EP 4
仮面結社ナンバーズの強奪謀議と、昭和総務の不審者侵入対策マニュアル
どれほど強大な異能を持つ犯罪組織が裏社会で暗躍していようと、組織犯罪の狙いというものは古今東西、いつの時代も「金」か「権力」か「特定の利権」の強奪に集約される。
そして、それらを狙って他人の敷地へ無断で土足を踏み入れた瞬間、相手がどんな美辞麗句を並べ立てようが、現場の管理者から見れば単なる「不審者」であり「器物損壊および住居侵入の現行犯」に過ぎない。
前世の総合商社時代、本社ビルを狙った産業スパイや右翼の街宣車、果ては深夜に金庫破りを試みた悪徳解体業者を、警察と連携した鉄壁のセキュリティマニュアルで撃退してきた俺にとって、対処の基本原則は異世界であっても何一つ変わらなかった。
午前十時整。
木造モルタル三階建てアパート『ポポロ・コーポ』一階、管理人室。
ちゃぶ台の上には、帝国内務官オルウェルが持ち込んだ最高機密ファイルと、俺――佐伯健太(四十二歳・戦闘力1馬力)が愛用の赤ボールペンで要点を整理した『ポポロ村防犯緊急対策カルテ』が並べられていた。
「……なるほどな。敵の戦力と役割分担は、概ね把握したぞ」
俺は作業着の胸ポケットから天界指定の強精神性胃腸薬『ストマック・オメガ錠』を取り出し、二粒をポリポリと奥歯で噛み砕いた。
口いっぱいに広がる生薬のほろ苦さを、保温水筒から注いだ人肌温度(三十七度五分)の「ぬるい陽薬茶」で胃袋へと流し込む。
じんわりと温もりが五臓六腑へ染み渡り、早朝からの張り詰めた空気がふっと落ち着きを取り戻す。
左胸のポケットの中では、ウサギ村長キャルルから託された『人参柄刺繍ハンカチ』が、俺の規則正しい心音を感知して、トクン……トクン……と優しく温かな微振動を返してきていた。
ちゃぶ台を囲むのは、オルウェル内務官、三毛猫耳CFOニャングル、人狼執事リバロン、そして俺の作業着の袖にすり寄って長いウサギ耳をピクピクさせている村長キャルル。
さらに縁側の端っこには、昨晩俺が作った焼き飯で胃袋を完全に掴まれ、そのままアパートの駐輪場に泊まり込んでいたルナ・イーツ配達員ロード(正体:十万馬力の始祖竜クロノ)が、タローソンの缶コーヒーをすすりながら座り込んでいた。
「オルウェルさん、念のため確認だが、敵の構成員は以下の通りで間違いないな?」
「ええ、佐伯殿。内務省情報保安局が総力を挙げて裏付けを取った情報です」
オルウェルがモノクルを押し上げ、冷徹に頷く。
ちゃぶ台の上のメモ用紙には、俺の几帳面な字で『仮面結社ナンバーズ』の主要メンバーが箇条書きされていた。
首領・ゼロ(リアク・アルバード侯爵/25歳):自称『未来予知』のユニークスキル保持者。冷酷なサイコパス貴族だが、過去のトラウマから極度の臆病者であり、常に安全圏から指図する。
ナンバー1・ワン(ナナシ):快楽殺人狂。ユニークスキル『破壊』により、触れたあらゆる物質を分子レベルで粉砕する突撃役。
ナンバー2・ツー(ルルシア伯爵令嬢/14歳):ユニークスキル『コピー』。他者のスキルを一時的に複製するが、血を見るのが苦手なヘタレ。
ナンバー3・スリー(ギリルク/40歳):闇商人連合幹部。ユニークスキル『テレポート(空間跳躍)』を操る兵站・逃走担当。
ナンバー4・フォー(シーナ/25歳):帝都大聖堂一等神官。ユニークスキル『千里眼』による広域透視・盗撮を担当する重度の覗き魔。
「……そして、最大の謎である『ナンバー5・ファイブ』。リアク侯爵邸の最深部に幽閉され、時間巻き戻し(リセット)を引き起こしているとされる幼少個体だな」
俺がそう呟いた瞬間、縁側にいたロードの黄色い爬虫類瞳孔が、ギラリと猛烈な殺気を放って細まった。
「……おい、佐伯のおっちゃん。ワテ、さっきから黙って聞いとったけどな。そのリアクとかいうクソ貴族、地下牢のガキに何を食わせとる言うたんや?」
「オルウェルさんの調査書によると、太古の遺跡から極秘発掘された『始祖竜の卵の殻の粉末』を、離乳食に混ぜて強制摂取させているらしい」
バキィッッッ!!
ロードの手の中で、頑丈な金属製コーヒー缶が、飴細工のようにペチャンコにひしゃげた。
緑色の鱗の隙間から、空間をジリジリと焦がすような始祖竜の因果律マナが漏れ出す。
「あ? ワテのケツの殻……太古の大戦でワテが孵化した時の抜け殻を、三歳の赤ん坊に食わせて実験台にしとるやと……!? ふ、ざ、け、ん、な、よ……! 著作権侵害どころの騒ぎちゃうぞボケェッ!! 他人の抜け殻を勝手にガキの離乳食に混ぜるなんぞ、全宇宙の配達員組合を敵に回した外道の所業じゃいッ!!」
十万馬力の激怒。
だが俺は、丸めたルナミス新聞を手に取ると、ロードのトサカの生えた頭をペシッと軽く叩いた。
パシッ。
「はい、怒るのはそこまでだロードさん。共用部で闘気を漏らさない。中庭の芝生が枯れるだろうが」
「痛っ!? な、なんでワテの十万馬力の竜気が、新聞紙一枚で霧散するんや……!?」
「現場のルールだからだよ。……怒り狂って単身で帝都へ殴り込んだところで、相手に『リセット』のボタンを押されたら元も子もない。まずは、相手の侵攻計画を完璧に把握し、現場の段取りで迎え撃つのが先決だ」
俺が冷徹に窘めると、ロードは「う、うぐぅ……おっちゃんの言う通りや……」とすごすごと正座し直した。
あの生ける伝説の始祖竜が、新聞紙ひと叩きで借りてきた猫のように大人しくなる。
その異様な光景に、オルウェル内務官はモノクルの奥で「……やはりこの佐伯殿、底が知れないな」と改めて戦慄の溜息を漏らしていた。
*
同じ頃――帝都の一等地、鬱蒼とした私有林の奥深くに聳え立つ、アルバード侯爵邸。
重厚な真紅のベルベットカーテンで陽光を完全に遮断した豪華絢爛な大広間には、冷たい狂気と選民思想が淀みなく充満していた。
大理石の暖炉の前、最高級の革張りソファに深く腰掛けていたのは、プラチナブロンドの長髪を完璧に撫で付けた美貌の貴族――アルバード侯爵リアク(二十五歳)だった。
仕立ての良い純白の燕尾服をまとい、白ワインを満たしたクリスタルグラスを優雅に揺らしている。
だが、その冷ややかな青い双眸の奥には、他者を虫ケラとしか見做さない絶対の驕慢と、かつて遭遇した処刑人の影に対する病的なまでのパラノイアが渦巻いていた。
「……フフ、準備は整ったかね、諸君」
リアクの囁くような声に、部屋の四隅から仮面をつけた異様な影たちが一歩前へ出た。
血染めの包帯を両手に巻き付け、獰猛な狂笑を漏らす大男――ナンバー1『破壊』のワン。
黒いゴスロリドレスに身を包み、所在なさげに指先をいじる小柄な少女――ナンバー2『コピー』のツー。
金色の装身具をジャラジャラと鳴らし、脂ぎった顔を歪める肥満男――ナンバー3『テレポート』のスリー。
そして、純白の修道服の隙間から妖艶な笑みを浮かべ、水晶玉を撫で回す美女――ナンバー4『千里眼』のフォー。
「へへっ、侯爵様! いつでも行けますぜ!」
ワンが骨の軋む音を鳴らしながら獰猛に舌なめずりをした。
「ポポロ村とかいう田舎の農村なんぞ、俺の『破壊』で防壁ごとミンチにして更地にしてやりますよ! 誰から肉片に変えてやりましょうかねぇ?」
「焦るな、ワン。品性のない暴力は美しくないよ」
リアクはワインを喉へ流し込み、冷笑を浮かべた。
「我々の目的は、あくまで『略奪』と『確保』だ。……第一目標は、ゴルドスマイル銀行ポポロ村支店に保管されている莫大なPGの現送金。第二目標は、村長公邸の地下シェルターに眠るという『純金百キロのインゴット』。そして第三目標は……世界樹の愛娘、エルフ令嬢ルナ・シンフォニアの身柄だ。あの女の無限治癒魔力さえ手に入れば、我らの資金難など永遠に解決する」
「あ、あの〜……侯爵様ぁ」
ツー(ルルシア令嬢)がおずおずと手を挙げる。
「ポポロ村って、最近やたらと物騒な噂を聞きますけど……本当に大丈夫なんですかぁ? 神界の炎上神ワイズ様が仕掛けた勇者劇団も、返り討ちに遭って全滅したって……」
「フン、ワイズなどというエリート気取りの三流神と私を一緒にするな」
リアクは吐き捨てるように嘲笑した。
「私には『未来予知』がある。それに……万が一、億が一に作戦が失敗したとしても、何の問題もない。地下牢のあのガキ(シアン)に少し痛い目を見せてやれば、世界は瞬時に昨日の朝へ『リセット』されるのだからね。失敗の歴史など、最初からこの宇宙に存在し得ないのだよ」
完全無欠の敗北保険。
時間を自由にやり直せるという究極のチートが、リアクの精神を肥大化させ、絶対の安全圏からの愉悦へと溺れさせていた。
「フォー。まずは貴様の『千里眼』で、ポポロ村の内部をくまなく盗撮・透視せよ。守備の薄い侵入経路と、金の保管庫の正確な座標を洗い出すのだ」
「うふふ……承知いたしましたわ、侯爵様。他人の秘密の寝室や金庫を覗くのは、何よりも蜜の味ですもの……♡」
神官シーナが両手を水晶玉にかざし、その瞳に妖しく不気味な魔導の光を灯した。
暗黒結社の魔の手が、ついにポポロ村の日常へと音もなく伸ばされようとしていた。
*
一方――同日、正午過ぎ。
ポポロ村の自警団詰所前の中庭。
秋晴れのからりとした日差しの下、俺の前には、村の防衛を担う面々が整列していた。
愛用の刺突盾『アグニ』を携え、凛々しく背筋を伸ばすケンタウロス族の自警団長マンミア(二十五歳)。
両手剣を背負い、「佐伯さん、俺、今日コイントスしたら『表』が出たから超絶好調っすよ!」と鼻息を荒くするA級冒険者フェイト。
角の間に黄色い安全ヘルメットをねじ込み、鼻からプシュッとやる気満々の火炎を漏らす竜人族イグニス。
そして、作業着姿の俺の隣には、純白のウサギ耳をピンと立てた村長キャルルと、漆黒の燕尾服を優雅に着こなした人狼執事リバロンが控えている。
「……全員、よく集まってくれたな」
俺は出勤簿のバインダーを指先で弾き、現場監督のよく通る声で訓示を始めた。
「オルウェル内務官からの情報により、近日中に帝都の凶悪犯罪組織『ナンバーズ』による村内への不法侵入および強盗テロが予告されている。相手は『破壊』『空間跳躍』『盗撮』などのユニークスキルを悪用するプロの犯罪集団だ。……だが、現場の総務責任者として言わせてもらえば、どれほど手品じみた異能を持っていようと、奴らの本質はただの『マナー違反の不法侵入者』に過ぎん」
俺はバインダーをめくり、タローマン特注の『ポポロ村・重要防犯警戒シフト表』を掲げた。
「第一に、フェイトとイグニス。境界ゲート周辺の側溝およびフェンス沿いに、ネギオ先生から仕入れてきた『防犯用たまんネギ(超高感度エロ本電波受信型)』を二十メートル間隔で埋設しなさい」
「へ? たまんネギっすか?」
「ああ。敵の『千里眼』使いは重度の覗き魔だそうだ。土中から発せられる濃厚な煩悩テレパシーとキャルル村長の心音探知をぶつければ、透視の波長をジャミングして鼻血を吹かせて自滅させられる」
「なるほど! 精神汚染のカウンターですね!」
マンミアが感嘆の声を上げる。
「第二に、村長公邸の地下シェルターおよびゴルドスマイル銀行の金庫周辺には、ニャングルさんの『空間座標差し押さえ結界』を二重に敷設する。テレポートで侵入しようとした瞬間に、座標をずらして管理人室の正座用座布団の上へ強制射出されるように段取りを組んだ。……マンミア団長は、拘束鎖『メビウス』を準備して管理人室の物陰で待機だ」
「了解いたしました、健太さん! 一歩も逃しません!」
「そして――もし敵の首領が『時間の巻き戻し』を企てた場合は、ロードさんと俺で直接ケツを叩きに行く。……いいか全員、安全第一、無事故・無火災目標だ。段取り通りに動けば、どんなチート野郎だろうが現場のルールで完封できるぞ!」
「「「おおおおおおおおっ!!」」」
自警団の威勢のいい鬨の声が、秋晴れの空に轟いた。
慌てず、騒がず、相手の手の内をすべて逆手に取った完璧な現場オペレーション。
前世で幾重ものセキュリティ監査を指揮してきた俺にとって、敵の奇襲など、あらかじめ想定された「防災避難訓練」のシナリオのひとつに過ぎなかった。
*
午後一時過ぎ。
訓示と防犯設備の点検を終え、管理人室の濡れ縁へと戻ってきた俺は、ほっと一息をついて腰を下ろした。
緊張感のある会議の後は、しっかりと栄養を摂り、胃袋を労わらねばならない。
「健太さん、お昼ご飯、一緒に食べよ……♡」
パタパタパタ……と愛らしい足音を響かせ、重箱を抱えてやってきたのは、ウサギ村長キャルルだった。
蓋を開けると、そこには泥沼農園の肉厚な肉椎茸を香ばしく甘辛く煮含めた特製の『肉椎茸稲荷寿司』と、ネギカリバーの小口切りをたっぷり巻き込んだ出汁巻き卵が、ぎっしりと美しく敷き詰められていた。
「キャルル村長、わざわざ作ってくれたのか。気が利くなぁ、いただきますよ」
「えへへ……健太さんのために、朝からお揚げをじっくり煮込んだんだよ♡」
キャルルは嬉しそうに俺の隣へちょこんと正座した。
長い純白のウサギ耳が、ピクピクと愛らしく動き、俺の左胸の鼓動へとピンポイントで吸い寄せられるように傾く。
ドクン……ドクン……と規則正しく刻まれる、四十男の穏やかで、一片の打算も下心もない静かな心音。
胸ポケットの中では、キャルルから託された『人参柄刺繍ハンカチ』が、その鼓動を受け止めて、トクン……トクン……と優しく温かな微振動を返してきていた。
「……ふふっ♡ 健太さんの心臓の音、大事件の前なのに、ちっとも速くなってない……。すっごく静かで、あったかいよ……」
キャルルはトロンと目を細め、俺の作業着の袖に体をすり寄せてきた。
「悪い貴族が来ても、健太さんがいてくれるなら、私、ちっとも怖くないもん。……これからもずっと、私の隣で、この村を守ってね?」
「はいはい、契約期間中はしっかり管理しますよ。……ほら、稲荷寿司をいただきましょう」
俺は肉椎茸の稲荷寿司をひとつ摘まみ、口へ放り込んだ。
ジュワッ……!
甘辛いお揚げを噛み締めた瞬間、中から溢れ出したのは、肉椎茸の重厚極まりない出汁と、酢飯の爽やかな酸味だった。
続いて、ネギカリバーの出汁巻き卵を頬張る。
ふわふわの半熟卵から広がる優しい出汁の風味と、ネギの鮮烈なシャキシャキ感。
そこへ、保温水筒から注いだ人肌温度(三十七度五分)の「ぬるい陽薬茶」をズズッと流し込む。
「……美味いなぁ。五臓六腑に染み渡るよ」
「本当!? よかったぁ……♡」
キャルルが顔を真っ赤にしてウサギ耳をパタパタと揺らした。
穏やかな秋風が吹き抜ける濡れ縁。
どんな悪意が迫ろうとも、この温かな日常と現場の秩序だけは、絶対に何人たりとも侵させはしない。
――その時だった。
ピピッ! フォォォォォン……ッッッ!!
管理人室の防犯モニター端末が、小さく鋭い警告音を鳴らした。
画面の右上の防犯レーダーに、村の境界線の外側――上空数千メートルから、ポポロ村の敷地を不当にスキャンしようとする、不可視の異常な魔導波の直撃が感知されたのだ。
『警告:外部座標より、当アパート敷地および村役場への【違法な透視・盗撮プローブ(千里眼)】の侵入を検知』
俺は稲荷寿司を飲み干し、青箱のハード煙草にジッポライターでカチリと火をつけた。
紫煙をふわりと秋空へ燻らせながら、作業着の胸ポケットから愛用のワンタッチ認印(インク内蔵式三文判)を取り出す。
「……やれやれ。さっそく、礼儀を知らん覗き魔のお出ましだな」
昭和の現場総務課長が仕掛けた「防犯トラップ」が、いま静かに牙を剥こうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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