
ルルシアは座布団の上にペタンと正座させられたまま、目を白黒させていた。
木造モルタルアパート『ポポロ・コーポ』一階、管理人室である。
「クソがぁッ! 待ち伏せか! 誰がいようと、俺の『破壊』で部屋ごと粉々に――」
ワンが獰猛に両拳を振り上げた、その刹那だった。
「おや……? 他人の管理人室で抜刀、ならびに器物損壊の所作ですか? 野蛮ですねぇ。私はただの執事、武器など持ち合わせておりませんよ。――この、薄い名刺一枚以外は」
サッ……。
部屋の隅の影から、漆黒の燕尾服を寸分の狂いもなく着こなした人狼執事リバロンが、音もなく滑り出た。
白手袋の指先に挟まれた、純白の名刺。
シュパパパパパッッッ!!!!
時速三百キロで投擲された名刺の角が、ワンの両手首、両肩、そして膝の腱をかすめ、床の畳を一枚も傷つけることなく、その衣服だけを壁の鴨居へ寸分の狂いもなく縫い止めた!
「ぐ……あがっ!? う、腕が……名刺一枚で動かねぇだと……!?」
「さらに! 当アパート敷地内における暴力予告の現行犯! 確保します!」
ガラッ!と障子が開かれ、ケンタウロス族の自警団長マンミア(二十五歳・単体百八十馬力)が、刺突盾『アグニ』を構えてエントリー。
盾の先端から射出された神聖拘束鎖『メビウス』が、蛇のようにスリーとワンの胴体を一瞬でグルグル巻きに締め上げる!
「ぎゃあああああっ!? く、苦しい! 外れねぇぇッ!」
「おいおいおい、てめぇら。……人のアパートの畳の上に、土足で泥靴履いて上がり込んどるんじゃねぇぞコラァ」
ズシィィィィン……ッッッ!!
濡れ縁のサンダル履きの足をドンッと踏み鳴らし、黄金の光沢ジャージに超強力ポマードでビシッと固めた黄金リーゼントを揺らして入ってきたのは、第6の聖獣・麒麟こと「リキ兄貴」だった。
便所サンダルの先をスリーの鼻先に突きつけ、聖雷をまとった拳をパキパキと鳴らす。
「佐伯のダンナが今朝、ワックスかけてピカピカに磨いたばかりの廊下と畳じゃぞワレェ。……靴の泥、舌先で全部舐め取って綺麗に掃除せんかいボケェッ!!」
「ヒ、ヒエェェェッッッ!?!?!?」
時速三百キロの名刺刃、神聖拘束鎖、そして次元超越型聖獣のリーゼントヤンキー。
転移からわずか三秒で、完全な四面楚歌。
スリーは泡を吹いて気絶寸前、ワンは鴨居に吊るされて脂汗をダラダラと流し、十四歳の令嬢ルルシアは「ごめんなさいごめんなさい! 私、無理やり連れてこられただけなんですぅぅぅ!」と座布団の上で綺麗に土下座して泣きじゃくっていた。
――そんな大騒動の真ん中へ。
くたびれた作業着姿の中年男が、茶色い便所スリッパをパタパタと鳴らしながら、台所から湯呑みを乗せたお盆を持ってトボトボと入ってきた。
俺――佐伯健太(四十二歳・戦闘力1馬力)である。
「はいはい、騒がない騒がない。近所迷惑ですよ。……リキ兄貴も、畳の上でメンチ切らないでください。スリッパで叩きますよ」
「へっ、ダンナがそう言うなら勘弁したるわい」
リキ兄貴がフンと鼻を鳴らして拳を下ろす。
俺はちゃぶ台の前に座ると、作業着の胸ポケットから天界指定の強精神性胃腸薬『ストマック・オメガ錠』を取り出し、二粒をポリポリと奥歯で噛み砕いた。
口に広がる生薬のほろ苦さを、保温水筒から注いだ人肌温度(三十七度五分)の「ぬるい陽薬茶」で胃袋へと流し込む。
じんわりと温もりが五臓六腑へ染み渡り、昼休みの静寂を取り戻していく。
胸ポケットの中では、キャルルから託された『人参柄刺繍ハンカチ』が、俺の安定した心音を感知して、トクン……トクン……と優しく温かな微振動を返してきていた。
俺は老眼鏡を鼻先にかけ直すと、土下座している少女ルルシアと、鎖で縛られたスリーとワンを見下ろした。
「はい、お茶ですよ。……まずはその冷え切った内臓を温めなさい。話はそれからだ」
コトッ、と差し出された湯呑み。
ルルシアがおずおずと顔を上げ、涙で濡れた瞳で俺を見つめる。
殺気も、暴力も、復讐心すら微塵もない。
ただ、現場に迷い込んできた不良少年少女を前にした、昭和の総務課長の深い溜息だけがそこにあった。
「おじさん……だ、誰なの……? 私たち、殺されちゃうの……?」
「ポポロ・コーポの管理人ですよ、佐伯です。殺しはしませんよ、敷地内で血を流されると掃除が大変ですからね。……だが、不法侵入と器物損壊未遂の始末書は、きっちり書いてもらいますからね」
俺が淡々と告げると、ルルシアは「ふえぇぇぇんっ!」と声を上げて泣きじゃくりながら、両手で湯呑みを受け取って温かいお茶をすすり始めた。
――しかし、その時だった。
ドォォォォォォォンッッッッ!!!!
空間全体が、まるで巨大な鐘を打ち鳴らしたかのように激しく共鳴した。
時計の秒針がピタリと止まり、視界の色彩が一瞬にして白黒のネガフィルムのように反転しかける。
帝都の彼方――アルバード侯爵邸の最深部から、世界そのものを無理やり過去へと巻き戻そうとする、強烈極まりない「時間リセットの波動」が放たれたのだ!
「あ……あぎゃははははッ! ざまあみろ!」
縛られていたギリルクが、血走った目で狂笑を上げた。
「侯爵様が『リセット』を発動させたぞ! 世界は一週間前の過去へと巻き戻る! 貴様らの勝ちも、俺たちの捕縛も、全部なかったことになるんだよぉぉぉッ!!」
世界崩壊のリセットボタン。
だが――その歪んだ時間の濁流の真ん中で、縁側にいたトカゲ人配達員ロード(始祖竜クロノ)が、ガタッと立ち上がった。
愛車の緑のママチャリに手をかけ、トサカを怒りで真っ赤に逆立てて咆哮する!
「……おい佐伯のおっちゃん。出動や! ワテのケツの殻を食わされたガキが、地下牢で泣いとる声が聞こえたわ! 時速百二十キロで、あのクソ侯爵のケツにママチャリごと突っ込んだるッッ!!」
「ああ、段取り通りに行くぞ、ロードさん」
俺は青箱のハード煙草をくわえ、作業着の胸ポケットから愛用のワンタッチ認印(インク内蔵式三文判)をカチリと握りしめた。
子供を泣かせる悪徳貴族のチートを、現場のルールで叩き潰すための「殴り込み」が、いま幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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